04'03/10    平成の隠居

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真空管式自動車用ラジオ 復活物語 (T)
トヨエース用ラジオ SK10

プロローグ トヨエース用ラジオ 復活の実作業 シーラカンスの本領発揮 電源回路部の修復

プロローグ
展示の様子

 元勤務していた会社から連絡が入りました。滅多に無い事なので何事かと一瞬思ったのですが、詳しくは直接話をしたいという事で仲介の労をとってもらう 知人の会社で会うことにしました。
 話によると、最重要顧客の自動車メーカーに製品納入開始から50周年になるので、当時の製品を復活し展示したい。 やれる人がいないのでその復活作業を引き受けて欲しいとの要請でした。 ハテマル日記にも書いたように、シーラカンスを探した結果、明石の隠居にたどりついたらしいのです。確かに、当時を知る人は少なくなり、まして実務で復活する技術を持つ人間は殆ど居なくなりました。明石の隠居は 昭和37年の入社でラジオ技術部門に配属されたのですが、当時の部長・課長はじめその他の電気系の先輩は皆亡くなっています。まさにシーラカンス的存在にいつの間にかなっていたのです。

3日間元気だった!
 復活すべき製品は、昭和20年代後半に開発された乗用車用の5ボタンラジオとその2年ほど後に製品化されたマニュアル同調のトラック用のラジオでした。 明石の隠居が中学生か高校に入った頃に製品化された代物で、会社に在籍した時は展示室に歴史的遺物として飾られていたものなのです。
 少しばかり気になる事があったので、すぐさま中身をチェックしました。その結果、心配した事実はなさそうなので要請を受ける事にしました。

 心配の中身は使われている部品・・真空管・・の事でした。自動車用ラジオは全真空管からハイブリッド式を経てオールトランジスタへと発達してきました。 ハイブリッド式とは高周波部に真空管を、低周波部(オーディオ部)をトランジスタで構成したものです。心配の種は、その真空管にプレート電圧12Vと言う低圧で動作する特殊なものが使われていなかと言うことでした。 その存在すら知っている人が極めて少ない代物で、諸悪の根源の電源部が簡単になることから当時の真空管部門に特別開発して貰った真空管があったのです。 もし、それが使われており交換を必要としたらお手上げです。FETでも使って代用を考えなければなら無い破目になれば大騒動です。それが回避できたので要請に応じたのでした。また、幸いな事にセット内部には結線図が貼り付けられていました。昔とった杵柄とはいえ、結線図があると無いとでは雲泥の差が出ます。これも要請を受ける要因の一つとなりました。

トヨエース用ラジオ SK10 の復活  Topに戻る

SK10 外観

 復活の本命はクラウン用ラジオなのですが、外観の化粧直しを優先させる関係からこれを後回しとしトヨエース用の SK10を先行させる事になりました。セットには、「昭和32年納入」とメモ書されていますから47年前の製品です。外観・内部・裏面・結線図等を写真で示しておきます。
 真空管時代の製品にはプリント基板は使用されておらず、真空管のソケット・ラグ板等を使って空中配線するのが一般的でした。 家庭用とは異なり空いたスペースが殆ど無いくらいに部品が実装され、振動への配慮か大きな部品は筐体にしっかり固定されているのがいかにも自動車用らしい。 電源系からの雑音に対する配慮も払われていますが現在から見ると いかにも荒っぽい感じがします。(セット底面の拡大写真が見られます。ポインターで選択してください)

SK−10の内部
受信部拡大写真 電源部拡大写真    CAD図が表示されます
 セットの底面・カバーを外した状態 セットの上面  貼り付けられていた結線図

 SK10は自動車用とはいえ回路的には家庭用との大きな差が見られません。自動車用ラジオは電波の波長に比べ短いアンテナが使われる事と、同調のとりやすさから可変インダクタンスを同調回路に使うのが常識でした。しかし、SK10では何故かバリコンが使われています。また、受信感度を上げるために高周波段の増幅回路が設けられているのも特徴と言えますが電源回路とヒーター回路には大きな差が見られました。
 復活のポイントは電源回路部です。使われている真空管は電池用に製品化された極く一般的な1T4(高周波増幅)・1R5 (周波数変換)・1T4(中間周波増幅)・1U5(検波・低周波増幅)と6AK6が電力増幅に使われています。 6AK6はヒーター電流が少ないのが特徴で懐かしの6ZP1とほぼ同じ規格の小型出力管です。消費電力のミニマム化を強く意識しているのが全体に見受けられ、今も昔も同じ課題を抱えていたのが良く判ります。現役時代を懐かしく思い出しながら回路図を眺め作戦を練る隠居でした。

 真空管の動作には自動車のバッテリー電圧の10倍以上の電圧が必要です。この電圧を得るのが家庭用に比べるといささか厄介です。誰が考えたのか 「機械接点式DC/DCコンバーター」(注:この名称は明石の隠居が勝手に付けたもので一般的ではありません)を使って昇圧し必要な電圧を得ているのです。これはバイブレーターと呼ばれるスイッチング用部品と昇圧トランスから構成されています。 電源部の結線図を示しておきますので動作原理を考えてみてください。

 バイブレーターはブザーと同じ原理で動きますが接点の寿命が短く機械的な振動音・電気的雑音の発生が顕著である欠陥を持っていました。 そして復活するにはこのバイブレーターの入手が必要でした。しかし、メーカーの存在を確かめる事も出来ず新規に作るのも至難の業です。ケースがはずされたバイブレーターが附属されていたのでこれの復活を第一とし、駄目の場合には動作原理を尊重し、手に入る部品を組み合わせた代替回路を作りまかなう事にしました。次に取り組む予定のクラウン用ラジオは電源部が保存されておらず新設の必要があります。詳細はクラウン用の復活で詳述予定です。

 ここまでが復活の準備段階と言えるでしょう。後は47年近く眠っていたラジオの目を覚まさせる事です。そして自分自身にとっても四十数年ぶりに触る真空管式ラジオです。学生時代には20数台のラジオを製作し、1台で数千円の小遣いを稼がせてもらったり、30軒あった集落の殆どの家のラジオを修理し、真空管の交換という単純な作業で数百円の修理代金を稼いだラジオ少年だったのですが、いつしか職業としてラジオを触る事になり、真空管とは全く縁の無い半導体を使った世界で過ごしてきたのです。なにかしら久しぶりに懐かしさとファイトを感じる隠居でした。

復活の実作業  Topに戻る

 真空管式ラジオは感電には気をつける必要があるものの(感電のショックでセットを放り出し、破損し兼ねない) 信号系が分離しやすいためチェックは比較容易に行えます。勿論、通電する前にテスターでチェックできる箇所があればやっておくのは当然です。

点灯したヒーター

 スタートはヒーターのチェックから始めました。テスターで導道を確認し、異常を感じなかったので電圧を加え電流値の測定です。 規格から計算した値とほぼ同じ結果である事から先ずは一安心です。電池管(1T4等)はフィラメントが殆ど光りませんが、6AK6はほんのりと懐かしいヒーターの色が輝いています。色具合からみてエアリークは起こしていないようです。(注:エアリークが起きているとヒーターが高温になり切らず、電流も多く流れ真空管が非常に熱くなります)まずは第一関門が無事に突破出来ました。

 これからが動作チェックの本番です。出力段から行いますがその前に真空管は全部抜いておきます。テスターにて出力トランスの一次側の導通チェックです。”カリカリ”とスピーカーから音が出ました。スピーカーはどうやら健在のようです。勿論、出力トランスも生きている証拠です。次に可変できるDC電源にて電流をチェックしながら低圧から印加します。電解コンデンサーは40数年間お眠りになっていました。 電解液が内部にしっかり残っているのでしょうか。心配しながら50Vを印加、電流が流れます。そして徐々に減少し安定したら更に電圧を上げて行きます。 最後は200Vまで電圧を上げ、流れる電流(リーク電流)を測定すると150µA前後でした。 どうやら電解コンデンサーも目が覚めたようです。但し、容量が規定どおりに残っているかはこの段階ではわかりません。しかし、少なくとも爆発する事はなさそうなので次に進みました。

 出力管の6AK6をソケットに挿入し、電圧印加します。設計値が不明ですが、常識的な値として真空管の規格値より低い150Vを設定しました。 グリッドに触って音が出れば占めたものです。出ました!スピーカーは6"×4"と小型なので低音は出ませんがハム音の高調波成分がしっかりと再生されています。第2関門の突破です。

 ヤンガーステージに使われている電池管4本はヒーターがシリース接続されています。そのため分割テストは出来ませんから全部の真空管を挿入して次の動作チェックに移りました。1U5は検波と低周波増幅をする複合管です。低周波増幅が正常に行われていれば検波もまず大丈夫です。ボリュームに触ってみました。出る出る 見事にハムと雑音が出ています。会社であれば種々測定器を使ってチェックするのですが自宅ではそうは行きません。体が信号源として使えるのは素晴らしいでは有りませんか!。真空管で構成する回路はインピーダンスが高いためちょっとした工夫で簡単に信号源として利用できるのです。それだけ雑音に対して敏感ともいえるのですが。

シーラカンスの本領発揮  Topに戻る

 いよいよ高周波ステージのチェックに入ります。どう攻めたらよいか思案のしどころですが、難しく考えずにアンテナジャックに線をくっつけバリコンを動かしてみました。ウントモスントモ言ってくれません。これまでが順調すぎたのでしょうかやっと本領発揮の場面となって来ました。
 本領とはシーラカンスらしさの発揮です。原始的な形態を残しながら生きているからこそ生きた化石と呼ばれるのです。テスター一つが頼りの修復作業、まさに原始的な形態では有りませんか。あるのは知恵と意気込みと何でも利用してみるチャレンジ精神だけです。シグナルジェネレーター・ オッシロ・マルチメーター等々の計測器があればと無いものねだりするのはシーラカンスの姿勢では有りません。無けりゃ代替手段は・原理原則から攻める・ 測定回路を作るetcが本来のシーラカンスなのです。

 電池式のポータブルラジオは大抵の家にある事でしょう。我が家にも電池切れで捨てる寸前のラジオが何台かあります。そのうちの1台を今回活躍させました。ケースを外し、IF段から信号を取り出します。それをセットに印加すると、立派に鳴るでは有りませんか!。IF・検波は正常のようです。 しからば局発停止ではと疑ってみます。バリコンを左一杯に回しポータブルラジオで1000Khz前後を受信します。NHK第2、朝日放送等は受かるのに局初のリーク電波は受信できません。やっぱり発信停止しているようでした。

 局部発信回路は単純ですから部品チェックもそれ程難しくは有りません。発信コイル・・テスターのチェックでは異常なし。そのほかの部品もさして疑わしい点の発見出来ず。しからば残るのは・・・電子業界の永久の悩み・・・異物混入の疑いです。

ケースを被ったVC


 異物に弱い部品・・・バリコン・・・丁寧にもプラスチックケースで全体が覆われています。ここにも自動車用を意識した設計思想が伺えました。しかし、ケースにはトリマー調整用の穴が開いています。バリコンの中央が局発に使われているものです。ひょっとしてここから異物が入って悪さしてない?何て疑いながらカバーを外し 局発コイルの配線もはずしテスターでチェック。出たー! 導通が無いはずのバリコンが抵抗値を示す。やっぱり異物が悪さしていたのでした。トリマー周辺を清掃し、再度チェック、無限大を示してどうやら導電性の異物は除去されたらしい。配線を元に戻し灯を入れる。受かった! 40数年間眠っていたラジオが鳴り出した瞬間です。しかし、思ったほどの感動・感激を覚えませんでした。多分、過去に似たような経験を何度もしていますから、この程度の作業では心を動かすエネルギーとしては不足だったのでしょう。

電源回路部の修復 Topに戻る

バイブレーターの構造
 残るのは電源回路部です。問題のバイブレーターはケースが外されていました。話は何度も今は亡き先輩から聞いた事があるのですが、内部を目にするのは初めてです。恐らく、内部の写真公開はこれが日本で最初ではないかと思います。と自負した関係上、写真をクリックすると拡大して見られようにしておきました。機械式とは言え、40年以上も前に実用されていたDC/DCコンバーターの草分け部品です。復活出来るものならそれに越した事は無いと思いながら部品単品のチェックを開始しです。

 動作原理はブザーと同じですが、目的は昇圧トランスの1次側・2次側を同期を取りながら切り替えるスイッチとして作動することです。 錘のついた可動片接点が両サイドに設けられた固定接点間を往復してスイッチングします。面白いのは非動作状態では可動接点はどちらの固定接点とも接触してい無い事です。単品で動作させるには図のように結線し励磁コイルに電圧を印加すると振動が始まります。振動周波数は錘の質量で決定される構造です。
 
単品を動作させる接続

この部品も長い間昼寝していた物です。励磁コイルをチェックすると120Ωを示し健在です。電圧を加えると可動接点が一方の固定接点へと移動します。接点の夫々を研磨し図に示した回路で電圧印加すると振動が始まりました。周波数は約100Hzでした。これでバイブレーター単品は健在と判断しました。長い間、動作しないと諦めていた節があるのですが原因は接点が酸化していただけの事ではないかと思います。

 昇圧トランスはセットに取り付けられており、バイブレーターはソケットで装着・接続されるようになっています。 トランス単品のチェックを部品の接続されたまま行いましたが、異常は発見出来ません。そこで受信回路と電源部を完全に切り離し、恐る恐る電源部の単独試験に入りました。バイブレーターを装着し12VのDC電源を接続、ビーンとブザー音に似た連続音発生。電圧200Vが出力側で観測出来ました。電源部も健在だったのです。

 全ての配線を元に戻しいよいよ総合動作試験です。電源スイッチを入れるとバイブレーターの振動音が聞こえ出しました。かなりの時間が経過しラジオが鳴り出しました。 一瞬故障かと思ってしまいましたがヒーターが熱くなるのに時間がかかるためでした。TVでも余熱を切っておくと画像の出は遅れます。しかし音は直ぐに出るものです。昔は当たり前であったタイムラグが現実に音の世界で生じると故障?と疑ってしまうのは隠居も焼が回ったのか!。 ちなみに、負荷のかかった状態での電源電圧は150Vでした。常識は今でも通用するといささか自慢げな隠居さんでした。

 かくしてトヨエース用ラジオは40数年の眠りから覚めたのであります。しかも全く当時と同じ姿での復活です。修復を手がけた隠居はもう少してこずる事を予測していたのですが、いともあっさりと復活したためか、受ける感動は浅いものになってしまいました。 そして、「次のテーマよ もっと感動の材料を与えておくれ!」と願っているのでした。                (2004/11/18)

(追記:当初サブタイトルを「日本最初の自動車用ラジオ」としていたが林 光二氏の研究成果からみると(http://radiomann.hp.infoseek.co.jp/AJR.html)ふさわしくない表現なので「真空管式自動車用ラジオ」と修正した。2004/11/23)(展示の写真を本文中に追加 。2004/12/13)

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