* 幻想即興曲 *

 

     
   ショパンの24歳頃の作品でありながら出版されることは無かったと言う。彼自身がベートーヴェンの月光ソナタを聴いた感想風としたこの曲を世に出すのを好まなかったと言う説に首肯しないでもない。シューベルトの即興曲の線上にあるような、構造はシンプルでありながらショパンならではの魅惑的な旋律線で彩られている。漣のような伴奏を従えたオクターブの強打で開始され、細かい装飾風の問い掛けるような旋律線が乗ってくるオープニングスタイルは非常に個性的で魅力的。  
   センスも無く基礎も無く指も硬く短いながらもなんとか弾き通して見たいとの思いから、まず左手の音形と右手の指使いを覚えることに専念する。異なる左右のリズムの合わせ方は頭だけを意識して両者のメロディを複合するいわゆる「適当法」で済ますことにする。あれこれと試行錯誤している時にMegumi先生(野谷恵先生)から以下のようなアドヴァイスを頂戴出来た。ピアノに限らず、ゴルフのレッスンでも、実地に見てもらうことが必須であることは実感済みで、文字で書かれた情報は体で覚えることが出来ないことは重々承知だけれども、これまでのピアノの先生とはまったく違って、とても示唆に富んだ内容なので御了承を得て掲載してみた。  
 

 

【ピアニスト&「ピアノの先生」の先生であるMegumi先生からの贈り物】

 

 ネットの上だけのやりとりだけで、実音を聴いて頂く事は無く、

実際のレッスンとは異なるものの指導内容の「ごく一部をこうした形で紹介することも
導入として意味があるかもしれません。」
と公開を許諾して頂けた。

「実際に弾いているところを見るとそれぞれ千差万別な問題点があり、

改善方法も千差万別で、音楽表現も同様です。
一人一人の演奏を聴き、実地に見た上で、
何が良くなくて、どうすれば良くなるかを瞬時に判断し、
適切なアドヴァイスをして、見違えるほど素敵にする・・・と言うのが
実際のレッスンの価値です。

「どれくらい」とか、「どういうふうに」といった微妙な事柄は

文章では伝えきれないし、情報量もあまり多くを伝えられないので

Web上の記載は『実際のレッスンとは異なるもの』です。」
(Megumi先生)

とは言え、一般に通用する啓示に富んだコメントの数々・・・、と言うか

真摯な指導者の言葉と言うところに万鈞の重みを感じてしまう。


 【Megumi先生の基本的アドヴァイス】

 長い指ほど、奥(鍵盤の向こう側)を弾くようにして、手の甲が奥と手前をグラグラ行きつ戻りつしないよう気をつける。手の甲をなるべく、ベルトコンベアに乗ってるかのように素直に左右に動かし、ぐらつかせないのが有効。
また、ソラソファソドミ│レドレドシドミソ、と言う感じに分かれないように、ソラソファソドミの後、レドレドがかすかに前のめりに勢い良く出る感じに弾こうと思うと先へ行きやすくなります。右腕に体重が乗らないよう気をつけ、親指側が下がって肘の関節がひっくり返る(がま弾き)にならないようにして、ほんの少し腕を浮かせ、からだはややピアノから離れるようにすると腹筋背筋が使いやすく、つまりからだが支えやすくなります。腕の角度も90°よりはずっと開く感じにすると横の移動は楽になります。

 レドレドが遅れないようにする方法は複数あります。ソラソファソドミにかすかにクレッシェンドを感じて、その後のレに、ちょっとアクセントを付けて弾くか、逆に、ソラソファソドミを感情込めて粘り気味に、つまり、ちょっと時間をかけて弾いて、その後のレドレドをそれまでより軽く早く弾くか・・・。
いずれにしろ、レドレドをかすかに速く、タイミングも早く、前のめりに弾こうとしながらゆっくり練習してみて下さい。それを数回やってからぱっと普通に弾くとさらっと弾けます。

 左のバスだけを抜き出して何度か弾いて、バスの旋律をよく頭に刻み込んでから、左手の音全部を弾きます。この時、バスの音だけは、ある程度スピードの速いタッチで深くシッカリ打ち、それ以外の5つの音はタッチスピードのゆっくり目の柔らかい音で、深くきつく打たないように気をつけたうえで、5つの音色を揃えようとして見て下さい。それが出来てから右手のメロディーと合わせます。(こうしたことを、もっと細かく毎週やっていると、バイエル段階でショパンを弾くことも出来ます。)

 力や重さのかけ方のバランスを考えると、とても楽になります。バスで言うと、ドミ・ドミ・レファソソで、ひとまとまりですが、こういう形を私は「ショート・ショート・ロング」と言っています。短いモチーフが2度、同じ音型またはリズムを繰り返された後に、長いフレーズが続き、3つでワンセットです。
こういう形の場合、短いモチーフの部分は長い所を目指して進もうと思って弾き、長い部分は「これがやりたかった」と思って丁寧に弾くと形が整います。そして長い音型のなかでも重さや力のかかり方のバランスをどうするかで、気の済む演奏と気の済まない演奏に分かれます。ドミ2回は次を目指して弾き、レからファで盛り上がり(強いだけでなく時間的にも少し粘り)、ソソでちょっとまとめるため、ソソはレファよりダウンします。次のドミ・ドミ・レレソソの方は、(テンポの速い曲は山が前に来がちで)前のドミ・ドミ・レファソソより、ややダウンしながらも、次のララシミのフォルテのところへ向かっていきます。
 そうした「力関係」を考えて、強弱や時間的な揺れを使うと、中間部も歌いやすくなります。実は強弱より時間の変化の方が有効です。基本的には1小節の前半の方が重いのですが、各小節が同じではもちろんないです。伴奏を意識すると時間を操作し易くなります。右でいうとラーシラレミの小節は前半の左の、特に最初の3つくらいをていねいに時間をかけて弾き、ファーラーの小節はもちろん、伴奏の中にメロディーと重なって強調される音があるし、メロディーもラーの方が盛り上がるので、この小節は後半の左の、特に最後の3つを粘ると「山」が決まります。その次の小節の各拍にアクセントがあるのをぐいぐい進む感じで行って、4拍目の付点のファーレのファーでちょっとだけ粘って、次の小節のラーで少しまとめるつもりで弾き、でも終わらずにアクセント付きのシーが飛び出してくる。この飛び出してきたシーは目立つ方が似合うから、前のラーより粘る。このシーは2小節に渡って伸びていますが、小節線を越してからの方が粘るのが似合います。1拍目を含むから。

 
 
 
   「この曲も含めピアノを弾くということのほんのさわりのコメント」との弁であるけれども、曲の暗譜が出来て、より正確な打鍵と音楽らしくする過程でこれらのアドヴァイスがとても参考になった。初心者が練習すると音符の数だけミスや間違いがあることを実感するわけで、こうした音楽的表現につながる技術的説明はレッスンと言うものの奥深さをひしひしと感じることができる。

 実際、このアドヴァイスを頂く前と後を比べてみると、まず左手の伴奏形の5の指をキーとした表情のつけ方と他の指の表現と右手の旋律線の素直な弾き方を立体的に(物理的にも音響的にも)広げることが出来るようになった。また、これは今回の大きな収穫の一つなのだけれど、CDなどで聴いている音楽の流れの作り方の具体的な指の運びの手順書として、上記の記述が実に的確に身につく練習の助けになったこと。そして、こうした点に意識を向けて練習すると、当然最初は早く弾くことは出来なかったものが、回数を重ねているうちに表情を犠牲にする事無く速度を上げて行けるようになった事。理由として上記のアドヴァイスどおりに運指を心がけると自然に脱力につながる結果になった事も大きく関わっていると思う。そしてこのことが他の曲の練習すべてに共通して応用できる事も予想外の効果となった。

 

 
 

 
  【CD】 演奏者          時間  CDレーベル

    仲道郁代          05:15 BMG       BVCC-1091

    マレイ・ペライア      05:09 D.Grammophon  453 221-1 

    サムソン・フランソア    04:17 EMI         0777 7 62569 24

    ヴィルヘルム・バックハウス   04:02           PL229

    ジョルジュ・シフラ      04:56 EMI       7243 585168 21

    エヴァ・ポブウォッカ     05:14          VICC-60308

    クラウディオ・アラウ     05:44 Philips      468 391-2

  

 
   この曲は、現在ではアマチュアのスピードコンペ曲として定着してしまって、プロもそうした聴衆を前提に演奏することが多いように思う。この曲を音楽として表現している演奏の代表は、ホルショフスキー氏のルツェルン・リサイタルの演奏等だろうか。彼がこの曲を歴史語りとして弾いていたとしても、ショパンはむしろ喜んでいるのではなかろうか。ピアノ演奏は、内容が乏しければ速度と音量でごまかすのかどうか知らないけれど、語るべきものを最重要視すると曲の演奏時間はそれに必要なだけかかるものと、ピアニストの誰かが言っていた。確かにこの曲はバラードやスケルツォに比較して内容が浅くて、全体をゆっくり弾き深めるところは乏しいのかもしれない。だからといってスピードレース場にしておくのはあまりにもったいない。