第7章 HbA1cとグリコアルブミンの個別化と標準化

7.1) HbA1cとグリコアルブミンの個別化はなぜ必要か?

作成日:2018/9/20,最終更新日:2019/1/30

 HbA1cとグリコアルブミンは先行期間の平均血糖に比例しますが,合併疾患があると様々な「ずれ」を発生します.問題は,HbA1cおよびグリコアルブミンに影響を与える疾患や特別な病態のない患者であっても,両指標に大きな乖離を示す例が多数存在することです.このような乖離の原因は,血糖値に対する糖化係数が患者毎に異なるためであると考えられます.糖化係数に個人差が存在する原因は明らかではありませんが,赤血球寿命やアルブミン半減期の個人差が最大の原因と考えられます.糖化係数が患者毎に異なるため,これらの指標から血糖コントロール状態を判定する際には,個人差を起こす種々の要因を考慮しながら判定することが必要になります.しかし,実際にはこのような判定は非常に困難で,正確な血糖コントロール状態の判定は難しいと言わざるを得ません.各患者の血糖コントロール状態を正確に判定するためには,ヘモグロビンおよびアルブミンに対する糖化係数を患者毎にきちんと決定すればいいわけです.本章では,これまでの方法の問題点,この問題に対する新しい解決法,この新しい方法の臨床的利用法について順に説明したいと思います.

1.HbA1cによる血糖コントロール状態の判定における問題点

図1.平均血糖とHbA1cの関係

 現在の糖尿病の臨床における問題点を説明するため,HbA1cと平均血糖の関係を図1に模式的に示します.両者の対応関係は標準的患者では(簡易式で示します) \begin{align} HbA1c = AG/30+2 \end{align} となります.すなわち,平均血糖が30mg/dL上昇するとHbA1cが1%上昇します.しかし,「解離」のページ(第6章 6.2)で示したように,両者の比例係数には最大で17%の個人差が存在します.HbA1cが標準者より低値を示す症例を low glycator,高値を示す症例を high glycator と言います.図1には,このような低値者,高値者における平均血糖とHbA1cの関係も示します.ちなみに,図1に示す低値者,高値者の関係式は \begin{align} &HbA1c = AG/35+2 \text{(低値者)}\\ &HbA1c = AG/25+2 \text{(高値者)} \end{align} となっています.この図で平均血糖=150mg/dLの所を右に見ていくと,標準者ではHbA1cは7.0%ですが,低値者では6.3%,高値者では8.0%になっています.逆に,HbA1c=7.0%の所を順に見ていくと,標準者では平均血糖は150mg/dLになりますが,低値者では175mg/dL,高値者では125mg/dLになります.従って,血糖コントロール目標を一律にHbA1c<7.0%と設定すると,標準者では平均血糖150未満ですが,低値者では平均血糖175未満で目標が達成でき,高値者では平均血糖125未満にしなければ目標を達成できないことになります.この結果,低値者ではコントロール不足を容認することになり,高値者では低血糖が出やすくなります.

 血糖コントロール指標としてHbA1cの代わりにグリコアルブミンを用いても,この問題が解決するわけではありません.両指標を同時に測定すると,HbA1cあるいはグリコアルブミン単独の場合よりも問題は改善しますが,代わりに両指標の乖離という問題が発生します.これらは,いずれも両指標が単純に平均血糖を表わすわけではないという根本的な問題に原因があります.

2.HbA1c,グリコアルブミンの個別化

 HbA1cとグリコアルブミンは基本的には平均血糖に比例する指標です.もちろん,HbA1cとしてNGSP値を用いる場合はHbA1c値から2.15%引いた値が血糖値に比例します.HbA1cにIFCC値を用いる場合は,そのままで平均血糖に比例します.この3者間の比例係数が合併疾患や個人差の影響により患者毎に異なるということになります.この比例係数は「乖離」のページ(第6章 6.1)で説明したように血糖コントロール状態が変化しても一定で,各患者に固有の値になっています.この比例係数を患者毎に定量すれば,HbA1cおよびグリコアルブミンを平均血糖を正確に変換することが可能になります.

図2.平均血糖,HbA1c,グリコアルブミンは相互に比例する

 では,どのようにすれば,これら3者間の比例係数を定量することができるのでしょうか? 基本的には,平均血糖 \(AG\) とHbA1cあるいはグリコアルブミンとの間には \begin{align} &HbA1c(IFCC) = AG × β_{1(1)}\\ &HbA1c(NGSP) =AG × β_{1(2)} + 2.15\\ &GA = AG × β_2 \end{align} という関係があります.\(β_{1(1)}\),\(β_{1(2)}\),\(β_2\) はヘモグロビンおよびアルブミンに対する糖化係数です.ちなみに,\(HbA1c(IFCC)\) と \(HbA1c(NGSP)\) の間には \begin{align} HbA1c(NGSP) = HbA1c(IFCC) × 0.914 + 2.15 \end{align} という関係がありますから,\(β_{1(1)}\) と \(β_{1(2)}\) の間には \begin{align} β_{1(2)} = β_{1(1)} × 0.914 \end{align} という関係があります.

 血糖コントロールの安定している患者であれば,日々の血糖を細かく測定し,そのデータから平均血糖を計算すれば,上式を用いて糖化係数 \(β_1\),\(β_2\) を計算することができます.しかし,一般的には,患者の血糖コントロールは日々変化するため,単純に平均血糖を計算しても正確な計算はできません.このため,理論的な計算法を確立することが必要になります.この正確な計算法については次ページ(第7章 7.2第7章 7.3)で詳しく説明します.ここでは結論だけを述べますが,
@ \(β_2\) は2週間の持続血糖測定(continuous glucose monitoring,CGM)を行えば正確に定量できます.
A グリコアルブミンからHbA1cへの変換係数 \(R\) を両者の同時測定の結果から求めれば,この係数を用いて \(β_2\) から \(β_1\) へ変換することができます(間接法).
B CGMを4ヶ月以上行えば,CGMのデータから \(β_1\) を直接定量することができます(直接法).4ヶ月以下のCGMの場合は,\(β_1\) を正確に定量することはできませんが,近似的な計算であれば可能です(近似直接法).