⑸本書で扱う「宗教」の範囲を規定する。

ところで、われわれが活動するこの世と、人間を含めてそこに属するすべての存在は、普通私たちの誰もが容易に認識することができます。そこでこれらを便宜的に「見える世界」「見える存在」と表現しておきましょう。一方、神仏や霊魂あるいは浄土(天国)などは、一般的には直接われわれの目や耳などの感覚器官ではとらえることはできませんから、こちらは「見えない世界」あるいは「見えない存在」と表現しておくことにします。そうすると、前節で示した宗教における私たちの志向性は、「見える世界」に属する我々と「見えない世界」や「見えない存在」との関係が問題の中心にあるということになります。
天国あるいは鬼や霊魂などの具体的な言葉から「見えない世界」や「見えない存在」などのようにより一般的な言葉に置き換えて理解することを「抽象化」と言います。ものごとを規定(定義)する場合、こうした抽象化という作業は不可欠なものとなります。なぜならそれによってはじめて規定(定義)の適用範囲を広げることができるからです。たとえば、鬼というだけでは鬼にしか適用できませんが、これを「見えない存在」と表現したら、鬼以外の幽霊や妖怪なども入れることができますよね。抽象化によって適用範囲を広げることができるというのはそういうことを言っているのです。
さて話を本題にもどしましょう。先ほど人間の宗教的な志向においては、「見える世界」の我々と「見えない世界」や「見えない存在」との関係が重要であると述べましたが、このことは人間が営むかなりの種類の宗教が共通して持っている問題であるように思われます。そこで、いま便宜上このことに基づいて宗教を規定してみることとしましょう。すなわち
 宗教とは、「見えない世界」および「見えない存在」への信仰とそれらと関係をとり結ぶための方法と思想の体系である。
 ここで「見えない世界」とはあの世や浄土(天国)などのことであり、「見えない存在」とは鬼、幽霊、妖怪などのことを指します。また関係を取り結ぶ方法としては、祭礼や呪術、誦経などのいわゆる宗教儀礼がそれにあたります。ちなみに「見えない世界」や「見えない存在」をわかりやすく示すために宗教的芸能や宗教画や仏像・神像などの彫像、そして宗教説話・宗教文学などが創作されることになります。