この話は、全て実話を基にしております。登場人物の名前、 建物等は実際とは異なりますので、ご了承下さい。 幼い頃にやってきた子猫に対し、今ならもっと何かができたのではないかという後悔と 懺悔の気持ちと、猫たちが教えてくれた素晴らしいぬくもりと一心の愛情を、 皆様に知っていただくことによって、自己満足かもしれませんが、何かをわかっていただき、 また、私自身がもっと、動物達に対して、今まで以上の愛情をかけれるような・・・ もっと動物達が幸せな一生を全うできることを願ってやみません。 |
―第1章―やってきた子猫 |
今までの猫たちは、具合がおかしくなれば、お父さんの知り合いの渡部動物病院に連れて行くという感じでした。。 今から考えると、信じられない位、安易に、無責任に猫を飼っていたのです。でも、その頃の知識のない私には、ただ可愛いという気持ちだけがあったのかもしれません。 そして、その結果、レオの寿命を縮めてしまったことに気がついたのは、レオが星になってしまったずっと後になってからです。 |
レオと大きな黒猫はすぐ近くにいて、お互いに唸り声をあげてました。 私はとっさに、レオを守る為、黒猫に飛びかかっていきました。 素手で威嚇している猫に近づくことは、例え、飼い猫でも、危険なことは、私にはわかっていませんでした。黒猫は容赦なく、私の右腕にかみつきました。右腕に激痛が走ったと同時位に、遅れて様子を見にきたお父さんが 「かおり!」 と私の名前を叫びました。 私は黒猫を振り払う為、腕を精一杯振りましたが、黒猫は私の右腕にかみついたまま放しません。 大きな黒猫の全体重をかんでいる牙だけで、腕を振り回してるんですから、腕の痛みはたまったもんじゃありません。 お父さんはすぐ近くにあった木刀を持ち、黒猫を何度も何度も叩きました。それでも、なかなか腕を放さない黒猫は、後で聞くと、この近くの猫たちのボス的存在だったようです。 お父さんが、何度か叩いて、黒猫はやっと、私の腕から口を放し、高い塀を飛び越えてどこかへ行って しまいました。私は血が流れだす右腕を押さえながら、その場に座り込みました。 すぐに病院に行って治療をしてもらいましたが、全治1か月だと言われました。 その傷は20年経った今でも牙の跡で私の腕に残っています。 |
猫伝染性腹膜炎の説明はこうでした。 猫の病気の中で、最も恐ろしい病気で、胸に水が溜まって、呼吸困難になり、とても苦しみ、そして、とても高い確率で死に至ってしまうとのことでした。 次に猫白血病ウィルス感染症、これも、とても完治は厳しく、免疫が下がってくる為、他の病気を引き起こす大変危険で、死亡率の高い病気のことでした。 最後の3つ目の猫免疫不全ウィルス性感染症は、別名、猫エイズと言われる病気で、人には移らないが、猫同士で移っていき、この病気になると、抵抗力がなくなってしまい、最後は、死んでしまうとのことでした。 いずれの病気も、外に出してるオス猫がよくかかる病気で、オス猫同士のケンカなどで感染してしまうらしいです。 そして、この3つの病気は猫の三大病気と言われていて、1つでも感染すると治療が難しく、いずれは死に至ってしまうケースがほとんどとのこと。 レオの場合は、最低でも3つのうち、2つの病気が疑われるとのことでした。 |
先生が言いました。 「今は、血液検査の結果が出ないと、治療に入っていけないので、とりあえず、レオちゃんの体が少しでも楽になれるように、点滴しておきます。 1週間後に検査の結果を聞きに来て下さい」 「・・・はい・・・」 私と姉は、その言葉が精一杯でした。 レオの点滴が終わり、家に着くまでの10分間、私と姉は会話ができませんでした。言葉が出ないほどのショックを受けていました。 ただ、二人共が心の中でレオに謝り続けていました。 「私たちがちゃんとしてれば・・・ごめん・・・レオ・・・」 でも、心のどこかには、結果が出るまではわからない!レオは死なない!助かるかもしれない!そう信じたい部分がありました。 |
―第5章―戦い 梅雨が明けたころ、レオの容態は日に日に悪くなっていきました。 餌も少ししか食べなくなり、、餌とトイレ以外はずっと、布団の上で寝てるようになっていきました。 全然、レオが動かない時は、家族の誰かがレオの近くに行き、呼吸をしてることを確かめに行きました。 そんな体力のないレオなのに、毎日恒例になっている、誰かが帰ってくると、玄関に出迎えに行くという行動は、体が思うように動かなくなってからも、続けられていました。 ゆっくりゆっくり来るので時間はかかりましたが。私たち家族は話し合ったわけではないのに、自然に、レオがゆっくり玄関まで来るのを、待って、玄関までたどり着いたレオに頭を撫で、 「ただいま、レオ」 と言ってから、家の中に上がるようになりました。 7月中旬のある日、姉が帰宅すると、いつものようにレオはゆっくり玄関に向かいました。 居間にいた私と母は、レオが玄関に向かっていく姿を見てました。 しばらくすると、姉の大きな声が聞こえました。 「レオ!」 只事じゃないと思った私と母は、玄関へ走って行きました。 姉がレオの頬を両手で優しく包み込みながら言いました。 「レオの呼吸がおかしい!」 レオは口を開け、苦しそうに息をしていました。 私はレオの体をさすりました。すると、レオの胸の辺りがふくらんでいることに、すぐに気がつきました。 すぐに福田動物病院に電話をしました。 「すぐに連れてきてください!」 そう言われ、レオを抱き、タクシーに乗り込みました。 一刻の猶予もないと感じました。 病院に着くと、先生が言いました。 「入院です」 先生から言われた言葉は、まるで死刑の宣告のように聞こえました。 「今日の午前中にも、腹水を抜いてるのに、この時間になって、もうすでに胸がパンパンの状態です。水が溜まるのが早くなってきてます。腹水が溜まってることで息をするのがとても苦しい状態です。この水を抜いて、24時間、点滴をしないとレオちゃんの体はもちません」 家に連れて帰っても治療もできない。苦しんでるレオを助けてほしい、そんな気持ちでレオを病院に委ねることにしました。 「レオちゃんにとって、ご家族に会えることが、すごくうれしいことだから、いつでも面会にきてあげてくださいね」 先生はレオに打つ為の点滴を用意しながら言いました。 |
残り2か月とわかっていながらも、心の底では、入院したら元気なレオに戻ってくれるかも! 少なくとも今の苦しい状態からは抜けれる!そんな気持ちが心の中でいっぱいいっぱいで。 家に帰ると、ついさっき帰宅していた父が、母から病院に行ったと聞かされ、まさに今、病院に行こうとしていたところでした。 「おかえり。今病院に行くとこだった。レオは?」 その父の問いかけに、私も姉も涙が止まりませんでした。 病院での話を父と母にすると、父が言いました。 「毎日、必ず、誰かが病院に行くこと」 「うん」 神にも、悪魔にすらお願いしました。 私たちのかけがえのない小さな命を救ってください。どうか連れて行かないでと。 それから私も姉も、もちろん母も父も、時間の許される限り、レオに会いに行きました。 私は夜のバイトをしていた為、寝る時間を削り、午前中と、夕方。仕事をしてる姉は仕事が終わってから夜に。母も父も仕事が休みの時は、朝から昼。夕方から夜。仕事のある日は、仕事が終わってからと。 会いに行くとレオは点滴につながれながらも、しんどい体を起こそうとします。 鳴き声はありません。ただ、体を一生懸命にすり寄せようとするのです。 この頃のレオは9kgあった体が、ほっそりと5kgまで落ちていました。 痩せた体なのに、すぐに胸に水が溜まってしまう為、異様な程、胸だけが膨らんでいて、触ってみると、やはり、そこだけ水が溜まっているとわかるほど、胸だけが柔らかく、他の部分は骨がゴツゴツしていました。 |
それまで、我が家では、変な迷信を信じていて(今となれば、迷信でもなんでもないんですが) 「動物を写真に撮ると死期が早くなる」 という言葉を昔の人は言ってたと、なにかで聞いて、あまりレオを写真に撮るということをしなかったので、レオの写真は何枚か数えれるくらいしかありませんでした。 その時は誰も反対せず、写真を撮りました。 以前のような、たくましい体ではなく、ほっそりしたレオにカメラを向けます。 体を伸ばすわけでもなく、ただ丸くなって・・・。フラッシュをつけても、目も開けることもなく。ずっと、姉のベットに寝たまま。 ベットに上がることすら、今のレオにはしんどいはず・・・なのに、トイレに行くのに、ゆっくり降りては、またゆっくり上がり、姉の布団の上で丸くなるのは、レオにとって、姉の匂いがある布団の上が一番落ち着くのでしょうか。 |
かつては、ねずみやスズメを採ってきて自慢気にこのベットに運んできたこともありました。 ベットの上で大きくお腹を上に向け、大の字になって寝てることもありました。 以前、遊び場でもあった布団の上は、今はただ、寝るだけの場所になってしまっています。 何枚か写真を撮り終えた姉は、カメラの枚数を見て 「まだ残ってるけど、明日現像してくるわ」 そう言いました。 その時に撮った写真が、レオを撮った最後の写真となってしまい、後に、お母さんの部屋とレオの仏壇に飾られることになってしまいました。 |
―第8章―レオの傍らで 夜、10時頃に辿り着いた動物病院は、山の上にある、ひっそりとした夜景の綺麗な場所に ありました。父が静かにポツリと言いました。 「こんなに夜景が綺麗やったら、レオもさみしくないやろ」 私も姉も言葉が出てこず、ただうなずくことが精一杯でした。 事務所で手続きをとると、住職さんが案内してくれた本堂へ行きました。そこはたくさんの 動物を奉ってあり、ろうそく、お線香、また死んでしまった動物を抱いてある家族の写真、 お供え物がたくさん置いてありました。 「今からお通夜をさせていただきます」 住職さんが言いました。 |
レオの冷たくなった体を棺に入れ、お経が始まりました。お経は30分程、続き、私たちの 涙は枯れていました。お通夜が終わり、住職さんからお話がありました。 「明日、お葬式をさせていただきます。墓地のほうは、個人墓地と共同墓地がありまして、 火葬は、共同墓地も個人墓地も同じように1個体ずつ火葬させていただき、火葬が終わり お骨あげをしてから、共同墓地の場合は、共同墓地にお骨を納め、1ヶ月ごと、1年ごと、 もちろん、お盆やお彼岸等に法要をさせていただきます。個人墓地の場合は、お骨あげを した後、個人の墓地にお骨を納め、法要は同じようにさせていただきますが、個人墓地、 いわゆる、お墓は10年でお名前がなくなり、別の方のお墓に変わります、というのも、土地 のスペースを考えると、10年で変えていかないと、スペースが足りません。個人墓地と、 共同墓地、どちらになさいますか?」 私たちは、しばらく考えて、レオを共同墓地に入れることにしました。 理由は1つでした。 最後は、大きな病気と闘い、大好きだった外へ出ることも、お友達と遊ぶこともできなくなった レオを、これ以上、1人ぼっちにしたくないという思いでした。個人墓地に入れて、1人孤独に して、10年経てばお墓もなくなってしまうより、共同墓地でみんなと一緒にいてるほうが寂し くないだろうと考えたのです。 |