![]() ![]() (楽しい会話は幸せを招く) |
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![]() ![]() がんを告知されて病院生活がながくなりました。多くの方と会話をし、楽しみ 励まし合いの生活環境です。 しかし、会話とは、微妙な雰囲気があり、ある場合には、その場にいることが 幸せを感じたり、苦痛とさえ感じることもあります。 病院でなくとも、どこでも幸せを感じ取る会話に努めたいものです。 先日、ガン患者とその家族等の集まりのメディカルカフェに参加し、 こころ温まる素晴らしい会話を頂きました。 幸せ感を感じながら帰宅しました。 (がん哲学外来・メディカルカフェ 笹子先生ご夫妻主催 ともしび) ![]() 多くの方とお話をしていますと最後の言葉に「でも」がつく方がいます。 「でも」と言う言葉は反論か、それとも自分の意見と違うと言うことかよく判り ませんが、あまり「でも」が続きますと会話が進まない場合があります。 例えば、一人の生活を寂しがっている高齢者に「お子さんに声掛けし助けて 貰ったらどうですか」と言いますと「でも、子供にも生活がありますから」 「力になってくれる友達は」と質問しますと「でも、友達は忙しいし」 「街中には多くの集まりがあります。参加されたら」「でも 話が下手ですから」 等などなかなか「でも」から離れることが出来ない方がいます。 現在の環境を替えるためには「でも」では解決できません。 「でも」から「そうなんです」と言葉が変化することが大切な場合が多々あり ます。根気よく聴くことにより、「そうなんです」の言葉を聴くことが出来れば、 会話は弾み、楽しく、解決へと進みますが、こちらからの意見は最小限にとどめて 聴くに徹することが大切なようです。 ![]() 「何故」と言う言葉は出来る限り使わないように気をつけています。 何故=どうしてに繋がるような気がして、相手の言葉の腰を折るように思います。 静かに聴いていますと自然とこちらの知りたい「何故」の意味を話してくれます。 聴くは、十 四 心の耳と分解することが出来ると勝手に思っています。 相手の話を静かに聴いていますと、自然と何故と聴かなくとも話が出てくる 場合が多いようです。 「何故」をこちらが多く言葉に出しますと、 話し手は当初は勢いよく話していますが、その内に言葉を選ぶようになり、 本当の自分のころろが出てこなくなるように感じることが多々あります。 話し手はこちらが聴きたい「何故」を話したくてしゃべり始めているのです。 静かに待つように心掛けています。 ![]() 断定的な言葉も会話の腰を折る場合が多々あります。 「何々すべき」この言葉は、命令口調となります。こちらの意見を口にしても 否定されたような気がします。 人のこころや行動は人それぞれです。決めつけられては大変です。 どこかの国の偉い人が「美しい国日本」と言っていますが、 美しいと言う言葉は本当に人それぞれです。 偉い人の美しい国は私たちに取っては美しくないかも知れません。 人それぞれです。病院内では、意外と「べき」言葉がでている場面に出会います。 「べからず」言葉は、人の行動に制限を与えているような感じに受ける場合が 多々あります。 人の行動には人それぞれのこころがあり、それに沿っての行動です。 簡単に行動を否定できるものではありません。 人の行動や言葉の奥底にひそむ意味を受け止める必要があるように思います。 大変難しいことでしょう。その人の言葉を受け止めることにより言葉の奥の こころを知ることが出来るように思います。 相手は、自分とは違うということを理解しておくことが大切です。 人それぞれの意思があり、過去暦があるのです。違って当たり前です。 ![]() 自分自身の過去暦があり、なかなか人の話しや意見を素直に聴いているようで 意外と自分の意思に合わせて理解しようとしているような場面に、自分自身で 感じることが多々あります。 バードウオッチング的な大きな視線で他人の意見を理解することは難しいもの です。人の話を素直に聴くことが出来たかどうかは聴いた本人しか判りませんし、 聴いた本人でも本当の意味で、素直に聴いたかどうかは判らない場合が多いと 思います。 受け入れるこころが大切ですが、その受け入れるこころで聴くことも難しい 場合があります。相手は、自分とは違う、人それぞれであることを認識すれば 自ずから、第三者的な冷静な気持ちで聴きとることができるのではないでしょうか。 シニア ライフ アドバイザー 岡島 貞雄 Top page |