エレキギターの「鳴り」って何?


新型コロナウィルス感染拡大予防対策で自主休業していた間に「ご質問箱」と云うページを設置して皆様から頂いたご質問のお答えさせて頂いておりましたが、これを項目別に整理してコラム記事にさせて頂きました

Q:
ネックの角度調整のシムについての質問です。
弦高調整の為にフェンダーUSA製のギターにシムが入っている事があります。
「鳴り」が悪くなるからつけない方が良いとも聞きますがどうなんでしょうか?
そもそもギターの「鳴り」とはなんなのでしょうか? 
シムのメリットはわかりますが、デメリットはなんなのでしょうか?
A:鳴り…何なんでしょうね(苦笑
ピックアップの付いていないアンプを通さない純粋なアコギであればボディの響き・音量となるのでしょうが、これがエレキとなるとどうもよく分からないんです
たぶん大多数の人はエレキギターにおいてもアコギ的なボディの振動・響き・響きの音量の事を言っているんでしょうが、中にはネックの振動もそれに含めている人も居ますし、弦が「シャーン」と鳴る音が大きいのを「鳴りが良い」と云う人も居て、正直「鳴り」が何を指しているのか良く分からないんです
実際に対面してギターを弾いてもらい、そのギターに対して鳴りが良いとか鳴りが悪いとか言ってもらえば「あ〜ボディの響きが気に入っているんだな」とか「これは弦の振動の仕方が悪いんだな」とか分かりますが、対面せずに文章だけになるとそう云った判断が出来ないのです
先ほど大多数の方はエレキにおいてもアコギ的なボディの響きを「鳴り」と呼ぶと思うと書きましたが、当店に「鳴りが悪い」と修理に持って来られる方のギターをチェックさせて頂くとサドルやフレットの状態が悪いと云う事が少なくありません
ずいぶん前に書いたコラム記事「サドルのアタリ」という記事の様な例です
(そのメカニズムは「サドルのかたち」と云う記事にしてあります)
この場合、ボディの響きでは無く弦の振動が悪かったのを「鳴り」が悪いと言って修理ご依頼頂いた訳で、仮にこの時このギターのジョイントにシムが入って居たとして「鳴りが悪いのはシムが入って居るからだ」とシムを抜いてボディのジョイントポケットを角度付けて削って仕込み角を修正して…なんて手の込んだ修理をしたところでサドルの問題がそのままでは問題解決には成らないんです
この様に「鳴り」という文字だけだったり、対面していても楽器無しで言葉だけだったりではその方の言う「鳴り」が何か分からないんです

シムについてですが、まずなぜジョイント部分にシムを挟む必要が出るか?からご説明します
ボルトオンネックジョイントのギターやベースを製造する時、ボディ側ジョイントポケットの深さ、ネック側ジョイント部分の厚みには一応規格が設けられます
その数値はメーカーが基準とする弦高にセッティングした時にそこから多少弦高を上下させる事が出来ると云う数値で規格が設定されますが、例えばネックのジョイント部分の厚みが加工誤差で規格よりも薄くなってしまった場合は弦高が高くなってしまいますが、サドルを下げ切ってもまだ弦高が高くなってしまうような場合にジョイントポケットのブリッジ側にシムを挟めば、ネック仕込み角がプラス側に付いて弦高が下がり、メーカー基準弦高にする事が出来るようになります
こう云った場合にジョイントポケットにシムが挟まれるのですが、私が以前所属していたギター工房や当店のオリジナルブランドで製作していたギターやベースではシムを入れた状態で出荷した事は一度もありません
なぜシムを入れなかったのか?PGMの時はそれは社長である乳井さんの意向と言えますし、ハイエンドギターズのミュージックマンEXシリーズの時やO2Factoryオリジナルブランドの時は私の単なる意地です。「職人の意地」って言うんでしょうかね
上に書いた様にシムを入れないといけない状況になると云う事は即ち規格に沿った作業が出来なかったと云う事になる訳です
音がどうのと云うよりは「製品の高精度の主張」と云う意味の方が大きく、要するに技術を持った職人が作ったと云う事を証明する為にシムを入れたくなかったんです
実際、ハイエンドギターズでAXIS EXを製作していた時(正確には後期の検品のみの時期)はシムを入れたくなる事はありました、と云うのはAXISはサドルで弦高調整出来ないフロイドローズタイプをボディにベタ付けにしているので弦高調整の調整代が12フレット上で±0.5ミリくらいしか無いんです
でも意地があったので規定弦高に合わせる為に鑿(ノミ)を駆使してジョイントポケットを削って仕込み角調整していました
この辺りの事情は後日コラム記事にしたいと思っております

で、ジョイントにシムを挟むデメリットですが「鳴りが悪くなる」と云う説がありましたが、まぁそう云う事もあるかも知れませんが要は結果論だと思います
例えば、70年代のフェンダーなんかはジョイント幅はネックと合っていなくてガバガバでジョイントポケットの底面は塗装が乗っかって凸凹でジョイントポケット底面とネックの底面は接触している所よりも接触していない部分の方が大きいんじゃないか?と思う様な個体が多いですし、ましてこの年代のマイクロティルトで仕込み角調整したらそれこそほとんど接触部分が無くなってしまう訳ですが、当時こう云ったギターでレコーディングされてヒットした曲も多いと思います。私は70年代洋楽が大好きで、70年代こそ洋楽の黄金期だと思っていますが、そんな私がいまだに毎日の様に聴き続けて、いまだに毎回「あ〜良いなぁ〜」などと思って居るそんな曲の中にも70年代の雑な作りのギターでレコーディングされた曲が必ず入っているはずです
雑な作りのギターで奏でられた音を、もう40年以上ずっと飽きずにいつ聴いてもやっぱり良いなぁと思う人間が私以外にもいらっしゃると思います
そんな方のお持ちのギターにシムが入って居て、これでは「鳴り」が悪くなると思って外して代わりにジョイントポケットを削って仕込み角調整をしたら好みの音で無くなった。などと云う事もあるかも知れません
ジョイントにシムが入る事で「鳴りが悪くなる」と云う説が正しかったとしても結果的にそうだった方があの70年代の雑な作りのギターで奏でられたあの曲のギターリフ、あの曲のギターソロの懐かしくワクワクしてしまう様な音になる可能性だってあります
定説はどうであろうが結果として自分の好みであるか無いかなんです
シムが入って居る時と、入って居ない時、どちらの音が好きか、もしくは違いを感じないか。

何の世界でもそうだと思いますが、マニア同士の会話では「正義」を定義付けないと盛り上がらないと云う事があると思います
「これが正義だ!」と盛り上がっている所に「いやいやそれは個人の考え次第でしょ!?」なんてカットインしたら途端に非難轟々大炎上です
ましてネットなどでお互いの「良い」を理解しないまま、文字上でコミュニケーションを取るような環境では誰かが言った「良い」か、昔から言われている「良い」に乗っかるのが傷つかず楽しい事になるのでは無いでしょうか?
リアルな世界では自分の「良い」をそれぞれ個人でちゃんと見つけられれば良いなと思いますし、逆に見つけられなくてもそれはそれで良いと思います
何が良いか分からなくても良いじゃないですか?「ギターを弾いていて楽しい」ただそれだけって一番良いと思うんです
ギターの修理屋がこんな事言うのは変かも知れませんが、思う音が出なくて気になってギターを弾くたびにそれが気になって、なんかもうギターを弾くたびにストレスを感じる。なんて事よりもギターを弾き始めた時の、ギターの事は何も分からないけど、弾いてるギターは入門者向けの安物だけど、ギターを弾いてるだけで楽しい!って時の方が幸せだったと思うんです
実経験で無い知識をネットなんかで覚えてそれこそ人の言う「良い」に惑わされて何が何だか、何が正しいのか分からなくなってとりあえず人の「良い」に合わせれば幸せになると思って、でも何かモヤモヤして…。ならば何にも知らない方が幸せなんじゃないかなぁ…などとギターの修理屋をやっていて思ったりするのです。

余談ですが、最近(コロナが流行る前からですが)恐ろしいと思う言葉があります
それは「正義」です 滅茶苦茶恐ろしいワードです。ぞっとします。


上のご質問を下さった方が回答を読まれた上で追加のご質問です

Q:シムを使って後から調整するビジネス的なフェンダー usaの考え方と日本人楽器職人の美学を両方わかりました。
フェンダーカスタムショップのビルダーさんも職人的なのでしょうかね?

A:フェンダーカスタムショップのマスタービルダー機種で興味深い物見た事があります
マスタービルダーモデルはビルダーによって細かく仕様が違う様でジョイントの加工もそれぞれのポリシーが反映されているようで、私自身沢山のマスタービルダーモデルに触れた訳では無く、限られた数ではありますがネックを外す機会はありました
その限られた数の中での経験ではありますがそのほとんどはジョイントがキツキツでネックを外すのに非常に気を使いました。と云うのはジョイントのきついネックを外す時に迂闊な作業をするとジョイント部分縁(フチ)の塗装を欠けさせてしまう事があるからです。この様にジョイントがキツキツでネックを差し込んだらそのまま持ち上げても抜けない事を自慢しているマスタービルダーの記事を見たことがありますが、実はキツキツに仕上げる事は簡単な方なんです。本当に難しいのはネックがジョイントポケットにスッと入ってスッと抜ける様に加工する事で、最も精度良く仕上げる時の基準としては上記の様にスッと入ってスッと抜けるのにジョイントポケットの側面にコピー用紙(0.1ミリ厚)を当ててネックを差し込んだらネックを少し持ち上げたくらいでは外れなくなる。と云う様な状態です
つまりネックとジョイントポケット側面の隙間を0〜0.1ミリ内に仕上げる技術と云う事になります
PGMに居た時に社長の乳井さんから聞いた話ですが、昔に一緒に働いていた職人さんがジョイントをキツキツに仕上げて「微生物死んじゃうよ!(真空なくらい隙間が無いと云う事らしい)」と自慢していたらしいのですが、乳井さん曰く「微生物死んじゃダメなんだよ!」と(^_^;)
ほんの少しの隙間が無いとトラスロッド調整などネックを外す必要になった時にジョイント縁の塗装を欠かせてしまう危険が出るし、梅雨時などの多湿時期のネック膨張でボディのジョイントポケット側面に過度な圧力が掛かるとジョイント側面辺りの塗装にヒビが入るのでキツキツに仕上げてはダメと乳井さんは仰っているのです
また音に関して左右のジョイント側面の密着度は重要で無くて、重要なのは底面と側面でもトラスロッドがある方の側面の密着度だと仰っています

上の画像、青丸で囲った部分の密着度はさほど音には影響無くて、赤丸で囲った部分の密着度は音に影響すると乳井さんは仰っている訳です
(亀マークが重要と言っている訳では無いですよ!念の為)
なのでジョイントがきつくてネックが外れないのは意味が無くてむしろデメリットがあると云う事です
私も概ね同意見ですが、わたくし修理専門のリペアマンとしましてはこれの上のご質問の回答に書かせて頂いた通り、この部分の密着度で音が変わったとしても結果論で良し悪しでは無いと云うのが私の考えです
ここは製造と修理専門の違いで製造は送り出す製品に責任がありますので自分の所の製品に「方向性」が必要になります。その方向性に共感を感じた方がファンとなり購入層となりますが、お客様が持ち込まれた楽器を修理する修理屋としては楽器の方向性よりもお客様(プレイヤー)の意向が重要になります。ここでは私(修理屋)のコダワリとか大きなお世話でしかありません。だって持ち込まれた楽器は私が弾く楽器では無くてお客様が弾く楽器だからです。修理屋の好みなんてどうでも良い。
ですので私はお客様の楽器を評価したりする事は致しません。時々「このギター、リペアマンの目で見て良いギターですか?」と聞かれる事がありますが、ネックの状態など機能に関するところは客観的にお話しさせて頂きますが音に関する事は主観が入ってしまいますので評価する事はお断りしております

おっとまた話が主題から大きく逸れてしまいましたね(^_^;)
ここまでお読みの方も元々の主題をもうお忘れかと思いますが、フェンダーカスタムショップのあるマスタービルダーの製作したギターのジョイント部分に興味深い事があったと云う事を書こうと思っていたんでした
そのマスタービルダーの名前はもう忘れてしまいましたが、そのあるビルダー製作のギターのネックを外したらジョイントポケット底面(上の写真の亀の部分ですね)に塗装がこんもり乗ったままだったんです!
確か50万とか60万とかするギターですよ!
数は多くは無いけれど、今までネックを外したことがあるマスタービルダーモデルは上にも書いた様にネックがなかなか外れないくらいにきつくて、ジョイントポケットの内側の塗装は綺麗に削り取られてボディ材の生地見えていました
しかし件のジョイントポケット塗装こんもりのギターが作りが悪いとは単純に思えなかったんです
と云うのはこのギターのネックはトラ杢がびっしり入っているにも関わらずトラスロッドもしっかり利き代があり、トラスロッドを調整してやると見事なほど真っ直ぐになり、USAフェンダーではあまり見たことが無いほど機能的に良く出来たネックだったんです
フレットの仕上げも綺麗で、これだけ出来るビルダーがジョイントポケットの塗装を削るのを面倒臭がるか?と疑問が湧き立ちました
ここからは私の単なる推測になりますが、ひょっとするとこのビルダーは意図してジョイントポケットの塗装を残したのでは無いかと。
私は予てからフェンダータイプのギターはキッチリ作り過ぎるとフェンダーの音から遠のいて行くと感じておりましたが、演奏性に影響するネックの作りやフレットの仕上げを高品質に仕上げながらも、USAフェンダーのラフな部分をあえて残してフェンダーらしい音を残したのでは無いかと思ったのです
これは私のホントに単なる推測に過ぎないのですが、みなさまはどう思われます?
弘法にも筆の誤り・河童の川流れでたまたま削り忘れて組み込んでしまったとか?


 前の記事 目次に戻る  次の記事 
   HOME  



MAILお問い合わせ