HbA1cとグリコアルブミンは単純に平均血糖に比例するわけではなく,合併疾などによって影響を受け,乖離することがしばしば見られます.大多数の患者は,HbA1cとグリコアルブミンに影響するような特別な要因を有していませんが,それにも係わらず,しばしば両指標に大きな乖離を示します.これらは基本的にHbA1cおよびグリコアルブミンの血糖値に対する比例係数(糖化係数)が患者毎に異なることに原因があると考えられます.本ページでは,この個人差による乖離について説明します.
HbA1cとグリコアルブミンが乖離する場合,どちらの指標を血糖コントロール指標として用いるかを病態に応じて決めることになります.ところが,糖尿病患者を多数診ていると,特別な合併疾患を有しないにも係わらず,大きな乖離を示す症例が多数存在します.
図1.HbA1cとグリコアルブミンの相関と乖離
図2.HbA1c/グリコアルブミン比の分布
図1は特別な合併疾患のない症例を対象にHbA1cとグリコアルブミンの同時測定を行い,その結果をプロットしたものです.両指標間の相関係数は0.747であり,両指標間には高い相関があります.このように相関性は非常に高いのですが,糖尿病の臨床における血糖コントロール指標は非常に細かい変化を問題にしますので,両者のずれ(バラツキ)が大きな問題になります.図1のグリコアルブミン=20%の所を縦に見ていくと,HbA1cは6〜8%に広がっています.これらの患者さんのコントロール状態の判定は,グリコアルブミンではかなり良好と判定されますが,HbA1cでは6%の患者さんは極めて良好となる一方,HbA1c 8%の患者さんではコントロール不良となります.全体としてHbA1cでは±1%,グリコアルブミンでは±4%程度のバラツキがあります.このバラツキは統計学的には大きなバラツキではありませんが,臨床的評価には大きな影響を与えることになります.
このような大きな乖離を示す症例がどの程度の割合で存在するかを調べてみましょう.まず,次のようにHbA1cの血糖比例部を \(GH\) とし,\(GH\) とグリコアルブミンの比を \(R\) と定義します. \begin{align} &GH = HbA1c(NGSP) - 2.15\\ &R = GA / GH \end{align} 図2に \(R\) の分布を示しますが 3〜5 に大きく広がっています.分布は4が中心で,左に比し右の方へやや長くすそを引いています.左右の形が異なるのは \(R\) がGAとGHの比をとっているためで,統計上の問題です.分布に対称性を求めるためには \(log(R)\) を用いて分布を調べるべきですが,煩雑になる割に得るものは少ないので,ここでは \(R\) のままで計算します.\(R\) の平均と標準偏差は \begin{align} R = 4.10 ± 0.50 \end{align} となりますので,かなり大きなバラツキがあることが分かります.
このようにHbA1cとグリコアルブミンには大きな個人差があり,その数値のまま単純に血糖コントロール状態を判定するのは正しくないことが分かります.そこで両指標のデータがどの程度信頼できるかを調べてみましょう.統計学的には,\(R\) のように比で与えられる数値の場合は,元の因子の誤差との間に
このようにHbA1cやグリコアルブミンには血糖が同じであってもかなり大きな個人差が存在します.個人差を発生する最大の原因は,HbA1cの場合は赤血球寿命の個人差,グリコアルブミンの場合は血中アルブミン半減期の個人差です.これまでに述べたように,血糖コントロールの安定した患者では,HbA1cおよびグリコアルブミンと平均血糖 \(G_0\) の関係は
\begin{align}
&GH = k_1 T G_0 / 2\\
&GA = k_2 τ G_0 / 0.693
\end{align}
となります.\(k_1\),\(k_2\) はヘモグロビンおよびアルブミンに対する糖化速度定数,\(T\) は赤血球寿命,\(τ\) は血中アルブミンの半減期です.これらの関係式から考えると,もし \(k_1\),\(k_2\) に大きな個人差があれば,HbA1cとグリコアルブミンの個人差を更に増大させる可能性があります.この問題について検討しましょう.
上式から,\(GH\) と \(GA\) のCVは
\begin{align}
&CV_{GH}^2 = CV_{k1}^2 + CV_T^2\\
&CV_{GA}^2 = CV_{k2}^2 + CV_τ^2
\end{align}
となります.赤血球寿命は平均的には120日とされていますが,正常者でも100〜140日のバラツキがあります.同様に,血中アルブミンの半減期にも14〜20日の個人差があります.これらが±2SDのバラツキを示すと仮定すると
\begin{align}
&CV_T = (140-100)/4/120 = 0.083\\
&CV_τ = (20-14)/4/17 = 0.088
\end{align}
となります.従って,赤血球寿命およびアルブミン半減期の個人差のみでGHとGAの個人差の大部分を説明できることになります.
糖化反応は基本的に酵素反応ではありませんので,体温や血液pHなどの影響を受ける可能性はありますが,血中の共存物質の影響はあまり受けないと考えられます.従って,\(k_1\),\(k_2\) には余り個人差はないのではないかと考えられます.
図3.HbA1cとグリコアルブミンのずれと乖離