第1章 HbA1cはいつの血糖を表わすか?

1.2) HbA1cと過去の血糖の関係:数学的に解析

作成日:2018/8/16,最終更新日:2018/12/20

 前ページ(第1章 1.1)でHbA1cと過去の血糖に関する基本的な関係について述べましたが,本ページではこの問題をモデルを用いて数学的に解析します.このページで扱う数式は非常に高度で複雑ですので.理工系の専門的な教育を受けた方でなければ全てを理解するのは難しいかも知れませんが,ご容赦ください.

1.蛋白質の糖化反応とHbA1c 1)

 蛋白質には多数のアミノ基が存在していますが,このアミノ基が蛋白質の外側に存在する場合は,血中のグルコースと非酵素的に結合し,図1のような反応を起こします.この反応は全ての蛋白質に普遍的な現象で,Amadori反応あるいは糖化反応といわれています.この反応の第一段階は蛋白質とグルコースがaldimineを生成する可逆的な反応で,この反応は迅速で速やかに平衡に達します.第二段階はaldimineがAmadori転位を起こしketoamineを生成する反応で,反応速度の遅い不可逆的な反応です.重要なことは,これらの一連の反応は非酵素的であるため,ketoamineの生成速度は,蛋白濃度,グルコース濃度,温度などの因子のみによって決定され,微量な共存物質の影響を受けないことです.

図1.蛋白質の糖化反応

 生体内でもこの糖化反応が同じように起こります.ヘモグロビンの場合はこの糖化反応でグリコヘモグロビンを生成することになります.ただし,「グリコヘモグロビン」という用語と「HbA1c」という用語を区別した方が分かりやすいので,今後は,グリコヘモグロビン分子について説明する場合は「グリコヘモグロビン」と書き,HbA1cの測定値を意味する場合は「HbA1c」と書いて,両者をできる限り区別して説明を続けます.

図2.カラムで分画したヘモグロビンの成分

 成人の血中ヘモグロビンの組成は, HbA(分子構造:\(\alpha_2 \beta_2\),成人型ヘモグロビン)が約97%,HbA2(分子構造:\(\alpha_2 \delta_2\))が約2%,HbF(分子構造:\(\alpha_2 \gamma_2\),胎児型ヘモグロビン)が約0.5%となっています.赤血球が生成され血中に放出された時点では,これらのヘモグロビンに糖は結合していませんが,血中を循環する間に次第に血中のいろいろな糖と結合します.この糖と結合したHbAをHbA1,糖と結合していないHbAをHbA0と言います.健常人ではHbA1は血中ヘモグロビンの約7%を占めています.カラムを用いてヘモグロビンを細かく分画すると,図2に示すように,HbA1は更にHbA1a1,HbA1a2,HbA1b,HbA1cなどに分画されます.これらのうち,最も多いのがHbA1c分画で,健常人では総ヘモグロビンの約4%を占めています.
 このHbA1c分画はHbAのβ鎖N末端のバリンにグルコースが結合したketoamineの分画で,その生成速度は血糖値に比例しています.このため,HbA1c分画の濃度は患者の血糖値が高ければ高いほど高値となり,HbA1cを測定すれば血糖コントロール状態を判定することができるわけです.

2.HbA1cの生成に関する数学的モデル 2-4)

図3.グリコヘモグロビンの生成反応

 HbA1cと血糖値の関係を詳しく解析するに当たり,まず,グリコヘモグロビンの生成反応を図3のように簡潔に記載することにします.血中のヘモグロビン,グルコース,HbG(可逆型グリコヘモグロビン),GH(不可逆型グリコヘモグロビン)の濃度を[]で示します.このようにすると,図3の第一反応および第二反応は次のように書くことができます.
\begin{align} \frac{d[HbG]}{dt} = k_1 [Hb][G] - (k_2 + k_3)[HbG] \end{align} \begin{align} \frac{d[GH]}{dt} = k_3 [HbG] \end{align} ただし,赤血球内グルコース濃度は血中グルコース濃度と等しいと仮定しています.厳密に考えると,血中グルコース濃度の変化が非常に速い場合は赤血球内グルコース濃度が遅れて変化すると考えられますが,通常の状態では,このずれは大きな問題にはなりません.

 上式の第一反応は非常に早く,常に平衡状態になっていると考えられます.従って, \begin{align} [HbG] =\frac{k_1}{k_2 + k_3} [Hb][G] \end{align} となります.これを第2式に代入すると \begin{align} \frac{d[GH]}{dt} = k [Hb][G] \end{align} \begin{align} k = \frac{k_1 k_3}{k_2 + k_3} \end{align} となります.このようにすると,グリコヘモグロビンの生成速度は非糖化ヘモグロビン量と血糖値に比例するという常識的な結果が得られます.

 この方程式が糖化蛋白生成の基本的な方程式ですが,もう少し式を変形します.血中のヘモグロビン濃度を \([Hb_0]\) とすると \begin{align} [Hb_0] = [Hb] + [GH] \end{align} となります.この式を用いて上の方程式を解くと,その解は \begin{align} GH = Hb_0 \left[ 1 - exp \left( -k \int^{t}G(t)dt \right)\right] \end{align} となります.HbA1c値は,通常,低値ですから,\(x ≪ 1\) の時 \begin{align} e^{-x} = 1-x \end{align} という近似が適用できます.この式を使うと \begin{align} GH = k Hb_0 \int^{t} G(t)dt \end{align} となります.この式が基本的な方程式になります.この式は,式(4)の \([Hb]\) を \(Hb_0\) で置き換えた形になっています.つまり,グリコヘモグロビンの生成速度は厳密には[非糖化ヘモロビン濃度×血糖値]に比例しますが,(9)式は[非糖化ヘモグロビン濃度×血糖値]ではなく,[全ヘモグロビン濃度×血糖値]に比例するとしており,近似式になっています.HbA1cが低値の場合は,この近似式で問題はありませんが,HbA1cが高値になると,グルコースが結合した分だけ \([Hb]\) が減少するという飽和効果が無視できなくなります.従って,HbA1cが高値の場合は,式(9)ではなく,式(7)を用いることが必要になります.しかし,(9)式の形で近似すると式が線形になり,今後の理論の展開に大きなメリットをもたらしますので,今後はこの線形化した近似式を用いて理論を展開します.

(注)線形,非線形という概念も,理工系で教育を受けた方でなければ難しいかもしれませんが,ご容赦ください.単純に説明すると,線形というのは式が一次式で記載できる関係を示し,非線形はそれ以外の関係を示します.物理学や工学の理論のほとんどが線形の微分方程式で記述されています.

3.HbA1cの生理学的動態解析 2-4)

 基本的な方程式ができましたので,糖尿病患者におけるHbA1cの振舞について計算しましょう.問題は,ヘモグロビンが赤血球内に局在し,赤血球の生成と共に血中に現われ,赤血球の寿命と共に代謝されることにあります.このため,単純に生成代謝方程式を書き表すことができないのです.

 そこで,いきなり血液全体のHbA1cを考えるのではなく,まず,年齢 \(m\) の赤血球について計算しましょう.年齢 \(m\) の赤血球内のヘモグロビン量を \(Hbx(m)\),時刻 \(t\) におけるこれらの赤血球内のグリコヘモグロビン量を \(GHx(m,t)\)とします.赤血球内のヘモグロビンは,赤血球の生成時には全く糖化されておらず,生成後に血中を循環している間に次第に糖化されていきます.年齢 \(m\) の赤血球について考えると,赤血球内のヘモグロビンは時刻 \(t-m\) に産生され,時刻 \(t\) まで糖化されています.従って,時刻 \(z\) における血糖値を \(G(z)\) とすると,\(GHx(m,t)\) は \begin{align} GHx(m,t) = kHbx(m)\int_{t-m}^{t} G(z)dz \end{align} と書くことができます.

 続いて,血液全体のグリコヘモグロビン量 \(GH(t)\) を計算しましょう.赤血球の寿命を \(T\) とすると, \begin{align} GH(t) &= \int_{0}^{T} GHx(m,t)dm = k\int_{0}^{T} Hbx(m) \int_{t-m}^{t} G(z)dzdm \end{align} となります.この式はかなり複雑ですが,最初に \(z\) について \(z=t-m\) から \(z=t\) まで積分し,次い で\(m\) について \(m=0\) から \(m=T\) まで積分することを意味しています.
 全ヘモグロビン量 \(Hb\) は \begin{align} Hb =\int_{0}^{T} Hbx(m)dm \end{align} となります.HbA1cは両者の比ですから, \begin{align} HbA1c(t) = GH(t) / Hb \end{align} となるわけです.

 出血後や貧血の治療開始後などの特別な場合を除けば,赤血球の年齢分布は均一と考えていいですから, \begin{align} Hbx(m) =Hb / T \end{align} となり,HbA1cは \begin{align} HbA1c(t) &= \frac{k}{T} \int_{0}^{T} \int_{t-m}^{t} G(z)dzdm \end{align} となります.

図4.積分順序の入れ替え

 このままでは生理学的意味を理解するのは極めて困難ですが,実は,積分の順序を入れ替えると非常に分かりやすい結果を得ることができます.
 この「積分順序の入れ替え」という数学的テクニックも理工系出身者でなければ理解できないと思いますが,適当に飛ばして先へ進んで下さい.

 積分の順序を入れ替えると,この方程式は \begin{align} HbA1c(t) &= \frac{k}{T} \int_{t-T}^{t} \int_{t-z}^{T} G(z)dmdz \end{align} となります.積分を示す右端の記号が \(dzdm\) から \(dmdz\) に変わっています.積分順序の入れ替えによる積分範囲の変化は図4のようになります.計算を進めると \begin{align} HbA1c(t) &= \frac{k}{T} \int_{t-T}^{t} G(z)\int_{t-z}^{T} dmdz = \frac{k}{T} \int_{t-T}^{t} G(z)(T-t+z)dz\\ &= k \int_{t-T}^{t} \left( 1- \frac{t-z}{T} \right) G(z)dz \end{align} となります.ここで \begin{align} x=t-z \end{align} とおくと,この式は \begin{align} HbA1c(t) = k \int_{0}^{T} \left( 1- \frac{x}{T} \right) G(t-x)dx \end{align} となります.

図5.HbA1cに対する重み関数\(W(x)\)

 ここで,関数 \(W(x)\) を次のように定義します. \begin{align} W(x) = \frac{2}{T} \left( 1 - \frac{x}{T} \right) \end{align} \(W(x)\) は重み関数で,その \(x\) に対する変化は図5のようになっています.ただし,直線下面積が1になるように係数が調整されており \begin{align} \int_{0}^{T} W(x) dx =1 \end{align} となっています.\(W(t)\) を用いると,上記の式は \begin{align} HbA1c(t) &= \frac{kT}{2} \int_{0}^{T} W(x)G(t-x)dx \end{align}

 図6.HbA1cに対する\(G(t)\)と\(W(x)\)の関係

となります.これで複雑な計算は終了します.

 図6に血糖 \(G(t)\) と重み関数\(W(x)\) の関係を示します.血糖値に重みを掛けて加重平均を計算すると,HbA1cが得られることが分かります.

 ここまでの式の変換は非常に複雑で,かなりの数学力がないと理解は難しいと思いますが,結論的には,HbA1cは過去T日間の血糖で決定され,血糖の寄与率は一定ではなく,近い過去ほど寄与が大きく,遠い過去ほど寄与が小さいという結論になります.

4.臨床応用のための簡単なまとめ

図7.HbA1cに対する過去の血糖の寄与率

 HbA1cと過去の血糖の関係は数学的には以上のようになります.計算の過程が複雑かつ難解ですが,このようになる原因は,ヘモグロビンが赤血球内に局在し,その生成と代謝が赤血球の生成と代謝によって決められているからです.しかし,途中の計算が複雑であるにも係わらず,最終的な式は非常に簡潔な式となり,生理学的な意味の分かりやすい式になっています.

 上記の式で十分だと思いますが,臨床応用を考えるともっと簡略化した方が便利だと思います.そこで,過去4ヵ月の各月の血糖が理論的には何%ずつになるかを計算しましょう.T=120日として,各月の直線下面積を計算すると

   前日から30日前までの面積   = 43.75%
   31日前から60日前までの面積  = 31.25%
   61日前から90日前までの面積  = 18.75%
   91日前から120日前までの面積  = 6.25%

図8.HbA1cと過去の血糖の関係

となります.理論的には直前1ヵ月の血糖の寄与率は約44%で,50%よりやや小さいという計算になります.理論的には50%の寄与を示すのは直前35日間の血糖となります.従って,直前1ヵ月の血糖の寄与率を50%とするのは,かなり大雑把な計算ということになりますが,実用的には,特に問題はないように思います.図8にこの関係を示しますが,過去1ヵ月の平均血糖を \(G_1\),その前の1ヵ月の平均血糖を \(G_2\),更に前の2ヵ月の平均血糖を \(G_{34}\) とすると,HbA1cの値は \begin{align} HbA1c= \frac{kT}{2} \left( 0.5G_1 + 0.25G_2 + 0.25G_{34} \right ) \end{align} となります.

参考文献

  1. Bunn HF: Evaluation of glycosylated hemoglobin in diabetic patients. Diabetes 32:613-617, 1981.
  2. Shi K, Tahara Y, Noma Y, at al.: The responses of glycated albumin to blood glucose change in the circulation in streptozotocin-diabetic rats - Comparison of theoretical results with experimental data. Diabetes Res Clin Prac 17:153-160, 1992.
  3. Tahara Y, Shima K: The response of GHb to stepwise plasma glucose change over time in diabetic patients (letter). Diabetes Care 16:1313-1314, 1993.
  4. Tahara Y, Shima K: Kinetics of HbA1c, glycated albumin and fructosamine and analysis of their weight functions against preceding plasma glucose level. Diabetes Care 18:440-447, 1995.