【特論】 定盤ラップの技法



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 定盤ラップの論理と技法




(細目次)

●「定盤ラップ」とは

●ラップ作業の準備

●鋳物製ラップ定盤での仕立て上げ

●定盤ラップによる寸法仕立て




●「定盤ラップ」とは

 「定盤ラップ」というのは、一定の作業台上に設定した定盤の、その定盤面上にラップ砥粒とラップ油を塗布した上でワークの加工すべき面を当てて、そのワーク面をその目的に従ってラップ加工するという技法を言う。その際に用いられる定盤を「ラップ定盤」と呼ぶ。「定盤」と呼ばれるのは、そのラップ定盤面は「平面」に仕立て上げられているからで、従って、「定盤ラップ」という場合、ワーク表面を「平面」に仕立て上げる技法だと言うことを意味する。 

 以上の定義から明らかなのだが、固定されたワーク表面に対して、ラップ工具によってワーク表面を平面に仕立て上げるという「ハンドラップ」の技法とは、ちょうど反対形相になる。従って、ハンドラップについての説明がそのまま定盤ラップに於いて通用することになるのだが、ハンドラップがハサミゲージ製作の技法として確立し展開されたというかなり限られた技法であるのに対して、定盤ラップの場合は、かなり大きなワーク表面を平面仕立てする技法であり、また、一般的に平面仕立て上げの要求は広範なものがあるから、さまざまに道具立てが案出されてさまざまな加工要求に対応することが試みてきている。

 なお、「定盤ラップ」という技法は、遊離砥粒ラップ/湿式の方式を基本としていることは言うまでもなく、この点に基づいていわゆる「ラップ盤」という機械化手段を駆使して自動化が図られている。
 ここでは、「ラップ盤」についての考察は果たされていない。

 最近に至って、この「定盤ラップ」の技法を駆使した現場での加工過程を動画としてアップされている例が散見できる。「超絶技巧」だとか「匠の技」という触れ込みが伴うのだが、動画として公開されるのは、その最終段階たる「上澄み部分」であるから、そこに至るまでの「中間プロセス」は明らかにされてはいない。あるいは、誰がどのような取り組みを行っても同じようなプロセスを辿るだろうから敢えて明示しなくても足りると判断されているのかも知れない。
 しかしながら、最終的な仕立て上がりの品質を決定するのは、その最終に至るまでの中間加工プロセスであることは疑いないものであろうから、その中間プロセスでの諸問題を十分に説明されるべきであるだろうと考える。そのことによって、定盤ラップが決して「超絶技巧」でもなければ「匠の技」であるはずもなく、作業担当者の「普通の」心身能力で完遂できる、「普通の」加工技能であると言うことを主張したい。


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●ラップ作業の準備(平面研削の結果を是正する)

 通常、ワークを平面研削盤で研削した場合、ワークに「反り」「捻れ」曲がり」を生じる。
 そうならないようにするための注意というのがなされないといけないのだが、どうしても回避できないものがある。また、平面研削がうまく出来上がったと見えても、一定の時間経過後に「反り」「捻れ」曲がり」がじわーっと現象してくるということも決して希有なことではない。従って、平面研削盤での仕立て上げで仕事は完了したというのではなくて、少なくとも、平面研削の研削痕を消除するという作業が必要で、厚みがどうとかの寸法関係はその後の話になる。

 左右動の平面研削の場合、ワーク表面が「中低の」状態で仕立て上がって、ワーク両端部がせり上がったようなことになるのは、この研削方法に随伴する「病理」である。一方、ロータリー研削ではそのような「病理」は現出しないとされる向きもあるのだが、機械研削ではワークに賦課される力が大きなために、さまざまな変位を生じるのだから、ロータリー研削なら大丈夫とは必ずしも言い切れない問題が残る。

 さて、平面研削をし終わったワークの、その平面の仕上がり具合は、「透き見」を当ててみるとかの簡便な方法で、あるべき平面から高くなっているところを判別する。その高いところを摺り下ろしていくことによって、全体の平坦度を実現していくように加工する。ワークを固定して、WA砥石で摺り下ろしていく。全体の平坦度を知るためには、平面度が一定の公差内で保証されている「測定定盤」をベースにして、「光明丹」とか「ブルー・ペースト」を用いて、その当たり具合を見る。

 局所的に高いところを摺り下ろしていく場合、定盤ラップでワーク表面全体を平面に仕立て上げようと考えるのではなく、砥石等によってその高いところだけを摺り下ろすように心掛け、ワーク表面全体がどうなっているかを定盤ラップで見ていくという繰り返しを行う。

 インデアン砥石をラップ定盤として、その上でワークを摺り合わせて、ワーク平面を平坦にするということはよくなされてきたことである。硬く成形された砥石であるから型崩れが少なく、良好な仕立て上げが得られる。また、油砥石なので摺り合わせる場合の表面潤滑がスムースで、ラップ油を使う場合のワーク周辺部の「ラップ垂れ」を回避できる。
 あるいは、石定盤をラップ定盤として、#180〜#1200程度のラップ砥粒とラップ油を用いて、ワーク表面をラップ仕立てする。このような粒度では、鋳物製ラップ定盤は有効なラップ効果を発揮し得ないので、加工段階に応じてラップ定盤を使い分けることが必要である。
 #600〜#800のラップ砥粒を用いての石定盤での定盤ラップを行うと、本当に「あっと言う間」にそれなりの平坦度でワーク表面が仕立て上がる。

 ラップ仕立てをしたかどうかの判別は、砥石仕立ての場合にはそのラップ痕がきっちり残置されるのだが、砥粒仕立ての場合、概ね#1500程度の粒度から、ラップ加工特有の「艶(つや)」を呈するから、ワークの仕立て上げ方法については視認によって可能である。

 また、#1500程度の砥粒加工での面粗度でオプチカルフラットが利用できるようになるから、それ以降の定盤ラップ加工での面の仕立て上げ程度はオプチカルフラットで検証していく。


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●鋳物製ラップ定盤での仕立て上げ

 「定盤ラップという作業は、定盤の平面度をワーク表面に移し込んでいく作業である」という言い方に疑問を呈する向きはなかったように思うのだが、「定盤ラップという作業は、定盤のラップ力を用いて、ワーク表面に平面度を作り込んでいく作業である」と言うのが精確なところであるだろう。

 どういうことを言っているかというと、ワーク表面が平面に仕立て上げられるためには、ラップ定盤の面はわずかな凸R面に仕立て上げられていないと、ワーク表面を平面に仕立て上げられないということである。
 この点は、ラップ定盤上でワークを動作させる作業者の動作というものが円運動であるからであって、その円運動が直動の動作に接近するにつれて、ラップの平面加工の精度が向上するという関係になっている。
 このような場合に、ワーク表面を全体として平面にしていくことで平面度を実現するという作業を考えると、それは非常に過酷な労働になってしまう。そうではなくて、ワーク表面の「高い所」を順次摺り下ろしていくことによって全体の平坦度を実現していくという作業を考えた方が、作業者の負担が軽減される。実際、「高い所」を順次摺り下ろしていくという作業になるわけだから、ラップ定盤それ自体が中高の凸R面に仕立て上げられていれば、ラップ効果は大きい。
 また、ラップ定盤を前以て凸R面に仕立て上げることによって、油膜抵抗やリンギングといった現象を回避できる。

 もし仮に、ラップ定盤がきちんとした平面に仕立て上げられており、ワーク表面がラップ定盤面に沿って仕立て上げられようとするならば、ワーク面と定盤面の間に介在するラップ油の油膜によって非常な「抵抗」が生じて(いわゆる、油膜によって「にしる」「粘着する」といった現象)作業に非常な困難を生じるし、場合によってはワーク表面と定盤面との間でリンギング現象を生じてラップ作業が阻害される。そのため、むしろ油膜層が大きくなるようにして潤滑性能を高めようとすると、ラップ砥粒の粒径よりも油膜層の厚さが大きくなってラップ効果が発揮されなくなる。従って、ラップ油それ自体が砥粒粒径の半分以下にまで薄い油膜になるような油種が選択されなければならない。

 さて、ラップ定盤として、なぜ鋳物製か?という基本から出発しよう。

 鋳物製ラップ定盤上には、アルカンサス砥石を使って、ラップ砥粒とラップ油を均一に擦り込む。
 その表面を紙や布で払拭し、ワークの加工面を押し当てて ラップする。そのラップ個所に、ラップ油とラップ砥粒が凝集してきていることが分かる。それを払拭して再度ラップを行うと、また凝集してくることが分かる。その量が存外に多いことに気付くのだが、このことは、ラップ定盤面上に凹凸が分布していて、ラップ油とラップ砥粒はそのラップ定盤面上の凹穴に入り込んでいて、ワークがラップ定盤面上を動作することによって、その運動面に凹穴に入り込んでいたラップ油とラップ砥粒とが「巻き上げられる」ということである。
 精確に言えば、ラップ油の流動性によって、ラップ砥粒がラップ定盤面上の凹穴に嵌り込み、あるいは巻き上げられて、ラップ砥粒がラップ効果を発揮する。また、ラップ定盤面上の凹穴にグリップされたラップ砥粒がワーク表面をラップする。このような複合プロセスでっじょうばんらっぷがなされていく。
 鋳物製ラップ定盤というものは、このような「凹穴の遍在」を固有しているから、ラップ定盤として適格なのである。この場合、「ネズミ鋳鋼」がラップ定盤の材質として最も相応しいと言われている。概ね、#2000〜#4000零度の粒度のWA砥粒での定盤ラップで有効である。

 鋳物製ラップ定盤以外では、金属製ラップ定盤の素材として有効なものは見当たらない。
 このことは、定盤面上に均一な凹凸を遍在させ得るようなことが、他の金属材料では出来ないことだからなのである。だが、ダイヤモンド砥粒を採用する場合、ダイヤモンド砥粒をラップ定盤面上に「刺さり込ませる」ことによってラップ能力を発揮させるということが期待される。しかしながら、刺さり込んだダイヤモンド砥粒というものは、その切り刃が存外に簡単に摩滅するものであり、また、刺さり込んだまま固定されるため、新しい砥粒と入れ替えるということができない。実際には、笹離婚がダイヤモンド砥粒によってラップ定盤表面に擬似的に凹凸が形成され、その凹部分でラップ砥粒が引っ掛かって、あるいはそこから離脱して新砥粒と入れ替わることによって、連続的にラップ加工が進行するというプロセスであるだろう。この場合、ラップ定盤の素材として、ダイヤモンド砥粒が刺さり込みやすいだけの柔らかさがあって、しかし、他方、ラップ定盤の平面度が維持されるだけの丈夫なものでなければならないということになって、機械ラップの世界では、亜鉛や銅といった素材で提供されているようである。

 ダイヤモンド砥粒を使っての定盤ラップでは、私の場合、燐青銅製の定盤を自作して利用する。銅では軟らか過ぎて、定盤として平面仕立てすることがかえって厄介なのである。
 ダイヤモンド砥粒で0.5μm〜3μm粒径が対応でき、定盤の作り込みによって0.1μm粒径にも対応できそうなのだが、定盤面全体での平坦度をそれだけのものとするのはかなり困難な作業である。

 以上のことを踏まえると、ラップ定盤としてラップ砥粒をグリップできるだけの表面凹凸があて、定盤の母材平面とワーク表面とが直接に接触するものではないことから、表面凹凸さえ確保できる素材であるならば、具体的な選択肢は鋳物に限られるわけではない。ラップ定盤として砥石を使うのは、その砥石自体の研磨力を活用するというわけではないのであって、定盤表面とワーク表面との間でのリンギングとか油膜の密着が解決されるという利点を生かしてのことである。



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●定盤ラップによる寸法仕立て

 定盤ラップを駆使すべき場合というのは、ワークの一面を平面に仕立てるという目的の場合が先ず指摘される。その場合、ラップ定盤を平面に仕立て上げるべき技法が既に獲得されている場合、わざわざ定盤面を仕立て上げるべき手順を踏むことなく、同じ技法で直接にワーク面を平面に仕立て上げれば、仕事とすれば完了することになる。
 従って、仕事の内容や目的によって、必ずしも定盤ラップの手順を踏まないといけないわけではない。
 総じて言えば、鋳物製定盤の一面を平面に仕立て上げる手数は、焼き入れたSK工具鋼のワークの一面を平面にラップすることよりも、断然、大きい。

 →鋳物製定盤の平面仕立てにはGCの砥石もしくは砥粒を使うのだが、砥粒を使う場合、先述したような砥粒ラップのメカニズムが働くため、実質的に、GC砥粒同士の「共摺り」になってしまうからである。

 ワークの「高さ」あるいは「厚み」を検定する場合、ワークの一面を基準面として、その基準に基づいて寸法検定する。
 この場合の基準面の平面度は、何らかの平面基準(例えば、オプチカル・フラット)で検証すれば足りる。
 もう一方の、加工すべきワーク面は、基準面から「どこをとっても同じ寸法値であること」によって、その平面度と平行度が(間接的に)検証される。この場合、ワークの基準面は「測定定盤」上に設定するのだが、その測定定盤が「中低の」凹R面であると精確な寸法値が検証されない。従って、測定定盤の基準面は完全な平面であるか、あるいは、ごく僅かに「中高の」凸R面でないといけない。
 測定定盤の材質は必ずしも鋳物製であるべきものではなくて、通例では、その耐摩耗性も考慮して、鋼製が広く活用されている。鋼製であれば、その平面の仕立て直しも比較的容易で確実である。

 寸法を追い求める定盤ラップを行う場合、ワークの加工面をラップ定盤面上に押しつける、その力の入れ具合で調製していく。慣れた作業者であれば、#600程度のWA砥石で機械加工痕(切削痕や研削痕)を消除し、その後にその砥石の研磨痕を粗から密に消除していくようにすれば、その加工面の平面度や平行度・面粗度をあまり乱さずに仕立て上げることができる。慣れていないと、加工面が「丸くなる」とか「倒れが生じる」といった乱雑なものとなる。これを定盤ラップで是正しようとすると大変な手間が掛かるようになりかねないので、ワークの大きさにもよるが、ハンドラップの技法で加工面の乱れを是正する。

 ここで指摘しておかないといけないことは、定盤ラップによれば、ワークの加工面に仕立て上がりはへー面に仕立て上がるということを上限として、幾分か凸Rに仕立て上がるということになるのだが、ハンドラップ技法では、ワークの加工面を「中低の」凹R面に仕立てるということが可能になる。あるいは。そのための唯一の方法であると言える。
 従って、どうしても定盤ラップではワークの加工面が丸く仕立て上がるという作業者の練度を向上させるためには、ハンドラップ技法で、一旦、中低の凹R状にしたワークの加工面に対して、その加工面の外周部を均等にラップされるように留意しながら、最終的に、中低の凹R面となっていたワーク加工面の中央部分が綺麗にラップされるように心掛けて、その平面度はどうかを検証するという「練習」をすると、その上達は早い。

 定盤ラップとハンドラップのそれぞれの技法は表裏の関係にあるから、ハンドラップ技法を修練すれば、自ずから定盤ラップ技法に習熟するし、その逆もまた「あり」なのである。

 定盤ラップの技法でいわゆる「鏡面ラップ」が可能か?という問題がある。
 ワークの材質とラップ定盤の物性が相関する問題であるから、それぞれの場合に応じて検証されるべき問題ではある。


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