1.杖について教えてください。

Q.杖について教えてください
A.杖は、民俗学的に非常に面白い存在です。今回は、異界との関わりから考えてみましょう。まず異界からの来訪者がこの杖を持っているということがあげられます。たとえば、弘法大師伝説の中に描かれる空海の持つ杖です。空海が、水のない土地にやってきて地面を杖でつつくとそこから水がわき出た、という話があります。こうした伝説の中での空海は、あきらかに歴史的存在としての空海ではなく、超自然的な存在です。共同体の外部からやって来て、なんらかの事業を成し遂げた後、また何処かへと去っていく来訪神的な性格のものとして描かれているわけです。杖は、旅するものが所持する持ち物ですから、異界からやって来る存在も持っているのですね。そして、それは異界からの来訪神の道具であるが故に、呪術的な性格を帯びることになるわけです。一方杖は、逆に異界へ旅立つものの持つ道具でもあります。こんな話があります。ある人が常に高野山奥院の近くにある山へ行ってみたいと思っていました。ある日、思い切ってそれを実行してみることにしました。山道を行くと頂上近くに小さなお堂があって、中では天狗と坊さんが碁を打っていました。しばらくして、天狗が「勝った」と叫びました。その瞬間、いつの間にか手にしていた杖が折れてひっくり返ってしまいました。自分は、何でここにいるんだろう。早く帰らねば、と思って家に帰ったところ、家では自分のための葬式が行われていた、と言う話しです。ある種の臨死体験譚ですが、杖が異界との関わりで重要な働きをしていることがわかりますね。つまり彼は、あの世(異界)へ旅立っていたのです。杖が折れることでこの世に戻ってきたわけですから、杖があの世を象徴的に表していることがわかります