日野城

 所 在 地   滋賀県蒲生郡日野町西大路  別 名   中野城
 遺 構   石垣、堀の一部  形 式   平城
 築 城 者   蒲生貞秀  築 城 年   天文2年(1533)
 歴  史  文亀、大永のころ、日野の地に蒲生氏の居城として砦が築かれる。
天文2年(1533)から3年をかけて、蒲生貞秀が、本格的に築城する。
永禄11年(1568)、織田信長が足利義昭を奉じて上洛するために近江に侵入した際、蒲生貞秀の子の賢秀は抵抗するが、一族の神戸友盛の説得で、信長に降る。そして子の氏郷を人質として信長に差し出す。
天正10年(1582)、本能寺の変に際して、蒲生氏郷は、明智光秀の誘いを断り、安土城にいる信長の妻子を日野城に匿う。
天正12年(1584)、豊臣秀吉の命により、蒲生氏郷は、伊勢松ケ島(松阪)に移封される。蒲生氏郷の移封後、田中吉政、長束正家が入るが、慶長8年(1603)に、廃城となる。
歴 代 城 主 蒲生氏、田中吉政、長束正家


城域内の凉京神社の石垣に往時を偲ぶしかない。

元和6年(1620)、市橋長政、2万石で日野に入り、このとき廃城後、畑地となっていた日野城の跡地を利用して、陣屋を構えた(二正寺藩)。
現在、城跡の大部分は、日野川ダムに水没している。

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