7/31
7月も今日でおしまい。
今月は早かった。
御嶽山行に三男の野球と
楽しいことの連続で時間が早く立つ。
退屈やつらい時間を経験してこそ
時の立つのが遅くて
人生を長く生きられるというものだ。
アレレ。
7/30
風が冷たく9月の気温らしい。
冷夏の予感がしてお米の不作が気になります。
太子道のTUTAYAが閉店する。
あかん店はすぐしめて
利用者のことなどお構いないしだ。
圧勝の民主党に惨敗の自民党。
民意に関係なく続投を早々と表明するあほ社長。
首相になった当時、私はこの人のあほ顔が
直視できなくていつもテレビのチャンネルを変えていた。
2世の米国のあほ大統領と日本のあほ総理。
両国民は不幸な時代を迎えているが
米国では民主党に政権(政府も議会も)が
移行しそうで新たな局面が経験できそうだが
日本ではそうはならない。
不幸な時代は続くのだ。
小さな曙光は医師会推薦の武見が落選。
自民参院幹事長の虎が落ちたこと。
夜明けがあるかも?。
7/29
イン谷口に車を置いて
比良の堂満岳から八雲ケ原を経て大山口
からイン谷口に戻るコースを考えていたが
午後から雨と雷と言う予報を信じて
湖北の赤坂山に行先き変更。
参院選投票のため小学校に行ったのが7時で
9時過ぎに登り始めて13時前に下山。
温泉はやめ夕飯後カラオケに。
たくさん歌う日曜日だった。
7/28
湿度が高い。
7/27
気温が35度を記録。
自転車で鳥松ととようけ屋へ行く。
帰ってきたら汗だくだが
立ちこぎしながら腹筋運動をするから
余計に暑いがこれがよく効くのだ。
7/26
梅雨は明けたのに湿度が高くて
夕立が欲しいところだが
あっても長くは続かずじっと我慢するしかない。
暑さに負けてクーラーのきいた部屋にばかりいると
体力が落ちて秋に困る。
むしろ暑い時間に自転車で
用事をこなすとトレーニングになって
しかも帰ってのシャワーが気持ちいい。
積極的にこの暑さを乗り切ることが肝要だ。
7/25
アジアカップのオシムジャパンは
準決勝敗退した。
10度やれば7度は勝てる相手と思う。
3位決定戦でなく決勝で
韓国とやってほしかった。
恒例の天山の湯の後
回転のくら寿司へ行ったが
カッパの方がネタが大きいように思う。
くらの階段を降りていたら
参議院の松井候補の応援で
テレビでよく見る長妻議員がジャスコの前で
車を止めてしゃべっている声が聞こえた。
どうでもいい家内を促して
ミーハーの僕は近づいて
ガードレールに腰かけた。
帰りたい家内に我慢してもらって
最後までいて握手してから帰った。
天山の湯では76.9kgを計測して
何十年ぶりかの76kg台に気をよくして
くらではビールを飲んだので
帰りの運転は家内にしてもらった。
7/24
いよいよ梅雨明けだ。
ここのところ野菜が高騰している。
なすびなどは2倍以上だ。
よい天気が続いて日照時間が増えれば
野菜もよく育って価格も安定するだろう。
7/23
三男は朱二校の前の歩道に
自転車に乗ってズボンのポケットから
財布を落としたらしく近所の
親切な49歳のクリーニング店主に拾ってもらった。
三男が電話でお礼を言って住まいを聞くと
「電話で充分」と言うお返事だったが
拾得物の返還システムが昔と違い
落とし主と拾い主の事前の接触が必要で
謝礼などの話し合いがあってのち
預かり証をもらって保管場所(警察)に行く必要がある。
その旨を伝えてお家を教えてもらった。
安価なカステラで申し訳ないが
高校生からは受け取られないだろうから
「父ちゃんからと言え」と言って渡し
三男が預かり証をもらいに行ったら
丁寧にも我が家にお礼の電話があった。
三男には大変ありがたい経験で
財布などの財産管理の大切さは勿論だが
正直で親切な(交番に届けるのは本当に邪魔くさい)
人と行為がこの世にあることを学んだことが大きい。
僕は早朝の路上に落ちていた裸の三千円を
ポケットにくすねたことがあって恥ずかしい限りだ。
今度そんなことがったら
やっぱり…?。
トホホ。
7/22
阪急西院に向かうべく8時に家を出たら
雨が降ってきた。
急きょ車に変更して出発したが
色の濃い曇り空を見て
近場のポンポン山に行き先を変えた。
山の中はガスっており
植林の中のよく踏まれた道も
暗い霧の中で幻想的でさえあった。
薄着だったが
高い湿度がいつも以上に疲労感を増した。
頂上でおにぎりを食べ終えたら
雨が降ってきた。
傘をさして下山した。
7/21
夜、家に帰って財布を落としたことに
気付いた3男があわてて雨の中を飛び出て
最後に財布を出した飲食店まで行ったが
無かった。
不思議なことに友人の財布を
その飲食店が預かっており
同じく大騒動のその友人に連絡してあげて
彼は助かった。
探しても出てこなかった3男はがっかりだ。
親戚の人にもらったお小遣いと
父親から預かった補講のための参考書代と
少年には大金だ。
財布そのものもネットで大1枚出して
買ったものらしい。
痛そうだ。
参考書代の5千円は父親が再度出してやるが
小遣いまでは面倒みられない。
「今夜は遅いから明日念のために
警察に届けなさい。」と言って寝かした。
朝、仕込みから帰ったら家内が
堀川署の金庫に財布が入っているらしいと言う。
手続きと中身の確認は23日の月曜日になるものの
とりあえず良かった。
正直で親切な人がいたらしい。
父親も5千円助かった。
明日は天気が良ければ六甲の
東お多福山だ。
7/20
今週で雨も上がって
来週にも梅雨明け宣言が出そうだ。
7/19
3回戦は桃山高校を打てず0対1で敗戦。
力はかなり上回ると思えたが結果は
1度きりのチャンスを生かした桃山が勝った。
勝ちたいと思う執念の差と見た。
まことに残念な結果ではあるが
これを受け入れて三男には学業の方も
頑張ってもらいたい。
7/18
山城野球部の対東宇治戦を応援すべく
朝早くから太陽が丘に車で行った。
5:3で勝った。
これで2勝目。
エラーもしたがホームランやダブルプレー
エンドランといろいろ見せてもらった。
明日の西京極の3回戦も頑張ってもらいたい。
7/17
無事、祇園祭の鉾巡行が済み
本来なら梅雨明けと言うところだが
そうはいかず、もう少し先になりそうだ。
地震は揺れてはじめて地震とわかる。
ほんとに恐ろしい。
合掌。
7/16
台風交じりの梅雨のさなかの高校野球大会は
日程が詰まっており
東宇治高校との試合が
宮津市民球場の2時からの第3試合に組まれた。
店を休みにして親戚の二人を乗せて
宮津に向かった。
京都縦貫道では懸案の
ETCのアンテナ通過実験は成功をおさめ
宮津駅前の「富田屋」が月曜定休だったので
姉妹店の「双子岩」で
海の幸を味わった。
球場には1時間前に着いた。
ところが車をとめキーロックしたとたんに
雨が降り出して
4時前まで待ったが試合は雨天中止となり
京都に引き上げた。
残念。
7/15
3男の山城野球部は綾部高校に
4対2で勝った。
3男が高校に入って初めて見る勇姿で
3年前に同じ西京極球場で
中学大会の決勝で敗れて以来であった。
3年間でしっかり成長しており
この夏の大会で負ければ即引退という
過酷な結末が待っており
勝ち続けて
1日でも長く青春を謳歌してもらいたい。
7/14
台風はやや太平洋側へそれたようで
近畿の中部には大して影響なさそうだ。
野球をクラブ活動している高3の三男が
夏の京都大会の開会式だけ雨の中
西京極球場で済ませてきた。
開会式直後の予定の試合は
明日の2時に延期された。
トーナメントはいつ最後になるかもしれないので
きっちり応援に行ってやろうと思っています。
7/13
13日の金曜日だ。
台風が来ている。
もし上陸したなら
長雨で地盤が緩んだ九州には過酷な台風だ。
7/12
仕込みを終わって
雨が降るが昼食前に
懸案のETC車載器をマイカーに取り付けた。
HPは本当にありがたい。
あらゆる情報がタダで手に入るからだ。
ETC車載器は@アンテナを貼り付け
Aカードを差し込む本体も貼り付け
B電源を確保してアースしてやる。
電源とアンテナを本体につなぐ。
この3つの事をしてやればいいのだが
@とAは車載器の説明書を読めばよい。
電源はややこしくて
音声ガイダンスのある常時電源(B+)を
必要とするものと今回の信号音のみの
エンジンキーを回してのちに通電する
アクセサリー電源のみを必要とするタイプの2通りあり
必要な電源ソースも@シガーライター
Aヒューズボックス、Bオーディオ機器の
3通りある。
これらの知識はすべてパソコン画面から仕入れた。
さて電源だが@のシガーライターは
加工した専用の部品もあるが町中のカー用品店にはなく
一部ネット販売などされているが
自前の加工では安定感に欠けるらしい。
Aのヒューズボックスはマイカーには室内に無く
エンジンルーム内なので断念。
Bのオーディオ機器を外してその裏側の電源を
確保するのが一番よい方法と思われた。
この脱着方法は「カーフィッティング」と言うらしいが
オーディオ機器メーカーのサイトに
車種ごとに図解入りの説明書があり
必要なアクセサリー電源の配線図も色も含めて
説明されている。
設置に必要な凡ての知識は遺漏なくパソコンから
無料で取得できるのだから今更ながらありがたい。
頭の中で描いていた配線図を
実際の車の中で固定はせず並べてみる。
ただ経験がないから不安があるが
ゆっくり多少の時間を浪費しても何度も説明書と
パソコンからプリントアウトした図面をよくよく見て
実行すれば一時間ほどかかったが
うまく設置できてETCカード挿入までは
ランプの色も信号音も正常に作動した。
アンテナが正常かどうかをテストする機械は
素人にはない(設置工場にはあるらしい)ので
本番(料金所)で試す以外にない。
とりあえず車載器を無事設置して
ふーー。
7/11
停滞する体重計に新案を思いつく。
昼食を13〜14時に食べたのち
夜中の12時ころになるいわゆる夕食を廃して
仕事中におにぎりやシリアルなど
簡単な食事ではあるが
就寝時間から逆算して4時間以上前の夕飯に
切り替えるというものだ。
水曜日の風呂「天山の湯」の行き帰りに家内にも
相談。
了承を取り付けてさっそく実行した。
7/10
雨ばかりだ。
三男が和歌山遠征でバスの中に
忘れ物をしたので家内とともに
大宮十条の帝産に取りに行った。
ここらあたりはMKタクシーの給油所や
十条営業所、整備工場など関連施設が多数あり
熟知しているはずの地域だったが
必要がなくなればすぐに忘れてしまう性質で
すっかり忘れてしまっているのには
自分ながらも驚きだ。
肝心の忘れ物は保管してもらっていました。
日曜日にセットアップ済みの
無料ETC車載器が届いていたので
車に取り付ける作業をしなくてはならない。
工場に頼めば5〜6千円するので
お金を支払う道具に
お金をかけるのは馬鹿らしい性格なので
四苦八苦しなければならない。
その始末記もまたここで披露します。
7/9
朝の新聞を見ると向こう1週間全部雨だ。
梅雨時期だから当然だが昨日1日だけの
御嶽山頂上の快晴がそれだけに奇跡的と思える。
お金のかかる楽しみは案外底が浅くて
本当に素晴らしいものこそ無料である。
だが、それを手にするのは容易ではない。
御嶽山頂上での「御来光」の数十分のシーンが
ずーと充足した気持ちを満たしている。
7/8
朝4時前にトイレに立つと
雲海の中で山頂は晴れており
東の空は赤い曙光が横一文字に
雲海とその上の晴れた空を分けており
あと数十分で日の出があり
「御来光」が拝せることを予感させた。
2人に知らせて蒲団をたたんで
3人で小屋の外に出た。
薄明かりながら周囲の山の頂が
雲海から顔を出して3000m峰たるゆえんを
しっかり表現してくれている。
お鉢(一の池=水はない)と呼ばれる
火口部分もくっきりと見え
昨日車を止めた田の原駐車場も
よく見える。
これからの30分間のこの日の出ショーは
あまりに感動的で
はじめての3000mでのはじめての「御来光」に
ずーと浸り続けるばかりだった。
やはり5時半の朝食後
疲れのひどい斉藤さんには
下山を考慮して小屋で待機してもらい
長男と二人で「お鉢めぐり」に出かけた。
二の池や三の池の見える場所まで
36童子めぐりをするのだが
火口の内輪と外輪の間の細い絶壁歩きで
滑落すれば大けがでは済みそうになく
「****が浮く」と言って
その怖さを表現する長男だが
高所恐怖症も遺伝するらしい。
90分ほどの空中散歩を終えて
小屋で待つ斉藤さんと3人で元気に下山。
2時間ちょっとで揃って下りられた。
1時間ほど走った上松のホテルで
風呂を借りてのち創業300年の「越前屋」
と言うネットで検索済みのお店に入り
待望の信州そばを2枚づつ平らげた。
京都までまた4時間
一度きりの休憩で疲れた二人を寝かせて
車を転がした。
あっという間の御嶽山山行であった。
7/7
曇天ではあるものの
梅雨の時期に心配された雨ではないことを
よしとして朝の6時に前泊の二人を乗せて
長野に向かった。
登山口の田の原には5時間後の11時に到着。
早めの昼食を済ませて御嶽山頂上
剣が峰を目指した。11時25分出発。
9合目あたりまではまずまず順調だったが
9合目の表示石柱を過ぎたあたりから
険しく歩きにくい火山岩交じりのごろごろ石の
坂道では同行の二人があえぎだして
すぐに休憩を取らないと足が前に出なくなった。
ガスっている坂道で休憩をとるたびに
不思議にも一瞬ではあるが
ガスが取れて晴れ間が顔を出して
デジカメのシャッターチャンスとなる。
まるで誰かのオーラのせいのようである。
特に消耗のひどい斉藤さんのリュックは
僕が担ぐことにして持参のストックも
貸してあげて二本杖で上がってもらうことにした。
ここへ来て日ごろの運動不足を痛感している
長男も心臓が破裂して死ぬのではないかと
本気で思ったらしい。
そこまでとは知らない僕は二人を励まして
上へ引き上げることに一所懸命だった。
翌日下山のときに顔面蒼白で
厳しい雪渓のあるあたりの登山道で
あえぐたくさんの人とすれ違うたびに
登りの二人のしんどさを再認識したのだった。
王滝山頂を過ぎて硫黄臭のするあたりでは
ガス検知器が設置され警告音が鳴れば
止まらずに先へ避難するよう表示してある。
旭館頂上山荘が見える八丁ダルミでは
ゴールが見えてからが疲れた体には
遠く見えるらしい。
二人を励まして「もうちょっとだ」と言う
僕の声にも声の出ない二人だった。
剣が峰頂上奥社に着いたのが
14時35分だったからまずまずの平均タイムだ。
とにかく寒いが3067mの最高点で記念撮影した。
5時半の夕食後すぐに寝て
明日の「御来光」に備えた。
ここのところ雨ばかりで曇りがやっとでガスが
立ち込める日が続いているらしいが…。
7/6
明日の御嶽山登山のために
幾たびも王滝町の天気予報を
HPのピンポイント情報で見る。
絶好とはいかないが雨から曇りさらには
一時晴れの予報に変わり
迷っていた頂上小屋の宿泊を決めて
剣が峰頂上山荘に予約を入れた。
心落ち着かせて
8/22分の徳沢ロッジにも電話を入れた。
上品に予約の確定メールが来ないので
案じておりますと言った。
「申し訳ございません。予約は成立しております」
との返事でひとまず安心。
さすれば1時間後に予約確定メールを受信。
アメニティ情報や料金
上高地に着いたら連絡がほしいなど
必要な情報もある。
梅雨のさなかではあるものの
明日、明後日と頂上で一瞬でも
雲や霧が晴れることを祈って
青森へ同行の斉藤さんと長男の3人で
わいわい御嶽山へ行ってきます。
7/5
夕方に小諸にいる友人から電話があった。
夏休みの旅行の第一日目の宿泊先の
問い合わせだった。
いったん切って5分後に
自分たちも徳沢ロッヂ取れたよという内容の
電話だった。
自分は2週間前にネット予約したが
いまだに確定メールが入らない。
松本市の安曇野支所が管理する
公営の宿泊施設だが
HPの記載が間違っているので
気にはしていたが役所関係で
堂々と間違いHPを公開している神経が
びっくり。
予約メールは入れたが自動送信の
「お問い合わせ確認メール」後
確定メールが二週間入らないので
この自動送信メールの連絡先の
アドレスをクリックすると出てくるフォーム
では送信先不明で帰ってくる。
表示されるメールのアドレスが間違っているらしい。
いろいろやっているとアンダーバーを
ハイフォンに訂正すると
どこへだか知らないが送れた。
しかし返事がない。
パソコンが使えないのに外注で
HPを作って
間違い個所も精査できない担当者が
運営?している感じだ。
役所にしてはひどくお粗末な感じがする。
とはいっても私の予約は宙ぶらりんで
このままほっておくと
当日の「聞いておりません」という対応が
目に浮かぶ。
さすればはなから電話予約をすればよく
ネット予約を信じ切っていた自分が
愚かしい。
町村合併で安曇野は松本市になったが
松本市も管理責任は問われないのだろうか?
予約への不安もあるが
親切心としても
ネット予約の概念やHPの間違い箇所や
自動送信メールのアドレス間違い等
ご教授したいのだが
そもそもネットによる連絡そのものが困難なのだ。
気持ちの整理がついたら電話しようと思っています。
7/4
水曜日は天山の湯へ。
今度久しぶりに
高槻の美人湯、祥風苑にも行ってみよう。
7/3
梅雨のだらだら雨。
合間を縫って自転車でお買い物。
ダイエットが停滞している。
何か運動をプラスせねばならないが
ランニングか?
ビリーズブブートキャンプにインするか?
筋トレか?
いずれも思いきれない。
ぐずのだらだら思案だ。
7/2
あちこちの山が山開きである。
今週末に行く御嶽山も昨日が開山日だった。
それで泊まる小屋の情報が書いてないかと
山小屋のHPを見ると
候補のひとつ御嶽剣が峰旭館は
7/14からの営業と発表されている。
あいたたた。
あわててもう一つの候補はと見ると
HPでは営業日は発表されていない。
7月上旬から8月下旬とだけ書いてあるだけだ。
困ったな。
頂上でなくてもいいや。
頂上から30分ほど下の王滝頂上山荘は7/7からの
営業と書かれておりひとまず安心した。
それで、やはり第一候補の剣が峰頂上山荘の
携帯電話にも連絡してみた。
「今年はもう泊まれますよ、土曜日も営業しています。」
とのおばさんの返事。
大いに安心しました。
迷っていたがお泊まりは剣が峰頂上山荘に決定だ。
あとはお天気ばかりが気になるだけだ。
7/1
さて今日から7月。
日曜日スタートだ。
雨で延期していた滋賀・福井県境の赤坂山へ
車で往復しての山行だった。
片道2時間ほどのドライブだが
梅雨の合間の曇り空ながら
無料の湖西道路がありがたく
車窓から見える琵琶湖も比良の山々も
私の好きな風景がずっと続いてくれます。
着いたところはマロニエの並木路も栗林も
きれいに整備されたマキノ高原。
冬はスキー場のマキノ高原は
春からキャンプ場やパットゴルフ場に変わる。
オートキャンパーは1台きりだったが
パットゴルフ場は熟年たちがいっぱいだ。
それらを左手に見ながら登山口へ。
急な階段がいきなり待っている。
一部は粟柄越え道の古道もあり
木の階段も続いており
ブナの木平を過ぎると
1時間ほどで立派なあずま屋に着く。
そこから一度谷に下りて
水しぶきをあげている滝のある沢では
冷たい沢水で顔や頭を洗い
汗でぬれたタンクトップを着替えると
いっぺんに汗や疲れが吹き飛んだ。
細い道を登り返すと
だんだんと自然林の合間から
展望が開けてきて
そのぶん涼風も出てくる。
この山は春から初夏にかけては
高山植物が連続的に咲き誇る人気の山だが
さすがにこの時期には花がない。
最後の急登を一気に登ると笹原の
開けた展望が待っている頂上部分に出る。。
八百チョイの標高だが福井県側の山並みや
滋賀県側の山や琵琶湖が360度のパノラマで
見渡せる。
ただし今日は日本海側の山頂部分に
ガスがかかっている。
おにぎりをぱくついて1時間ほど頂上にいたが
猛スピードで下山後、町営の「さらさの湯」に
入ってのちビールは我慢して
ソフトクリームでのどを潤す。
このころ雨が降り出した。
3日に一度でいいからつれづれに、日記を書いてみようと思った。
3日坊主でもいいから
つれづれに、日記を書こうと思った。
3行でいいからつれづれに、日記を書いてみようと思った。
フェルナンデス
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