HbA1cおよびグリコアルブミンは先行期間の平均血糖に比例します.単位血糖当たりの両指標の増加率を糖化係数と呼びます.ヘモグロビン糖化係数,アルブミン糖化係数は患者毎に異なっています.これまではこれらの係数を患者毎に正確に決定するのは困難でしたが,最近,簡便なCGM機器が使用できるようになり,これが可能になりました.本ページでは,CGMを用いてアルブミン糖化係数を決定する方法について説明し,その数学的背景を解説します.
図1.血糖が安定している場合の血糖とグリコアルブミンの関係
患者の血糖が安定している場合,平均血糖 \(AG\) とグリコアルブミン \(GA\) の関係は \begin{align} GA = AG × β_2 \end{align} となります.\(β_2\) はアルブミン糖化係数で,グリコアルブミンを%,血糖をmg/dLで表わすと,平均的患者では 0.12〜0.14 になります.しかし,個々の患者の \(β_2\) は各患者で大きく異なっています.\(β_2\) が 0.12〜0.14 の場合は,標準値からのずれは小さく,個人差は問題になりませんが,\(β_2\) がこの範囲から大きく外れると,グリコアルブミンと血糖値の間に乖離を生じ,グリコアルブミン値から正確に血糖コントロール状態を判定することが困難になります.従って,患者毎に \(β_2\) を定量することが大変重要になります.
CGMを用いて患者毎の \(AG\) が定量できれば,\(β_2\) は \begin{align} β_2 = GA / AG \end{align} で簡単に計算できます.患者毎の \(β_2\) が定量できれば,グリコアルブミン値から血糖コントロール状態を正確に判定することが可能になります.
図2.一般的な血糖とグリコアルブミンの関係
血糖コントロールが安定している場合,血糖とグリコアルブミンの関係は簡単ですが,一般的には血糖コントロールは一定ではありません.CGM機器を装着するだけで血糖が改善する症例も少なくありません.従って,単純に式(2)にCGM中の平均血糖とグリコアルブミン値を入れても,\(β_2\) を正確に計算することはできません.そこで,きちんとした計算を行うため,血糖とグリコアルブミンの一般的な関係を整理しましょう.
血糖とグリコアルブミンの関係については 第2章 2.1 で詳しく説明しましたが,時刻 \(t\) におけるグリコアルブミン値を \(GA(t)\),血糖値を \(G(t)\) とすると,両者の関係は \begin{align} GA(t) = \frac{k_2}{α} \int_{0}^{∞} W(x) G(t-x)dx \end{align} となります.\(k_2\) はグリコアルブミン産生速度定数ですが,グリコヘモグロビン産生速度定数と区別するためす \(k_2\) と添字をつけています.\(α\) は血中アルブミンの代謝速度定数で,血中アルブミンの代謝半減期を \(τ\) とすると \begin{align} α = 0.693 / τ \end{align} で与えられます.\(W(x)\) はグリコアルブミンに対する過去の血糖の寄与率を示す加重関数で, \begin{align} W(x) = α e^{-α x} \end{align} という関数です.もちろん,\(W(x)\) は加重関数ですから \begin{align} \int_0^∞ W(x) dx = 1 \end{align} となっています.
血糖値が一定値 \(AG\) の場合,この方程式は \begin{align} GA = \frac{k_2}{α} AG \end{align} となりますので,アルブミン糖化係数 \(β_2\) は \begin{align} β_2 = k_2 / α = 1.443 k_2 τ \end{align} で与えられることが分かります.
ここで \(eAG\) を \begin{align} eAG = \int_{0}^{∞} W(x) G(t-x)dx \end{align} で定義すると,\(eAG\) はグリコアルブミンに対する過去の血糖の寄与率を考慮した加重平均血糖となっています.\(eAG\) を用いると,血糖とグリコアルブミンの関係は \begin{align} GA = \frac{k_2}{α} eAG = β_2 × eAG \end{align} となり,血糖が安定している場合と同じ形の式になります.従って,\(eAG\) は有効平均血糖(effective average glucose)と呼ぶことができます.\(GA\) を測定し,CGMのデータから \(eAG\) を計算すれば,この式を用いて患者毎の \(β_2\) を計算することができます.ただし,血中アルブミンの半減期は14〜20日ですので,計算精度を考えると,少なくとも3か月以上のCGMのデータが必要になります.
図3.CGMを行った場合の血糖とグリコアルブミンの関係
実は,CGMの開始時と終了時にグリコアルブミンを測定すれば,CGMを2週間行うのみで \(β_2\) を正確に計算することができます.計算を簡単にするため,CGMを時刻 \(-S\) から時刻 0 まで行うことにします.CGM開始時と終了時のグリコアルブミン値を \(GA_1\),\(GA_0\) とすると, \begin{align} &GA_1 = \frac{k_2}{α} \int_{0}^{∞} W(x) G(-S-x)dx\\ &GA_0 = \frac{k_2}{α} \int_{0}^{∞} W(x) G(-x)dx \end{align} となります.\(GA_0\) を2つの区間に分けて計算すると \begin{align} GA_0 &= \frac{k_2}{α} \int_{0}^{S} W(x) G(-x)dx + \frac{k_2}{α} \int_{S}^{∞} W(x) G(-x)dx\\ \end{align} となります.\(W(x)\) は指数関数ですから \begin{align} W(x) = e^{-αS} W(x-S) \end{align} という性質があります.この式を用いると \begin{align} \frac{k_2}{α} \int_{S}^{∞} W(x) G(-x)dx &= \frac{k_2}{α} e^{-αS} \int_{S}^{∞} W(x-S) G(-x)dx\\ &= \frac{k_2}{α} e^{-αS} \int_{0}^{∞} W(x) G(-S-x)dx = e^{-αS} GA_1 \end{align} となりますので,式(13)は \begin{align} GA_0 = \frac{k_2}{α} \int_{0}^{S} W(x) G(-x)dx + GA_1 e^{-α S} \end{align} となります.CGM期間中の有効平均血糖 \(eAG\) は \begin{align} eAG = \frac{ \int_{0}^{S} W(x) G(-x)dx }{ \int_{0}^{S} W(x)dx } = \frac{ \int_{0}^{S} W(x) G(-x)dx }{ 1 - e^{-αS} } \end{align} で与えられますので,式(17)は \begin{align} \frac{ GA_0 - GA_1 e^{-α S} }{ 1 - e^{α S} }= \frac{k_2}{α} eAG \end{align}
図4.CGM時の \(GA_T\),\(GA_0\),\(eGA\) の関係
この式の左辺は血糖 \(eAG\) が続いた場合のグリコアルブミンの予測値(estimated glycated albumin)となっています.図5にGAの指数関数的な変化を示しますが,\(eAG\) が続いた場合のGAの収束値を \(eGA\) とすると,
\begin{align}
\frac{GA_0 - eGA}{GA_1 - eGA} = e^{-α S}
\end{align}
となります.この式を解くと
\begin{align}
eGA = \frac{GA_0 - GA_1 e^{-αS}}{1-e^{-αS}}
\end{align}
となり,式(19)の左辺が \(eGA\) であることが分かります.
図5.CGM時の \(eGA\) の異なった導き方
以上の結果をまとめると,この場合も \begin{align} eGA = \frac{k_2}{α} eAG = β_2 × eAG \end{align} となり,これまでの式と同じ形の式になります.CGMの開始時と終了時にグリコアルブミンを測定すれば,この式を用いて \(β_2\) を個別に計算することができます.
図6.CGM期間をN区間に分割する
前項の計算でCGM期間の血糖とCGM前後におけるグリコアルブミンの関係式が得られました.しかし,この式にはまだ積分が残っていますので,この式で患者さんのデータを解析するのは簡単ではないでしょう.そこで,図6のようにCGM期間をN区間に分割し,各区間の血糖を平均血糖で代表します.途中の計算は省略しますが,結果は \begin{align} \frac{GA_0 - GA_1 e^{-αS}}{1 - e^{-αS}} = β_2 × \frac{G_1 + G_2 γ + … + G_N γ^{N-1}} {1 + γ + … + γ^{N-1}} \end{align} となります.ただし, \begin{align} γ = e^{-α S / N} \end{align} です.この式も複雑ですが,\(eGA\),\(eAG\) を \begin{align} &eGA = \frac{GA_0 - GA_1 e^{-αS}}{1 - e^{-αS}}\\ &eAG = \frac{G_1 + G_2 γ + … + G_N γ^{N-1}} {1 + γ + … + γ^{N-1}} \end{align} と定義すると,やはり \begin{align} eGA = β_2 × eAG \end{align} となり,他の場合と同じ形の式になります.
【注:式の形式について】
式(25)の分母は,数学的には
\begin{align}
1 + γ + … + γ^{N-1} = \frac{1 - γ^N}{1 - γ}
=\frac{1-e^{-αS}}{1-γ}
\end{align}
と置き換えることができます.このように置き換えると式(25)は
\begin{align}
GA_0 - GA_1 e^{-αS} = β_2 (1-γ) ×
(G_1 + G_2 γ + … + G_N γ^{N-1})
\end{align}
という式になり,この式の方が一見簡単そうに見えます.しかし,式(25)の形にすると,左辺が予測GA値,右辺分数部が加重平均血糖になり,生理学的な意味が分かりやすくなりますので,この形にしています.
本法では患者毎にアルブミン糖化係数 \(β_2\) が異なるのは,血中アルブミンの代謝半減期 \(τ\) が患者毎に異なることが原因であると仮定しています.従って,解析の目的は「各患者の \(τ\) をどのようにして定量するか?」ということにあります.血糖コントロールが一定の場合は,CGMを用いて \(AG\) を計算すれば,式(2)を用いて簡単に \(β_2\) を計算することができます.そして \(β_2\) が分かれば \(α\),\(τ\) も簡単に計算できます.しかし,血糖コントロールが一定でない場合は,\(β_2\) を計算するためには,\(AG\),\(GA\) の代わりに \(eAG\),\(eGA\) を用いることが必要になります.ところが,\(eAG\),\(eGA\) を計算するためには \(α_2\) が必要です.しかし,\(α_2\) はまだ計算できていないので,普通に考えると計算が実行できません.
この問題を解く方法はいろいろありますが,代表的な方法に逐次近似法とグラフ解析法があります.
逐次近似法では式(24)を次のように変形して計算に用います. \begin{align} α = \frac{k_2}{β_2} = k \frac{eAG(α, S, N, G_1, .... , G_N)}{eGA(α, S, GA_0, GA_1)} \end{align} 目的とする患者の \(α\) は不明ですので,最初は適当な \(α\) を初期値として用います.この \(α\) を用いて右辺を計算すると,新しい \(α\) が得られます.この新しい \(α\) は最初の値より真の \(α\) にかなり近づいているはずです.この新しい \(α\) を用いて同じ計算をもう一度行うと,更に新しい \(α\) が計算できます.この計算を \(α\) が一定値に収束するまで繰り返せば真の \(α\) が求まります.このような計算法を逐次近似法と言います.いろいろな問題でこの方法がよく使われますが,最大の問題は,このようなサイクルを繰り返しても必ずしも一定値に収束するとは言えないことです.式の立て方や初期値の選び方が悪いと,振動したり発散したりすることもありますので,数学的な技術が必要です.
グラフ解析法では \(β_2\) の計算式を次の2つに分解します. \begin{align} &β_2 = k_2 / α\\ &β_2 = \frac{eGA(α, S, GA_0, GA_1)}{eAG(α, S, N, G_1, .... , G_N)} \end{align} 次いで,横軸に \(α\) を取り,広範囲の \(α\) に対して両式で \(β_2\) を計算し,グラフを描きます.両者の交点が求める結果になります.この方法では2つの曲線の形で,解が一つか,あるいは2つあり得るのかなど,逐次近似法で不明であった問題点もよく分かります.
逐次近似法とグラフ解析法のどちらが優れているか,あるいはどちらが適しているかは,問題によって変わりますが,私達はグラフ解析法を採用することにしました.