練習曲集 

 

 何とか手が届きそうなピアノ曲を「愛奏曲」として、いろいろ試行錯誤してみる。

 ただ楽譜を音にする程度で、鑑賞に堪えるものにできるとは 初めから期待もしていない。

プロゴルフを見る楽しみと、自分でゴルフをする楽しみの場合と似ている。

ゴルフに関しては独習ではなくアマチュアゴルフを良くわかったインストラクターに
習う事が如何に重要か は体得できて、きっとピアノも同じだろうなと実感する次第。

まず何をどのように行うかを知らないと、練習と言うことが意味を成さない。

その 要を分かったうえで練習を重ねていけば身につくことと、

絶えず練習していなければ維持できないことが見えてくる 。

 

自らやってみるとプロの技が如何に凄いものか、よりはっきりと認識できて、
それによってゴルフ観戦やコンサート鑑賞時の充実感がとても深まる。

   

ワルツ Op69−2 ロ短調 :F.ショパン、1829年作曲

 ちょっとシャンソン風で洒落た曲想がたまらなく魅力的。6つの八分音符を2つづつ3拍子で素直に弾くのが正統みたいだけれど、3つを一組風にして弾くと、ちょっとフランス風の得も言われぬ気分が漂う。コルトーはこの曲の技術的要は中間部のメロディーラインが三度で重なる部分だけと断じている。ここをレガートにするか、よりくっきりと弾くかは悩みどころ。マヌーキアンのヴァイオリン編曲では当然ながら低部の旋律もとてもメロディアスで、これを聴くと前者かなとも思う。ショパンのワルツは内省的なタイプと対外的なタイプの色彩がかなり明瞭で、これは内省的な方で十代の繊細な感傷があふれて表現技術の洗練が伴わない、ショパンとしては封印しておくべきものと考えたのも無理からぬ一曲。これを、ピアノの先生からは甘すぎて品が無いと言われる位ベタ甘で弾いていると、「ショパンって良いですねえ」と言う気持ちでいっぱいになる。

 ショパンのロ短調の曲は、スケルツォ第1番(1831)、練習曲25-10(中間部がちょっと似ている)(1832)、前奏曲第6番(1835)、マズルカ19番Op30-2(1837)(嬰ヘ短調という人もいる)、マズルカ25番Op33-4、(1838)(出だしの音が一緒!)、ピアノソナタ第3番(1844)等で、彼としては数少ない調性だけど凄い曲が揃っている。1829年頃のこの他の作品:ポロネーズOp71-3(ト短調)、葬送行進曲Op72b。1827年:マズルカOp68-2、ピアノトリオOp8、  

  

ワルツ Op64−2 嬰ハ短調 :F.ショパン、1846年作曲

 言わずもがなの、ショパンの最高位に属する名曲。その昔、コルトーで聴いたこの曲の香りが忘れられずトライするも、あのセピア色の憂鬱が まったく音にならない・・・。Op69-2のワルツでも感じられるのは、左手の伴奏形の上や下にあるメロディーラインがバッハのポリフォニーのようで、それをどこまで表に出すことをショパン自身が意図していたかに思い巡らせながら弾いてみるのも魅惑的なところ。 カツァリスはちょっとおもしろ過ぎだけど。ショパンの作品の中で、リズムの点からポロネーズやマズルカと違ってワルツやノクターンが一番とっつきやすいとされているようだけれど、ワルツにはやはりマズルカの表現を会得することがショパンでは必要なのかもしれない。

    

プレリュード Op28-20 ハ短調 :F.ショパン、1837年作曲

 ショパンのプレリュードは和音や旋律の瞬間芸的極致をもって抽象的抒情を切り取ったような作品の集大成になっている。この曲は葬送行進曲のスケッチとも言われているけれど、自分にはあたかも人生の起承転結の模様を象徴的に提示されたように感じる。後半の繰返しのフレーズが転、結として深く染み入ってくる。ベートーヴェンの葬送ソナタの和音の凄さにも似て、本当に味わい深い極上のソノリティの世界。この最後の和音を弾き終えると、正に一巻の終わりと言う無常観に支配されたりする。この曲は速度の選択と音量の選択でピアニストごとにかなり大きく異なっている。ラフマニノフの「鐘」のイメージで弾くのも一興だし、葬送ソナタのノリで弾くのも良し。

   

ソナタ第8番 Op13 ハ短調 「悲愴」  第三楽章:L.V.ベートーヴェン、1797/8年作曲

 ホロヴィッツの演奏が唯一無二だった時期を経て、あの大艦巨砲的爆演よりも、バックハウスのさりげない表現のほうにも惹かれる現在、この曲の難しさに難儀する毎日。

まともに弾ける日が来るのを夢見てはいるものの、なかなか形にもならない。この曲の第一楽章はブルックナーが若い頃に管弦楽に編曲していたとか。ぜひ聴いてみたい。この曲も左手の低音部を如何に軽やかに且つ正確に奏する事ができるかが要のようで、モーツアルトのように音符が少なく定型化されて納まっているわけではなく、この左手の伴奏部だかメロディラインだか位置の定まらないところを決め込むのがベートーヴェンのソナタの面白みのひとつなのだろう。

   

ソナタ第15番 Op28 ニ長調 「田園」 第2楽章 :L.V.ベートーヴェン、1801年作曲

 B.L.ゲルバーの演奏が印象的だった。なんとも淋しげなこの主題がとても気に入っている。彼のソナタの叙情楽章はモーツァルトのピアノ協奏曲と同じように、たまらなく魅惑的なメロディーに満ち溢れている。この第二楽章はベートーヴェン自身も非常に好んで、折に触れてよく弾いたと言われている。彼の中期ソナタは指が相当しっかりしていないとまろやかには弾けない。 

   

フーガの技法 BWV1080 第1番  ニ短調 :J.S.バッハ、1749-1750年未完成

 フーガの技法は、Swingle-Singersによるコントラプンクトゥス第9番のコーラスアレンジ曲が私の原点。華やかな跳躍下降旋律の交錯の元から湧き上がって来る主旋律の鮮烈さ。「フーガの技法」もブルックナーが若い頃、写譜を行って勉強したとか。オルガン、チェンバロと何通りもの楽器で演奏されたCDがあるけど、ソコロフのピアノ演奏を愛聴。グレングールドの演奏にも心を奪われる。冒頭の右手でメインテーマを奏する時、彼のように左手で指揮するようなしぐさを真似て楽しんだり・・・。

   

シンフォニア第9番 BWV795 ヘ短調 :J.S.バッハ、1723年作曲

「受難曲」と言うニックネームがついているとか。格調の高い、実に良い曲。ゆっくり弾いている演奏が多いけれど、さっぱりと弾く方が好み。3つの主題のうちのひとつのコケティッシュなところは、ゆっくり弾くと緩和されるみたいだが。

    

フランス組曲 第3番 BWV814 ロ短調 :J.S.バッハ、1722年作曲

 なんと言ってもアングレーズが楽しい。最後のジーグはまだ手付かず。メヌエットなんかも繰り返しの時には本当は装飾をいっぱい入れたいのだけれども、途端に難曲になってしまう。バッハ用の音色が出せないと音楽にならないとはわかっていても、各舞曲の各声部の味わいのある魅力に触れるだけで十分・・・、と練習する。 

    

幻想即興曲 嬰ハ短調 Op66 :F.ショパン、1834年作曲

 ショパンと言えば「子犬のワルツ」と、この曲がピアノを練習する少女達の憧れベスト2なんだそうな。ベートーヴェンの月光ソナタに触発されて創っただけで、本人としてはあまり価値を置いていなかったので、お蔵入りだったとか。1855年にフォンタナが遺作として出版した際に「幻想」の名が冠せられたと言う。

指の動きはともかく、内容はエチュードのような高みを要求されない分だけ気楽に練習できる。カツァリスはレッスンの中で「空を飛び空中を漂うような飛翔するイメージ」とショパンが書いていたと説明している。三部形式の最初のほうはAllegro agitatoで後のほうはPrestoとなっている。指定通りの速さで弾くのはプロに任せて、それなりの速さでトライ。柔らかく豊かな音色で暖かく優雅な世界を創っているペライアの演奏がとても素晴らしい。子犬のワルツもそうだけれど、大概の演奏が速さを強調し過ぎるF1ラリーのようなものとか、ヒステリックで矮小化が感じられることが多いこの曲では、彼の表現とか仲道郁代さんの演奏に共感を覚える。

    

パルティータ第6番 ホ短調 BWV830 トッカータ :J・S.バッハ、1723年作曲

 グレン・グールドのDVDを観て、愛奏曲に加えることを決定。今のところ個人的に癒し系ベストの音楽。フーガのメロディの語り口がなんとも言えない。第2番と双璧なのだけれど、こちらの方がより深いものを感じる。チェロ愛好家が無伴奏チェロ組曲の一曲を楽しむのと同じ雰囲気で弾きながら来し方なぞを思い巡らすことができる一曲。リズムだ音色だと極致を追求しようとすると、とても手が出せる曲ではないのだけれど。

    

シンフォニア第11番 ト短調 :J・S.バッハ、1723年作曲

 昔々に練習した時には淋しげな曲だな、と感じたくらいだったが今聴いてみるとその曲想の深さに改めて感動してしまう。9番に負けず劣らず、練習ピースとして貴重なバッハのひとつ。こうした味のある曲を探し出す楽しみはまた格別なものがある。平均律の宝庫にあるものは演奏技術が伴わず、このあたりのものが小さなチェンバロを購入した時の演奏曲にうってつけ。