ミュージックマン AXIS EX の事


 今このコラムをご覧のあなたはミュージックマン AXIS EX と言うギターをご存知でしょうか?
元々はヴァンヘイレンモデルEVHとして発売されたモデルですが、氏の無断鞍替え事変によりミュージックマンはEVHのモデル名を名乗れなくなりピックアップセレクターの位置を変更して「AXIS」とモデルネームを変更して販売する事になりました
そのAXISのパーツをアメリカから供給してもらって日本で製作したボディ・ネックで日本で組み込み製造した物がAXIS EXと云うモデルです



ただし、セレクタースイッチの位置はEVHの位置のまま製造されましたのでパッと見はAXISと言うよりはEVHですね
EVHは当時B'zの松本さんが使用していたのでB'z松本使用モデルと云った認識も高く、それと同じ見た目のAXIS EXを松本モデルと思って購入される方も多かった様です

AXIS EXは私が独立してO2Factoryを始めるまで勤めていたハイエンドギターズと云うギター工房が組み込みをしていて、組み込み作業を行う3人のスタッフのうち私は主にジョイント加工・検品・品質管理を行っておりました。
以前、「弦の剛性とサドル進入角」と云うコラム記事でミュージックマンスティングレイベースのジャパンバージョンの組み込みをしていた時のことをちょこっと書いていますが、同時期にこのAXIS EXの組み込みもしていました

先日AXIS EXの修理でご来店頂いたお客様とお話ししていて当時のAXIS EXは現在市場ではプチプレミアが付いているらしいですねぇなんて話になりまして、専門のマニアまでいるらしいとお聞きしました
で、そのお客様が帰られた後にちょっとググってみてそれらしき方のサイトを見つけて読んでみたのですがその情報にはちょこちょこ間違いがありまして、と言っても神田商会が製造事情に対して公にする事はありませんでしたので一般の方が間違ってもそれはしょうが無いのですが…
そこで当事者の私から覚えている範囲の情報をここに上げさせて頂きたいと思います
本当は私はマニアとかコレクターとかが大嫌いなのでそう云った人たちに「ギター談義ネタ」を提供するのは不本意なんですが、ネット上で文章になってしまっている限りは当事者としてはちゃんと言っておきたい気がしまして…
まぁ純粋なプレイヤーの方には知っていても演奏スキルには何の足しにも成らない情報ですが読み物としてヒマ潰しにでも読んでください

AXIS EX製造に関する経緯からお話しさせて頂こうと思いますが、その前にAXIS EXを製造していた「ハイエンドギターズ」と云う工房についてお話しさせて頂きます
2020年現在、アーニーボールミュージックマンの日本正規代理店はKID(コルグ)に変わっておりますが2019年3月までは神田商会が数十年の長い間正規代理店をしていました
ハイエンドギターズと云う工房は楽器ケースの製造を行っている「朝日木工」と云う神田商会の子会社の一部門として神田商会大阪営業所ビルの2階フロア(当時)でギターの組み込みを始めます
このハイエンドギターズと云う会社は形態がややこしく朝日木工のギター製造部門とは言え社員は全員神田商会からの出向社員で、その出向社員の一人が社長役をし、後は私を含む3人の神田商会の出向社員と2人のアルバイトと云う従業員構成でした
ですのでこの後に出てくる「社長」は神田商会の社長の事では無く、朝日木工ギター製造部門の「社長役」を務めている神田商会の出向社員の事となります
(分かり難いだろぉ〜@スギちゃん)

朝日木工ギター製造部門は元々ヴァレーアーツのジャパンバージョンの組み込みをしていて、その時は「ヴァレーアーツジャパン」を名乗っていたのですが、ヴァレーアーツがサミックに売却されると徐々にヴァレーアーツの製作継続が難しくなり始め、その頃に「ハイエンドギターズ」と名称を変えます
私の記憶が正しければちょうどその頃にミュージックマンのジャパンバージョン組み込みの話が舞い込んできますが、朝日木工ギター製造部門の製造対象シフトの一環で以後どんなブランドを製造しても通用するよう「ハイエンドギターズ」と既存の特定ブランドを名乗らない名称に変更したんでしょう
なにせある日突然社長から「今日からハイエンドギターズになるから」と言われ、「?????」となりながらも「そうっすか」と理由を聞く気にもならないままに受け入れた記憶しか無い物で…

で、とある日に社長から「サンプルのギターが届くから検品してダメ出しして」と言われて届けられたのがトーカイ楽器が製作したAXISでした
神田商会はフェンダージャパンの製造で取引のあったトーカイ楽器でAXIS EXの製造をするつもりだったようですが、それを聞きつけた社長が「ウチで検品業務をする」と名乗りを上げて試作品が届いたという経緯だったようですが、思い返すと初めからトーカイ楽器から製造ごと横取りする目論見があったようです
まぁ目論見と言ったら聞こえは悪いのですがこっちはヴァレーアーツが作れなくなって仕事が無くなる所でしたから「ここは何としてでも!」と”仕事を取りに行った”と思ってあげて下さい
このトーカイ製のAXIS EXを検品した所、私の目から見ると仕上がりは良いとは思えませんでした
ネックには酷い捻じれがあり、1弦側を真っ直ぐになるようにトラスロッド調整すると6弦側が逆反ってしまう様な状態でした
他にも指摘点は沢山あったのにネック捻じれの事以外はよく覚えていないのですが、なぜこのネック捻じれの事だけを覚えていたかと言うと、後日トーカイの工場長(多分)と電話で話をする事になるのですがネックが酷く捻じれていた件を話すと「それは6弦側の方がテンションが強いのでわざと捩じって作っているんです」との答えが返ってきたからです
この時「はぁ?ダダリオのパッケージに各弦のテンション書いてますけど見たことあります?弦のゲージって云うのはテンションバランス取って作られてるんですよ!それに仮に狙ってやってるとしても弦張った状態で捻じれてるんだから的外れになってるじゃないですか!」と激怒しましたのでこの事だけはハッキリと覚えています
サンプル品検品時のダメ出しと、このネック捻じれに対するトンチンカンな返答を社長に報告してしばらくしてからAXIS EXの製造はトーカイ楽器から引き揚げてハイエンドギターズで全て仕切る事に変更されました
ですのでトーカイ製のAXIS EXは存在はするのだけど一般には出回っていないはずです
もし出回っているとすればアウトローな販売経路で取引された物かと。

上で「AXIS EXの製造はハイエンドギターズで仕切る」と書いたのは、製造全てをハイエンドギターズで行う訳では無いからです
ハイエンドギターズはバレーアーツジャパンの時代から最低限の工作機械しか無く、そう云った設備の問題と、製造に関わる従業員がヴァレーアーツジャパン当時は4人と云う人員的な問題もありました。ヴァレーアーツジャパンの末期ではその設備と人員でボディの製作(ネックはワーモス製を使用)・塗装・組み込みを半ば無理やり行っていましたのでとても作業効率が悪い上に張り合わせトップの剥がれなどの歩留まりも多く、私は当時から製造の分業効率化を社長に提言し続けていました
それは製造分野で外注してそれぞれの得意分野を担当する事により高品質・高効率化を図ると云うやり方で、AXIS EXの製造時にはほぼ私の提言通りの製造形態に変える事が出来ました
具体的にはボディやネックは既存の設備と技術がある工場で製作してもらい、PGM出身の私の専門分野である組み込み・セッティング及び製品管理をハイエンドギターズで行うと云う物で、ボディの製作工場やネックの製作工場の選定から神田商会に引き渡す前の最終検品までハイエンドギターズが全て仕切ると云うスタイルです
AXIS EXの製造を始める頃には製造作業をする従業員は私とアルバイトの2人(のちに朝日木工の社員になる)の計3人だけになっていましたので作業の効率化は必須でした
ネックとボディのジョイントフィッティングと検品・修正作業を私が担当し、残りの2人がフレット摺合せ、パーツ取り付けを担当し、それ以外の作業は3人で手が開いた順に行うと云う、言ってみれば「融通の利く極小の工場ライン」を構築して生産を進めました
実はこれ、PGM流の生産方法を真似しただけなのですが、それぞれの作業を整理して効率化を図る事で高品質で歩留まりの少ないギター製造が行えると云う事はずっと昔にPGMの乳井さんが証明した事でした

私は何故か既存ブランドのジャパンバージョンに関わる事が多く、PGM時代の「TomAnderson」、「Vanzandt」(これはピックアップブランドでギターブランドとしては日本独自ですが)、朝日木工に入ってからの「ValleyArts」「MusicMan」「fenderJapan」、独立してからの「Stuart(FRED-50)」と、こう並べると人のフンドシで相撲を取ってきた感が凄いのですが、常に本家よりも高精度に製作する事を心掛けてきました
それはこう云ったジャパンバージョンは所謂「セカンドブランド」としての成り立ちがありますからその時点で本家よりも低品質と思われがちだからです
本家と同じ仕上がりではダメで、本家の品質を追い越してやっと同等に見て貰えるという思いが私にはありました
実際AXIS EXの販売が始まって、楽器店の店員さんからは割と良い評価は頂いておりましたが中には「日本製にしては良く出来ている」と云った評価もありました
日本製に“しては”って日本人のくせにどんだけ日本製を卑下してるんだ

ただAXIS EXの場合、木材 特にトップ材に関してはコストの点でどうして本家と同等以上にする事は出来ませんでした
USA製AXISは5ミリほどの厚さのキルテッドメイプル材をトップに使用していましたがここはコストの点から再現出来ず4ミリ厚ほどのメイプル板材の上に0.6ミリほどに薄くスライスされたキルテッドメイプル材の「突板」を貼り付けた仕様になりました
この点は致し方ありませんし、例えばびっしりキルトの入ったAAAクラスの5ミリ厚メイプル材があったとして、USA製AXISの無垢メイプルトップではこの板材からAXISは1本しか作れないのを、これを薄くスライスすればほぼ同じ杢目で7〜8本のAXIS EXが作れます
「無垢材」と云うプレミア価値を省けば完成した時の見た目は同じ。音も私は変わらないと思います
むしろそれよりもバック材がUSA製がバスウッドなのに対してAXIS EXではアルダーを使用しましたがこちらの違いの方が音に対しての影響は大きいでしょう
なぜバスウッド材を使用しなかったか?ですが、ここの仕様変更はハイエンドギターズの社長が決めた事なので私には確かな事は言えませんが当時木材の仕入れ先であった「アイチ木材」さんではアルダー材の方が安定して供給出来ると云う事と、バスウッドは極端に柔らかい為、機械加工時に毛羽立ちが出て仕上げ処理が大変であると云う理由が考えられます
実際バスウッドボディのギターのコントロールキャビティ内を見てもらうと側面が毛羽立ったままの物が結構ありますし、リフィニッシュなどで塗装を剥がすとボディ側面はパテで修正された箇所が多数あったりします

エレキギターのボディ材は一般的に軟らかく軽い木材ほど音は太く「Fat」になる傾向にありますが音の芯がぼやけたようになる欠点もあります、一方硬く重い木材ほど音の芯がハッキリしたタイトな音になる傾向にありますが音に「ふくよかさ」と云った様な色気は少なくなります
バスウッドはエレキギターのボディに使用される木材の中では極端に軟らかく軽く、アルダーはギター材の中では中庸な軟らかさと重量ですので、双方を対比するとバスウッド仕様のUSA製の方がアルダー仕様のEXより太くFatな音で、逆にEXはUSA製よりも音の芯がある
と言えます
これはどっちが良いと云った物では無くどっちが好きかと云う好みの問題です
例えば、多少音がぼやけてもとにかく太い音を出したいのであればバスウッド仕様のUSA製がお勧めです
逆にハードに歪ませた時でも音の輪郭がぼやけるのは嫌だと云う方はアルダー仕様のEXがお勧めです

ただし、上に書いた木材の種類による音の違いはあくまでも一般論で木材には個体差がありますので必ずしもそうなると言う訳ではありません
実際には音を出してみないと分かりませんよ

今回はここまで
次回はAXIS EX第1期と第2期の違いなどをお話しさせて頂きたいと思います

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