第7章 HbA1cとグリコアルブミンの個別化と標準化

7.3) CGMを用いたヘモグロビン糖化係数の決定法

作成日:2018/9/26,最終更新日:2019/1/29

 前ページでCGMを用いてアルブミン糖化係数を決定する方法について説明しました.本ページではCGMを用いてヘモグロビン糖化係数を計算する方法について説明します.ヘモグロビン糖化係数を決定する方法には2つの方法があります.第1の方法はグリコアルブミン/HbA1c変換係数を用いてアルブミン糖化係数からヘモグロビン糖化係数を求める間接法です.間接法でヘモグロビン糖化係数を計算するためには,予め,HbA1cとグリコアルブミンの同時測定を行っておくことが必要です.第2の方法はCGMの結果からヘモグロビン糖化係数を計算する直接法です.この方法を用いるためには基本的には4ヶ月のCGMデータが必要です.しかし,もっと短期のCGMデータしかない場合もありますので,その場合に近似的に計算するための近似法についても説明します.

1.ヘモグロビン糖化係数の計算法(間接法)

 最初に,HbA1c(NGSP)は2.15%の固定部を含んでいますので,そのまま扱うと式が複雑になりますので,NGSP値からこの固定部を除いた血糖比例部をGHと呼び,以下,原則としてGHを用いて計算を進めます.式で書くと,GHは \begin{align} GH = HbA1c - 2.15 \end{align} となります.HbA1cとしてIFCC値を用いれば,このような取り扱いは不要ですが,ここではHbA1cとしてNGSP値を用い,この扱いで計算を進めます.

 患者の血糖が安定している場合,グリコアルブミンおよびGHと平均血糖 \(AG\) の関係は \begin{align} &GA = AG × β_2\\ &GH = AG × β_1\\ &R = GH / GA = β_1 / β_2 \end{align} となります.従って,CGMデータを用いて \(β_2\) を計算すると共に,過去のHbA1cとグリコアルブミンの同時測定の結果から \(R\) を計算できれば, \begin{align} β_1 = β_2 × R \end{align} で \(β_1\) が簡単に計算できます.

2.ヘモグロビン糖化係数の計算法(直接法)

 GHと血糖の関係は,第1章 1.2 で説明したように,一般に, \begin{align} GH(t) = \frac{k_1 T}{2} \int_0^T W(x) G(t-x)dx \end{align} となります.\(GH(t)\),\(G(t)\) は時刻 \(t\) におけるGHと血糖です.\(k\) はグリコヘモグロビン産生速度定数で,アルブミン産生速度定数と区別するため,添字の1を着けています.\(T\) は赤血球寿命です.\(W(x)\) はGHに対する過去の血糖の寄与率を示す加重関数で, \begin{align} W(x) = \frac{2}{T} \left( 1- \frac{x}{T} \right) \end{align} という関数です.\(W(x)\) は加重関数ですから,もちろん, \begin{align} \int_0^T W(x) dx = 1 \end{align} となっています.血糖値が一定値 \(AG\) の場合,この方程式は \begin{align} GH = \frac{k_1 T}{2} AG \end{align} となりますので,ヘモグロビン糖化係数 \(β_1\) は \begin{align} β_1 = k_1 T / 2 \end{align} で与えられることになります.

 ここで \(eAG\) を \begin{align} eAG = \int_{0}^{T} W(x) G(t-x)dx \end{align} で定義すると,\(eAG\) はHbA1cに対する過去の血糖の寄与率を考慮した加重平均血糖となっています.\(eAG\) を用いると,血糖とGHの関係は \begin{align} GH = \frac{k_1 T}{2} eAG = β_1 × eAG \end{align} となり,グリコアルブミンや血糖が安定している場合と同じ形の式になります.\(eAG\) はHbA1cに対する有効平均血糖(effective average glucose)と呼ぶことができます.従って,HbA1cを測定し,CGMのデータから \(eAG\) を計算すれば,この式を用いて患者毎の \(β_1\) を計算することができます.ただし,赤血球寿命は約120日ですので,\(eAG\) を計算するためには過去4ヶ月のCGMデータが必要になります.

3.CGMの前後でHbA1cを測定した場合の血糖とHbA1cの関係(近似法)

図1.CGM時の \(HbA1c\) と血糖値の関係

 HbA1cの場合は,グリコアルブミンの場合とは異なり,CGMを4ヶ月行うのが原則です.しかし,グリコアルブミンの場合のように,CGM期間をもっと短くし,その前後にHbA1cを測定することでヘモグロビン糖化係数を計算することはできないのでしょうか?

 数学的な厳密性を少し犠牲にし,近似的な方法を導入すれば,この問題を解決することができます.まず,図1に示すように,CGMを時刻 \(-S\) から時刻 0 まで行い,CGM開始時と終了時にHbA1cを測定します.\(S\) と \(T\) の関係は,もちろん,\(S ≤ T\) です.\(S > T\) の場合は式(11)を用いて計算できますので,近似式は必要ありません.

 CGM前後のGHを \(GH_1\),\(GH_0\) とすると,\(GH_0\) は \begin{align} GH_0 &= \frac{k_1 T}{2} \int_{0}^{T} W(x) G(-x)dx\\ &= \frac{k_1 T}{2} \int_{0}^{S} W(x) G(-x)dx + \frac{k_1 T}{2} \int_{S}^{T} W(x) G(-x)dx \end{align} と書くことができます.第1項がCGM期間中の血糖によるGHへの寄与,第2項がCGM以前の血糖によるGHへの寄与を示します.\(W(x)\) は加重関数ですから,その寄与率は図1に示す直線下面積に一致します.ここで,CGM中の有効平均血糖 \(eAG\) を \begin{align} eAG = \frac{ \int_{0}^{S} W(x) G(-x)dx }{ \int_{0}^{S} W(x)dx } =\frac{ \int_{0}^{S} W(x) G(-x)dx }{1-\left(1- \frac{S}{T} \right)^2} \end{align} で定義すると,式(14)の第1項は \begin{align} \text{第1項} = \frac{k_1 T}{2} eAG × \left\{ 1-\left(1- \frac{S}{T} \right)^2 \right\} \end{align} となります.また,CGM以前の血糖は一定値 \(G_1\) であったと仮定すると,式(14)の第2項は \begin{align} \text{第2項} = \frac{k_1 T}{2} G_1 \int_S^T W(x) dx = \frac{kT}{2} G_1 \left(1- \frac{S}{T} \right)^2 = GH_1 × \left(1- \frac{S}{T} \right)^2 \end{align} となります.従って,式(14)は \begin{align} GH_0= \frac{k_1 T}{2} eAG × \left\{ 1-\left(1- \frac{S}{T} \right)^2 \right\} + GH_1 × \left( 1- \frac{S}{T} \right)^2 \end{align} となりますから, \begin{align} \frac{GH_0 - GH_1 × \left( 1- \frac{S}{T} \right)^2 } {1-\left(1- \frac{S}{T} \right)^2 } = \frac{k_1 T}{2} eAG \end{align} という式を導くことができます.

 この式の左辺は血糖 \(eAG\) に対するGHの予測値(estimated GH)になっています.従って,\(eGH\) を \begin{align} eGH = \frac{GH_0 - GH_1 × \left( 1- \frac{S}{T} \right)^2 } {1-\left(1- \frac{S}{T} \right)^2 } \end{align} で定義すると \begin{align} eGH = \frac{k_1 T}{2} eAG = β_1 × eAG \end{align} となり,グリコアルブミンの場合と同じ関係式になります.

 この式は,CGM以前の血糖は一定であったという仮定の下で成立する近似式です.この式を用いればCGMの開始時と終了時にHbA1cを測定すれば,\(β_1\) を患者毎に計算することが可能になります.ただし,血糖が急に悪化して入院した場合などのように,CGM以前の血糖が一定とみなせない場合は,この近似式を用いると誤差が大きくなります.また,CGM期間が短い場合も,式(19)の左辺の分子分母が共に非常に小さくなり,HbA1cの測定誤差の影響が大きくなって計算精度が低下します.また,CGM中に血糖が大きく低下しても,CGM期間が短ければHbA1cが低下しない可能性があります.この問題を避けるために,少なくとも1ヶ月のCGMを行うのが原則です.

4.CGM期間をN区間に分割し,それぞれの区間の血糖を平均血糖で扱う方法(近似法)

図2.CGM期間をN区間に分割する

 前項の計算でCGM期間の血糖とCGM前後におけるHbA1cの関係式が得られました.ここではグリコアルブミンの場合と同じように,CGM期間をN区間に分割し,各区間の血糖を平均血糖で代表する場合の計算式を求めましょう.\(eGH\) は式(20)と同じになりますが,\(eAG\) は \begin{align} eAG = \frac{\sum_{n=1}^N W \left( \frac{(2n-1)S}{2N}\right) G_n} {\sum_{n=1}^N W\left(\frac{(2n-1)S}{2N} \right)} \end{align} となります.もちろん, \begin{align} eGH = \frac{k_1T}{2} eAG = β_1 × eAG \end{align} となり,他の場合と同じ形の式になります.

5.具体的なヘモグロビン糖化係数の計算法:逐次近似法とグラフ解析法

 本法では患者毎にヘモグロビン糖化係数 \(β_1\) が異なるのは,赤血球寿命 \(T\) が患者毎に異なることが原因であると仮定しています.従って,解析の目的は「各患者の \(T\) をどのようにして定量するか?」ということにあります.HbA1cの場合も問題を解く代表的な方法に逐次近似法とグラフ解析法があります.

5.1.逐次近似法

 逐次近似法では式(21)を次のように変形して計算に用います. \begin{align} T = \frac{2 β_1}{k_1} = \frac{2}{k_1} \frac{eGH(T, S, GH_0, GH_1)}{eAG(T, S, N, G_1, .... , G_N)} \end{align} 初期値として \(T=120\) を用いて右辺を計算し,新しい \(T\) を得ます.この新しい \(T\) を用いて同じ計算をもう一度行い,更に新しい \(T\) を得るという計算を \(T\) が一定値に収束するまで繰り返します.この方式の問題点は,必ずしも \(T\) が一定値に収束するとは言えないことです.

5.2.グラフ解析法

 グラフ解析法では \(β_1\) の計算式を次の2つに分解し, \begin{align} &β_1 = k_1 T / 2\\ &β_1 = \frac{eGH(T, S, GH_0, GH_1)}{eAG(T, S, N, G_1, .... , G_N)} \end{align} 横軸に \(T\),縦軸に \(β_1\) を取って2本のグラフを描きます.2本のグラフの交点が求める結果になります.

 この場合も,逐次近似法とグラフ解析法のどちらが優れているか,あるいはどちらが適しているかは,問題によって変わります.私たちはグラフ解析法を採用します.また,\(T < S\) の場合については上記のような近似計算は必要ありません.計算が必要であれば \(S\) の値に \(S=T\) を代入すれば正しく計算できます.