容量の関係で、この画廊から消去した過去の掲示作品や未発表のものを収容した
ぎゃらりいttab別館 を開設しました。そちらも覗いてみてください。


絵画は、1週間ないし1月ごとに逐次展示替えを行います。ときどき覗いて見てください。
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(C) Toshio Tabata
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西宮の酒どころ。阪神淡路大震災も歴史の中に遠ざかり、酒蔵が点在していたこのあたりの風景も、そのころからはずいぶん変わっただろうが、かすかにその面影を残す町並みを探して描いた。(2019.6.25)
酒蔵の街
阪神高速道路湾岸線を尼崎市末広町の河口から見上げて描く。昔、手塚治虫の漫画で描かれていた夢のような高速道路の行き交う街が当たり前の景色として見られるようになって時の流れを感じ、感慨深いものがある。(2019.6.25)
高速道路
尼崎市の湾岸をバイクで走りながらスケッチ場所を探し湾岸高速道の走る尼崎港で描いた。スケッチ中、作業船がずっとクレーンで荷揚げ作業をしていた。尼崎市末広町鶴町あたり。(2019.6.25)
作業船(尼崎港)
「エキスポ90みのお記念の森」に初めて行ってみた。箕面ダムから五月山の方に向かって上った山の中にあって、広大な園内では四季の花やいろいろな野鳥たちにも出会えそうな自然学習にもいい場所だ。その中の高所に設置された展望台への坂道である。(2019.6.23)
展望台への階段
前の絵とほぼ同じ場所。鳥取県日野郡江府町の貝田集落の田畑の中、田植えの終わった水田に写る大山を意識して構図を選んだ一枚。(2019.6.1)
大山田植えの頃
いつかテレビで「電柱・電線のない大山の風景の見られるスポット」として紹介されていたことがずっと気になっていた。地名の記憶はないのだが、google earthで目星をつけておいた場所を、今回、蒜山へきたついでに探してみた。たぶんここではないかとやってきたのが江府町貝田というあたり。開けた田畑の向こうに堂々とした山容を見せる大山が見事だ。(2019.6.1)
大山晴れ渡る
坂上田村麻呂(幼名松尾丸)を祭神とする宝塚市にある松尾神社。その参道階段下にある薬師堂である。この祠がその位置というわけではないが「木接太夫生誕の地」の幟が立てられていて、調べてみると秀吉の家来であった坂上頼泰が隠居後生誕の地、宝塚の山本郷で暮らすうちに、「接ぎ木」という植物の品種改良を発明。秀吉がこれをたたえて「木接太夫」の称号を与えたという。(2019.5.12)
木接太夫生誕地祠
箕面市石丸という地にある為那都比古(イナツヒコ)神社。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では摂津国豊島郡に「為那都比古神社二座」と記載されているようにかなり歴史を持つ神社のようである。時は令和に移り、新しい御代を祝う幟が立てられていた。(2019.5.1)
因みに、余計なことだが先般拳銃強奪事件で話題になった容疑者逮捕の場所にほど近い。
令和を祝う
北陸日本海から京・大阪へと物産が運ばれた鯖街道。その途中にある熊川宿。何度かその街道沿いの国道を通過してはいるのだが、今回初めてゆっくりと街道を散策しながらスケッチした。中山道の宿場町ほど観光化されていないが、なかなか落ち着いたいい風情が保たれている。(2019.4.20)
熊川宿昼下がり
春うららの日差しのもと、地元近辺の旧西国街道をぶらり。白壁瓦屋根の残る街道筋に桜が咲き誇る風情をスケッチ。場所は、赤穂義士で有名な萱野三平旧宅の近く。(2019.4.13)
西国街道萱野
茨木市清阪あたり。昔から採石が行われ、道路は砂ぼこりまみれ。山が切り裂かれていく姿は自然保護の観点から何かやりきれない感もあるが、人が便利な生活を求め、地域、国を発展させていくための活力の証ともいえる。複雑な思いがよぎるが、近くに咲き誇る桜は当たり前のように季節に花を咲かせている。いつまでも見られるといいのだが。(2019.4.13)
採石場と桜
箕面市萱野の畑地から集落と反対側のある市立病院をバックに、満開の桜を描く。(2019.4.13)
箕面市立病院前の桜
交野市にある神社。神様の乗り物といわれる高さ12m、幅12mもある船の形をした巨岩「天の磐船」をご神体としている。修験道の行場ともなっている岩窟など巨岩がたくさんある。その神社の前を流れる天野川にかかる朱橋だ。(2019.3.29)
磐船神社の朱橋
人づてに聞き及び、和歌山の桃源郷へ行ってみた。あまりにも有名な有田からミカンの産地であることは知っていたが、桃畑もこんなに散在していたのかと初めて知り驚いた。ここは桃源郷運動公園近くの桃畑である。(2019.3.31)
桃畑の斜面
紀ノ川沿いの堤防下の桃畑。桃の花が見頃ということで大勢の人がきていた。ここだけでなく、周辺のいたるところに桃畑があって驚かされた。(2019.3.31)
紀ノ川桃源郷
元来豊臣秀吉によって建てられたが、関ケ原の戦いの前哨戦で西軍の攻撃により炎上し焼失したそうだ。現在の天守は、伏見桃山城運動公園の一環として整備された模擬天守で、江戸時代の天守とは位置も外観も異なる。耐震基準を満たしていないため内部へ入ることができない。(2019.1.17)
伏見城
年初早々、冬の景色を求めて能勢方面へ。よく来るここ長谷の棚田は雪景色かと期待を込めてやってきたが、わずかに残る程度。とりあえずスケッチを始めていたら、気まぐれな天気で急に吹雪いてきた。(2019.1.9)
三草山のふもと吹雪く
竜飛岬から日本海沿いに国道339号(竜泊ライン)を西へ戻る。前後にも、すれ違う車も人もなく、まさに寂しいコースだったが、それが自然を満喫しうる絶景に恵まれ、思いのほか素晴らしいドライブを楽しめた。途中の峠道から遥か岩木山を望む風景を収めた。(2018.10.9)
岩木山遥か
混まないうちにと宿泊したホテルから早めに出て八甲田山ケーブル乗り場へ着いたら、すでに多くの人がたむろしている。聞いてみると、強風のためまだ運航を見合わせているという。山頂は雲に覆われているものの、乗り場付近では晴れているし風も感じないのだが、結局諦めて引き戻り、途中で描いた橋。なるほど、橋の中ほどへ行くにつれ、たっていられないほどの強風だった。(2018.10.9)
八甲田城ヶ倉大橋
青森県の竜飛崎まで来た。津軽半島の先端、ここまで車で走ったかと感慨深い。立派な339号の標識のある国道でありながら、車では通れないという日本唯一の国道。これも記念とこれは撮っておいた写真からスケッチ。(2018.10.9)
階段国道
岩手県の葛巻高原牧場にある交流館プラトーレストランハウス。いかにも「らしき」建物はアルプス風で楽しい気持ちになれる。(2018.10.9)
葛巻高原牧場朝
青森市内から岩木山の北側を回り込み日本海に沿う国道101号を走る。道の駅ふかうらに立ち寄ったその横にあった灯台。慌ててスケッチだけしたが、帰ってから調べた名前が鳥居埼灯台。なかなかかわいい灯台だった。(2018.10.8)
鳥居埼灯台
東北では岩木山もぜひ描きたいと思っていた。旅行中何度か周囲を通るのだが、雨に煙っていたり雲がかかっていたりしてなかなか全容を見ることができなかったのだが、この日ようやく空が晴れた。また雲がかかってこないうちにと、鰺ヶ沢から岩木山西面をドライブ途中, 車を止めてとりあえずスケッチ、写真と取り込んでおくことにした。(2018.10.8)
岩木山晴れる
ありがたいことに、時間が経つにつれ空は晴れ渡り、鳥海山(2236m)の全景が見事に望めた。遊佐あたりの畑地に陣取って、誰に邪魔されることもなく風景を愛でながらスケッチするという至福の時を堪能した。(2018.10.6)
鳥海山晴れ渡る
すぐ横の川の向こう側から倉庫群を眺めた。ケヤキ並木側とはまた違った雰囲気があり、物流の観点でこの川も利用されたのだろう。周辺、構図を変えて何枚も描けそうな場所だ。この絵は写真から今年に入って描いたもの。(2019.1.9)
川沿いの山居倉庫
酒田で宿泊する気にさせたのは、この風景。パンフレットなどで見知り、スケッチスポットとして記憶していた。「おしん」のロケ地としても使われていたらしい。明治26年(1893)に建てられた米保管倉庫で今も現役、一部は物産店、資料館などに内部改装して使われている。ケヤキ並木とのコントラストが何とも言えない雰囲気を醸し出している。(2018.10.6)
山居倉庫
この木造六角形の灯台は明治28年(1895年)10月20日に最上川左岸河口に竣工したが、昭和33(1958)年4月1日酒田港の拡張工事に伴い、港の中心となる高砂地区に新灯台が完成。「酒田灯台」の名称は新灯台に引き継がれ、この旧酒田灯台は酒田市に移管され、市民の憩いの場となっている日和山公園に移設。今も六角灯台と愛称され酒田港を見下ろしている。(2018.10.6)
酒田の灯台
酒田市内の日和山公園から遠く朝霞の向こうに月山を望み描く。港の近くにあるこの公園は、大阪と蝦夷地とを結んで物流で酒田を大いに栄えさせた北前船のモデルなど展示してあり、その繁栄の歴史をもたらした酒田港を眺める場所にある。 (2018.10.6)
朝の月山
新年初日の出を拝むのは清々しく、一年の平穏、健康を祈るとともに、充実した年を過ごそうと決意できる身の引き締まるものだ。この絵は、恒例としている日の出年賀状のために年末に描いたものだが、箕面の山手から見ると、生駒山の北側に朝日が上る。 (2018.12.26)
箕面山麓から見る日の出
鳥海山を描くのが目的の一つでもあった。朝、幸いにして予報が外れて晴れ行く鳥海山を描けた。山はまたいつ雲が湧き出るかわからないので、とりあえず酒田市内のホテルの窓からスケッチ。手前に見えている川は最上川。 (2018.10.6)
雲切れ行く鳥海山
道の駅「あつみ」から日本海に浮かぶ粟島を望み描いた。地点は山形県鶴岡市の早田字戸ノ浦という場所で、海岸側に遊歩道などもある広場があって、夕日の鑑賞にふさわしい。「粟島」の存在自体初めて認識したような次第だが、大陸や北朝鮮などからの漂流物も多いと聞くと随分遠くまで来たものだと実感した。 (2018.10.5)
日本海遥か粟島
このあたりは富山県の朝日町。東北へ向かう途中、「越中境」というPAに入った。そこからの眺めである。立ち並ぶコテージは何だろうと、帰ってから調べてみると、近くの朝日ヒスイ海岸のオートキャンプ場施設らしい。その名の通りヒスイが浜に打ち上げ、拾える日本でも珍しい浜砂利の海岸で長さは4kmにも及ぶそうだ。 (2018.10.5)
日本海を前にコテージ群
今回は下蒜山の麓の集落を中蒜山の方を向かって描く。行楽の中心エリヤから離れた場所なので人影もなく、さわやかな風を感じながらの気楽なスケッチ。(2018.8.5)
下蒜山のふもと
8月に行った蒜山。眺めるのはいつもほぼ同じ方角からになってしまうのだが、今回は下蒜山の麓から描く。画面の先は中蒜山、上蒜山へと連なる稜線。大山はさらにその奥になり、ここからは見ることができない。(2018.8.5)
蒜山高原
例によってスケッチドライブで散策中、以前からこのレトロな建物が目に残っていた。能勢の大ケヤキにほど近い地黄という地の、これは公会堂。このあたりは能勢の中心地だったそうなのだが、今はそんな雰囲気を感じないのどかな集落だ。(2018.8.4)
地黄公会堂
茨木市の彩都あさぎの近く。新しくできた道路のの向こうに見上げる丘の上には、コンテナトラックが数台駐車しているだけ。何となく異次元空間にいるような感覚。青空がまぶしい。(2018.7.21)
夏空、丘の上
「妙見の森ケーブル」の黒川駅。ここも何度も素通りしていたが、一度描いてやろうと思いつつようやく実現。今年の夏の暑さの中、幸い大して多くの観光客もなく、周りを気にすることなく描けた。(2018.7.21)
能勢妙見ケーブル
梅雨明け後の快晴の夏。山野は緑に包まれ、この緑の風景を描きたくなった。能勢をしばしば走っている中でいつも気になっていた「清正公前」という信号。初めてバイクなのでゆっくりその場所をめぐりつつ、休憩を兼ねてその前からスケッチ。能勢にゆかりのある加藤清正をまつった小さな祠があるのだが、その由来はまた。(2018.7.21)
緑に包まれた村
東北旅行の帰り休憩した駒ヶ根SAでスケッチした。遠方奥の山は恐らく、空木岳、南駒ケ岳とつながる山並みだろう。(2018.7.8)
駒ヶ根SAから
三陸海岸から仙台、裏磐梯、浅間山と南下し、野辺山に至る。国道から少し脇道にそれた場所から八ヶ岳を背にする方向を見て描いたもの。帰って調べてみると男山(1851.4m)であるらしい。(2018.7.8)
野辺山にて



まだまだあります。ここに掲示していた過去の作品、掲示し切れなかったそのほかの作品は ぎゃらりいttab別館 をご覧ください。


昔から日本を代表する景勝地といわれる松島である。おりしも未曽有の大雨が西日本を襲ったその時期、当地では時折降ったりやんだり程度の天気であったが、まだ言っても梅雨空。遠くの景色まではきれいには見えない。宿泊した豪華なホテルの部屋から雰囲気だけでもと描く。(2018.7.5)
松島曇り空