わたくしごと



私はごく一般的な家庭で
育ったと思います。
三人兄弟の一番上です。
父は伯父の経営する会社に
勤めるサラリーマンで
母は家で内職をしていました。

小・中と成績は中くらいで、
運動が得意な勝気で活発な子どもでした。
努力とか根性が嫌いなアマノジャクです。
両親の愛情もそこそこに
(第一子なので厳しさもそこそこに)
受けて育ちました。
両親にはたいていのことは
話すことができましたが、
ただ一つ、
両親には言えなかったことがありました。

それは、
自分の生きる場所がない
ということでした。

落ち込んだ気分のときにはとくに
 ・何のために生まれてきたのだろう?
 ・自分は生きていていいのだろうか? 
 ・誰の記憶からも消えてなくなりたい
 ・どこにいても居場所がなく息がつまりそう
 ・今ここにいる自分は本当の自分ではない。
 ・本当の自分って何だろう?
 ・自分は他の人とはどこか違う
  変人なのではないか
 ・お腹の底から湧いてくる破壊的な
  エネルギーが恐ろしい
そういった思いがいつも心にありました。

そのような心に抱える不安と、
 ・心の中が空っぽな感じ(虚無感)や
 ・人間関係での距離の取り方が
  下手ということ
 ・傷つきやすくネガティブな
  反応を起こしやすいこと
 ・皆が自分を否定しているのでは
  ないかと常に防衛的になってしまうこと
 ・虚栄心が強いこと
 ・こだわりが強いこと
 ・何にでも過敏に反応する
 (不快と感じることが多すぎる)
 性質であること
それらが私の生きづらさの根本に
あったのだろうと思います。

様々な癒しの過程を歩んできて、
そのいくつかは、
今は改善されたものもあり、
そのままのものもあり、
かえって助長されたものもあり・・・です。
前よりはずい分生きやすくなったと思いますが、
やっぱり自分という人間は
面倒くさい人だなぁと感じます(苦笑)。
でも骨が折れるけれど、
自分ってつきあうほどに面白い!
こんな面白いヤツは私こそが受け容れ、
愛してやらねば・・・と
変な表現ながら、このような気持ちでいます。
癒しの道に終わりなし、です。

生きる場所を求めてさんざん
無駄な努力を重ねたけれど、
環境や目に見えるものの中にではなく、
生きる場所は自分の心の中にこそあり、
自分で広げていくものなんだなぁ・・・
と実感しています。

ちょっとわかりにくい表現かもしれませんが、
「生きている、そのこと自体が嬉しい」と
一度でも思えたなら、
そのニュアンスを少しでも
わかっていただけるかと思います。

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