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    左水谷、右後谷道
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    林道登り詰ると後谷集落は平地?
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    集落の入り口
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    屋敷跡
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    北欧のけしき?
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    セメント原石山跡
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    後谷の頂上
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    道から見た対岸の山
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    坂道でないのが不思議

後谷地区の紹介

県道彦根水谷線から林道が続いています。かなり急坂で落石もあり狭い道ですが、上るにつれて対岸の景色や遠くの町も見えてきます。でもよそ見する余裕はありません。ハラハラ、ドキドキの道です。

後谷集落の上方には過ってセメント会社の採掘場がありました。多賀方面からも岩肌が削りとられた山を見ることができます。従業員の住宅もあり賑やかだった時代がありました。

鳥や動物の楽園になりましたが、元住人が別荘ライフを楽しんでおられます。集落の中は意外にも平地が多く針葉樹が大きく育って北欧の雰囲気を感じました。

山村の産業

  • 平地が少なく水稲はほとんど作られません。江戸時代の『江左三郡録』では芹谷地区は『北畑』と呼ばれていたようで斜面の土地を耕し牛蒡や芋などを生産し出荷もしていたようです。木材、炭などの燃料も重要な商品でした。
  • 意外なのは石灰石、加工され建築資材として琵琶湖を渡り京都の社寺、邸宅の壁材に使われたとか。のちにはセメント会社が目を付けるようになる石灰岩の一大産地なのです。海の底だった時代貝類が集積して石灰岩になり、隆起してアケボノ象たちが歩き、人がくらし、そして今は・・・

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