大浜公園
明治12年、海浜公園として誕生した大浜公園は、海浜レジャー地でしたが、海岸が工業地として埋めたてらえ、その面影をなくしました。現在は、野球場、プール、体育館、市民広場、防災広場、そして相撲場の整備が行われ気軽に利用できるレクリェーション・スペースになっています。
特に、サル島は人気の的で近くにはありし日の堺港を偲ばせる洋式木製燈台もあり、スポーツのみならず散策にも好適な公園です。 |
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浜寺公園
大阪府の南西、堺市と高石市にまたがる広域公園で年間100万人を超える来園者があります。また、浜寺公園一帯は、万葉の時代より「おおともの高師の浜の松が根を、まくらきぬれど家ししのばゆ」と詠まれるなど、文字通り白砂青松の美しさを現在にまで伝えております。
浜寺公園は、明治6年12月に正式に開園されました。そのきっかけは、この地を訪れた大久保利通が、士族授産による松の伐採を見るに忍びず、歌を詠んで伐採を止めさせたことに端を発しています。
その後、南海電車の開通とともに、来園者も増え、併せて海水浴場、遊戯場等の公園施設の拡充に努めて参りましたが、昭和に入って戦火のため府民の立入り禁止という時代を迎えましたが、戦後、大阪府が整備を行い、大プール群、交通遊園、サイクリングロード等を備えた都市公園として、再び、四季を通じて府民に親しまれております。 |
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土居川公園
黄金の日々といわれた中世の頃、この自由都市は周囲に環濠めぐらせ、土居を築き、外からの侵入に備えていました。この環濠土居跡に沿って続く4haの公園が土居川公園です。本公園の名物は直径6mの花時計、極楽橋などで風情のある見どころが多く、近くには歴史を偲ばせる名所・旧跡が点在しており、史跡探訪を兼ねた散策が楽しめます。土居川公園は、道路環境設備帯(緩衝緑地)としての機能をあわせもつ緑地として整備を進めています。
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戎公園(ザビエル公園)
その昔、フランシスコ=ザビエルが、近畿で布教活動を始めた地と言われてる豪商比屋了慶の屋敷跡につくられ、堺の歴史の名所として訪ねる人の多い公園です。1.5haの緑深い敷地に、ザビエルとともに伝わった西洋文明を吸収しながら花開いた堺文化の足跡を偲ばせる見どころがいくつもあります。中でも、昭和24年に建てられたザビエル渡来400年の記念碑は特に有名です。また、昭和45年大阪万国博覧会にポルトガルが出展したジョルジ・ウィエイラの彫刻の「東と西の接点」や堺出身の詩人、安西冬衛の代表作「春」の詩碑などもあり、歴史と文化の香りに満ちた公園です。 |
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