花の浮島 礼文島を歩く その1

久種湖畔より礼文岳を望む
◆【礼文島訪島日】 2006年8月15〜16日

パタゴニア



◆【記録と画像】
13日利尻島訪島日の様子は『利尻島へ』

14、15日の利尻島での様子は『利尻山登山とヤムナイ沢』

15日   くもりのち晴れ

10時05分、利尻島、鴛泊港をあとにした船は40分の航行で最北の島、礼文島の南東に位置する香深港に入港した。

礼文島唯一のフェリーターミナルである香深港は最北の島の割にはさほどひなびた感じもなく、利尻島の鴛泊港とよく似た雰囲気の港だった。

岸壁では歓迎ムード満点のなかにあって、それぞれの宿の少人数の迎えの人が、小さな旗やプラカードのようなものを持って迎えてくれる。

海と空との違いはあるものの、利尻空港で見た光景と同じ光景がここにもあった。
「港で繰り広げられる光景はどちらも同じだ。」
船上より利尻島を見る
船上よりペシ岬(左)、夕日ヶ丘展望台(右)ポン山(中央)と雲に被われた利尻山

国際港(海、空とも)では大勢の一般の迎えの人に混じり、やはり大勢の人が『○○ツアー』とか『○○様ご一行様』といった、それぞれの社名や”様”という字があらかじめ印刷された使い捨ての紙製のネームプレートをかざして出迎える気がするが、ここではそれらは使い捨てではなく、ツアー添乗員が列の先頭でツアー客を先導する際に使用するような旗に屋号をきっちりと染め抜いた、いかにも「うちはこちらですよ〜。」と誇示するような独自のものをかざしたうえ、一列にきれいに並んで出迎えてくれる。

その人数は高々数人程度だから、国際港に下り立ったときのように

「どれが、そうかな〜?」

なんて、迷う余地はまったくないはずなのに、
「えーっと、確か民宿○○だったよな〜。」

一瞬、焦る。何人かしかいない迎えの人の中に当の民宿の旗を持った人が見当たらない。

「あれ〜っ、利尻を出港する間際に連絡を入れておいたんだけど・・・。」

もしかして別の場所が待ち合わせ場所だろうか?

少し、辺りをうろうろしてみても他に迎えの人がいるようなところはなく、ちょっと困惑気味に元のところに返ってみると、
「いた、いた。」

列の中に、先ほどはなかった泊まる民宿の旗を見つけ、その人の前に歩み寄り、無事落ち合うことができたらひと安心。

車のほうに移動したらターミナルそばにあるレンタバイク屋前で車を止めてもらい、今後の島内の移動手段としていた原付バイクを借りるべく店の中へと続く短い列に並ぶ。

前に並んだ人も自身と同じく予約がなかったらしく、こちらと同じように原付バイクを借りようとしたものの、今は14台のバイク全部が出払っているとのこと。

自分の番になったので、その旨問うと、
「自動二輪か自転車ならありますが・・・。」

確かに、店の前には一台の自動二輪と横にはかなりの数の自転車。

原付バイクはなく、かといって自転車で島内を移すること自体に無理があるので早々にバイクはあきらめ、隣のレンタカー屋へ飛び込む。

こちらも状況はバイク屋と同じようなもので、予め予約を入れていた人は車へと案内されて行ったが、こちらのように予約のない者は借りることが出来ない。

もう一軒のレンタカー屋に飛び込み話をすると、あと1時間ほどで朝借りていった人が戻ってくるとのこと。

バイクにしろ車にしろ、昨日からの島内宿泊者や朝一で島に到着した人たちがさっさと借りてしまっているので、このような状況になっているようだ。

ある程度想定はしていたものの、11時前というもっとも中途半端な時間帯の到着では、すんなりレンタルすること自体無理があるようだ。

追い撃ちを掛けるように耳にしたのは明日の天気。

今日も決してよい天気とはいえないが、明日はさらに悪くなるらしいからいけない。もし雨でも降ろうものなら、この島を訪れたこの時点での最大の目的は礼文岳登山なのに、その目的達成できないかも知れないではないか。

明日の朝一なら確実にバイクを借りられるだろうが、天気が悪いとそれも無駄足になり兼ねず、ここは何としても移動手段を確保しなければいけない。

バイクは予約無用だったが二軒目に訪れたレンタカー屋では予約可能とのことなので、そこで予約を入れたあと民宿の車に再度乗り込んだ。

宿泊予定の民宿は具体的にはどこに位置しているのか、全くといっていいほど把握できていなかったが、いざ車に乗ってみると、そこにはあッという間に到着した。

民宿はターミナルから目と鼻の先ほど近く、何かと「これは便利だ」と大変嬉しく思ったが、追い風はこれだけではなかった。

何と、道を挟んだすぐ目の前に近いところに、手づくり風の小さな目印しか掲げていないレンタカー屋があった。

『GMレンタサービス』(これまでの二軒はト○タ系と○産系)
民宿・山光 (札幌ナンバーのディフェンダーが駐車してあった)
民宿・山光
(札幌ナンバーのディフェンダーが駐車してあった)

聞いたことも、もちろん見たこともない屋号だが、事務所前の駐車場には何台かの軽自動車が駐車してある。

「ここ、行けるんちゃう。」

この際、聞いたことがあるとかないとかは関係なしに事務所に飛び込むと、
「大丈夫ですよ。」

すんなりとOKだ。

料金も島内はどこで借りても均一のようなので、大手だろうが小さな会社だろうが同じ料金なのでありがたい。

「すぐそこの民宿山光に泊まるんですが・・・。」

こう伝えると、一瞬考えた店の人が一番奥の古い車を指差し、
「じゃあ・・・、本当はあの古い車なんですが、それならこちらの新しい車で。」

同じ値段で旧式の車を新式の車に換えてくれた。何でも言ってみるものである。

かくして移動の足を確保の上、目と鼻の先の民宿の門をくぐった。

大きな荷物を民宿に預けたら、予約しておいたレンタカーのをキャンセルしたのち、東海岸を北進。

礼文岳登山口の内路を目指し海岸線の道を走る。

小さな市街地を抜けると、すぐに左手には山が迫り、右手間近に海を見ながらの走行。同じ島でも利尻島とならずいぶん違った感じだ。

大きな円を描きながら利尻山の裾野をぐるっと周回する感の利尻島とは、ずいぶん違っている。

交通量はむしろ、こちらのほうが多いかもしれない。

海沿いのワインディングロードをしばらく走り、島内唯一のコンビニ、セイコーマートで買出しをしたら一路、登山口へ。

それにしても、彼はどこへ行ったのだろう?

彼とは、昨日の利尻山登山中にも何度も見かけ、おまけに山頂では一緒に南峰まで足を延ばした四人のうちの一人でもあり、今日礼文に渡ることも知っていた成年だ。

ここ礼文でも香深のターミナル近くで真っ先に入ったレンタバイク屋で彼がママチャリを借りているのを目にして
「さすが若い人は、やることが違うな〜。」

と思っていた彼がこの島にいることははっきりしているのに、ここまで来ても目にすることが出来ない。

大きなザックを背負いママチャリを漕いでいるはずだから、否応にも目立つはずなのに・・・。

「もしや、違うところにでも向かったのだろうか。」

と思いかけた登山口まであとわずかなところで、ようやく必死にペダルを漕ぐ一風変わった風貌の彼の後姿を目にした。

追い越しざま、車内より彼に向かい小さく手を挙げると、嬉しいかな小さく手を挙げ返してくれた。

悪戦苦闘しながら車を借りる姿を知っていたのか、その手の振りようは運転者が昨日来、何度か遇っているこちらであることを認識してくれていたようだった。

ほどなく内路の登山口に着き、間もなく到着した彼に話しかけた。

「早いね〜。」

「40分ほどですよ。」

彼はこともなげにこう言った。

昨日は重い荷物を背負い鴛泊コースから沓形コースへと歩き、その後、沓形までも歩いた次の日のこの行動だから、驚くばかりである。

下山後、しばらくして彼の正体が判明した時、この行動もうなずけたが、この時点ではただただこの行動は驚くしかなかった。

登山の準備が出来たら『礼文岳』へ。



レブンアツモリソウは礼文島を代表する固有種の高山植物のうちのひとつだ。
高山植物園のレブンアツモリソウ もちろん自生している花を直にこの目で見てみたい気持ちは山々だが、如何せん時季が違いすぎているので
「いくらなんでも、これだけ遅い時期にこの花を見ようというのは虫がよすぎるよな。」
との思いを船内で抱きつつ、この島に足を下ろしたのも束の間。

フェリーターミナルで民宿のご主人と面会するや否や彼から聞いたのは、
「高山植物園に行けばアツモリソウがまだ四輪残っていますよ。」
の言葉だった。
高山植物園のレブンアツモリソウ

これは、見ない手はない。自生種ではないにせよ、この島でなければ見ることのできない固有の花だけに是非見ておかなければならない。

内路から少し走ると高山植物園はあった。

「7月16日より入園無料。」

うれしく思った反面、いやな予感もした。

「どうせ、(高山植物が)あまり残ってないんだろうな。」

園の中に入ると、ショーウィンドウの代わりのような小さな人工の山に、高山植物がところ狭しと栽培、展示してあった。

お目当てのレブンアツモリソウはここには見当たらず、さらに奥の栽培地に向かう。

何箇所かの栽培地の柵の中にアツモリソウの葉らしきものは見れても、それらはどう見てもとっくの昔にしぼんでしまったとしか思えない、花びらの形跡のような茶色くなってしまったものしか確認できない。

「おかしいな〜、確かにここに来ればあるって、民宿の主人は言ったはずなのに・・・。」

花の世話をしている人に聞いてみると、
「玄関のところにありますよ。」

表へまわり、付近の柵の中を捜してみる。

しかし、ここでも柵の中にアツモリソウを見つけることが出来ない。
「おかしいな〜?!」

ようやく見つけたのは駐車場のすぐ目の前の棚の上だった。

二鉢の鉢植えに四輪のレブンアツモリソウは可憐に咲いていた。やや小さめの花弁にも感じたが、そんな贅沢は言ってられず、これでも充分感激モノだった。

一番目に付きやすいところに置いてくれているのに気が付かなかったのは、
「いくらなんでも地面に咲いているはず。」
という先入観からか、この花が取ってつけたような、いかにも人工の棚の上に、それも鉢植えしして保存してあったからに違いない。

しかし、どんな形にせよ、この花を見れたことは大きな収穫だった。

船泊の浜辺よりスコトン半島を見る スコトン岬より金田ノ岬方面を見る(下方に見える屋根は民宿スコトン岬)
船泊の浜辺よりスコトン半島を見る スコトン岬より金田ノ岬方面を見る(下方に見える屋根は民宿スコトン岬)
北の海をのどかに走る漁船 澄海岬
北の海をのどかに走る漁船 澄海岬
船泊で小さな砂丘風の海岸に足を運んだら、あとは定番の観光コースを廻る。

ここから見えた最北に浮かぶ島、トド島は大きかった。

スコトン岬で最北の島、トド島を間近に見たあと土産を調達したら、浜中より西上泊の澄海岬へ。

足元にはイワベンケイの変わった形の葉っぱを見たし、紺碧の海の向こう、ゴロタ岬へと続く海岸美が素晴らしかった。

そろそろ、それぞれのレンタルの終了時間の午後6時過ぎが迫ってきて、返却時間を気にしなければならない頃になってきた。

「少し急がなければ。」

車中で車窓から見える風景について話しをしていると、北海道恵庭から(礼文岳山頂で話した際、聞いていた)だという彼が、あることにえらく詳しいのに気付いた。

その話題が一度ならずとも二度、三度出たので、思い切って彼の職業について聞いてみた。

「もしかして自衛官?」

「そうです。でも、よく分かりましたね。」

「だって、金田ノ岬の丘の上に礼文空港があることは知ってても、その近くに自衛隊の基地があることを知ってる人は、特に一般の人では、まずいないでしょう。」

彼が自衛官であることが判明したとたん、彼のとって来た昨日からのハードな行動に納得が出来た気がした。

「やはり、これくらいはこなせないと務まらないんだ。」
と。

礼文岳登山口で住所、名前を書き記した半ペラを受け取り別れたら、彼は再びペダルを漕ぎ出した。

時はすでに17時30分近くになっていた。

こちらは一人となった車で走り出すと昨日、一昨日もそうだったように、今日も夕刻になるにつれガスやモヤが晴れ、左前方に三角形の利尻富士の雄姿がうっすらとながら見えてきた。

礼文島から見る初めての利尻山だった。

次第にシルエットは濃くなったが、やがては黄昏に馴染んでしまいそうな程度の濃さだった。

香深井の見内神社付近で写真を撮ろうと、後部座席のザックに手をかけたとたんビニル袋が残っているのに気付いた。

「スコトン岬で彼が買ったお土産だ。」

車をUターンさせ届けに行く。(今になって考えて見ると、この場で待っていればそのうちここを通りかかっていた)

しばらく走ったら懸命に漕ぐ人が前からやってきた。

土産を渡したら、海沿いの道を民宿へと急ぐ。

見内神社の鳥居と利尻山 利尻富士・利尻山
見内神社の鳥居と利尻山 利尻富士・利尻山
懸命にペダルを踏む後藤君 時間を気にしながら懸命に漕ぐ彼の姿は滑稽にも見えたが、彼の目にも見えていたはずの利尻山は、ペダル踏み込む力をより力強くさせたに違いない。

無事、民宿に帰りついたら今日一日の汗を流し、海の幸をふんだんにご馳走になったあと涼みがてらぶら〜っとフェリーターミナルのほうに散歩に出掛けた。

今日も暑かった(らしい)。

最北の地でも20時半の気温の表示は23.4度だった。
懸命にペダルを踏む後藤君
人影や車の往来はほとんどなかったが、遠くには利尻島・鴛泊や沓形の街明かりがわずかに見えた。

同じ日本海でありながら漁火のない夜の海に、ここがずいぶん遠い地であることを感じられた。

つづく

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