容量の関係で、この画廊から消去した過去の掲示作品や未発表のものを収容した
ぎゃらりいttab別館 を開設しました。そちらも覗いてみてください。


絵画は、1週間ないし1月ごとに逐次展示替えを行います。ときどき覗いて見てください。
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(C) Toshio Tabata
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ミニバイクでふらりと宝塚方面へ向かう途中、なんとなく伊丹の方へ南下。走行中に、瀟洒な建物が目に入り、近くへ行ってみると「大阪芸術大学短期大学部」。外部からはあまりいいスケッチ角度が見当たらなかったので、とりあえずすぐ横の天神川の堤防から1枚スケッチ。 (2020.8.5)
堤防下の学舎

久しぶりに美山へ行く。名水「神田(じんでん)の水」を汲むのが主目的で、今回は有名な茅葺の集落へは行かずに、給水場所の近くをスケッチした。美山町島というあたり。 (2020.7.18)
北山杉の里

道の駅「はわい温泉」は高台にあって、レストランから南に東郷池が見渡せる。名前はユニークでよく知ってが、とどまるのは初めてで、日帰り温泉にでも入れたらと思っていたら、やはりコロナウィルスの影響で、まだどこも営業自粛中だった。 (2020.6.21)
東郷池を見る

コロナウィルスに伴う他府県移動の自粛解除で、例年より少し遅くなったが蒜山行きを決行した。今回は帰路鳥取まわりとしたが、途中県道50号(東伯関金線)関金町大鳥居という地名あたりで西を見て描いたスケッチ。伯耆大山から三鈷峰、矢筈山に続く連山とその左は烏ケ山だろう。 (2020.6.21)
遥か大山の見える風景

国際文化公園都市「彩都」は、茨木市北部から箕面市東部にかけての丘陵地に作られ今も開発途上の新しい町である。何度かメイン道路を通りはしているが、初めて区画内に入り込んでみたこのあたりは、バイオや医薬等をはじめとする様々なライフサイエンス関連分野の研究・開発機能等を持つ研究所や企業を集めているゾーンらしい。(2020.6.8)
彩都の一角

彩都の区画内にある「あさぎ里山公園」から新名神高速の高架道路が見えた。少し前までまさに山の中だった風景が一変している。画面右のらせん構築物はさる物流センターの大型トラックの通路だ。(2020.6.8)
山間の新名神道

黒田官兵衛の生誕地と(地元では)いわれる黒田の庄。黒田城跡の麓、前回の絵を描いた同じ場所から東方向を向いて今回は特に立派な白壁黒塀の屋敷に焦点をあてて描いた。(2020.6.6)
黒田の庄の立派な民家

西脇市の黒田の庄黒田の田園風景。本黒田駅から東方に荘厳寺へ向かう道の途中、以前一度描いた同じ場所から少し方角を変えて南を向いて描いてみた。(2020.6.6)
黒田の庄風景

千里船場から北方を臨み描く。画面の中央に新御堂筋(国道423号)が伸びている。キューズモールなどが開かれ、箕面の新都心として開発が進み、このあたりは萱野中央と呼ばれるようになっていて現在も大阪メトロの御堂筋線延長工事や阪大の移転工事などが進められている。(2020.5.29)
萱野中央開発中

赤穂義士萱野三平の旧邸があるこのあたり、萱野の集落の外れの畑の中から描く。ところどころ白壁の蔵も残り瓦ぶき屋根の民家の多いこの風景がスケッチポイントとしてお気に入りの場所だ。前回の絵から少し東に移動して描いた1枚。(2020.5.29)
箕面市萱野昼下がり2

箕面市民病院の下の畑の中から萱野集落を描く。瓦ぶき民家を中心としたこの集落の風情がいい感じで、時々モチーフにしている。(2020.5.29)
箕面市萱野昼下がり

箕面粟生間谷の素戔嗚尊神社拝殿。建物自体はまだ近年のモノのようだ。この後、屋根の千木の見えているのが本殿である。(2020.5.7)
粟生一宮素戔嗚尊神社

粟生間谷の見過ごしそうな民家の間の道を進むと山道にかかり、わずか登っていくとこんな神社があった。地元にいながら初めて存在を知った次第だが、往古から粟生地域一円の氏子住民が奉祀してきた地域の鎮守総社で、明治初年に素戔嗚尊神社と名称が改められたそうだ。(2020.5.7)
箕面素戔嗚尊神社鳥居

新型コロナウィルスで遠出が憚れるため、地元の風景スケッチでもしようかと行先をgoogle earthで眺めながら決めたのがこのあたり。素戔嗚尊神社への山道の途中から集落を見下ろす形で描いた。(2020.5.7)
箕面粟生間谷の集落

何かとよく行く長谷の棚田だが、今回は棚田そのものではなく、ふもとの直線に続く道から正面の民家をポイントに描いた。この絵の左に棚田がある。(2020.4.16)
能勢長谷風景

新型コロナウィルスの感染防止のため外出の自粛が求められている中、若干の後ろめたさは感じながら、不要不急とまでは言えない要件の為出かけたついでに、途中でスケッチ。能勢妙見ケーブル乗り場の近く、小学校跡地が公民館に使用されている。名残の桜がせめてもの花見ともなった。(2020.4.16)
黒川公民館

平成8,9年ごろ関西花の寺(全25番)なるものを巡り歩いていたが、最近ふとした弾みに偶然目についた朱印帳を開いてみて、まだ三ヵ寺ほどもらっていないことに気が付いた。早速家から比較的近い池田の久安寺にスケッチがてらお参りしてきた。まだ緊急事態宣言が出ていない時期だったが、新型コロナウィルス騒ぎでお参りが少ない中、大変喜んでいただけた。(2020.4.6)
久安寺本堂(バン字池)

豊能町から箕面市に入ってすぐの場所である。以前からこのあたりが好きでよくスケッチはしてきたが、近ごろは私の好きな画風の画家さんがしばしばこの構図で描いておられて、改めて挑戦してみる。しかし、なかなか思うように描けないままだ。(2020.3.23)
上止々呂美風景

国道423号の豊能町川尻あたり。余野川にかかる小さな橋を渡ってみると、木材を積んだトラックが止まっていて、瞬間的にスケッチ欲が沸き上がった。描いてみると、沸き上がった熱情には遠く及ばない出来にとどまった。(2020.3.23)
製材所

余野川沿いに走る国道423号を池田方面に下る。豊能町と箕面市の境界近く、トタン保護した茅葺屋根や瓦屋根の民家の残る落ち着いたたたずまいの集落をとりあえず一枚くらいと描いてみる。桜がまだ当たり前のように咲いているのがいい。「平野」バス停の前だ。あとで調べると豊能町木代あたり。(2020.3.23)
豊能の民家

府道109号、先に描いた中野東からさらに余野に向かって少し走り、西野のあたり。畑の広がる緩やかな傾斜の中に蔵のある家屋。全体の雰囲気に田園風景の味を感じて描いたのだが、表現力はいまいちの出来に終わった。(2020.3.23)
畑の中の家

茨木の見山から豊能町の余野の方に向かってバイクで散策。府道109号を走りながら眺める景色で瓦ぶき民家のたたずまいに惹かれスケッチ。中野東というバス停が近くにあった。(2020.3.23)
山間の民家

神戸でのゴッホ展に行ったついでに明石まで足を延ばし、有名な魚棚(うおんたな)に行ってみた。2月という季節柄と、中国武漢から拡散した新型コロナウィルスの影響もあって、本来シーズンは大いに賑わうこの場所も、ほとんどの店は閉めていて客もまばら。タコ山葵など、ちょっとしたおかずとなるようなものだけ買って、港へ向かいスケッチすることにした。防波堤の向こうに淡路島の見える船溜まりだ。(2020.2.20)
明石港船溜まり

国の登録有形文化財となっている。旧波門崎燈籠堂とあり、1657年に明石藩主松平忠国によって作られたのが始まりとされている。現存する旧灯台のなかで設置年代は二番目に古く、石造りでは一番古いものだそうだ。向こうには現代の白灯台と赤灯台が見える。(2020.2.20)
明石の旧灯台

港の標識灯台は、海側から陸地に向かって右方は赤灯台、左方は白灯台を設置することになっている。この赤灯台とその向こう、淡路島に延びる明石大橋を描く。(2020.2.20)
赤い灯台と明石大橋

小さな道路の下を小さな水路が交差して流れている。その岸辺は散策路(淀緑地)になっていて河津桜の並木がある。道路の上から北側を眺めたもの。前回の絵と道路から見て反対側。 (2020.3.5)
淀の河津桜(水路)

京都競馬場のすぐ横。地図で目星をつけておいたのだが、車で走ると小さな路地に迷い込み、淀川堤防下あたりでウロウロ探していると、近くの釣り堀のおっちゃんが親切にその場所まで案内してくれた。そもそも河津桜というのは、静岡県河津町で発見された早咲きの桜で濃いピンクが特徴。 (2020.3.5)
淀の河津桜

亀岡市を流れる大堰川の東、馬路町月読の広い田畑の中にポツンとある小さな社。小川月神社とあった。神代の頃から当地に鎮座していたといい、当時は大社だったが応仁の頃、兵乱や洪水で流出し、廃絶して小祠となったという。御祭神は月読命。 (2020.2.1)
田畑の中の小さな社

いつも何となく好きな亀岡の山麓風景である。手前の山の奥にわずかに冠雪している愛宕山が頭をのぞかせている。馬路町の農道から描く。(2020.2.1)
亀岡山麓風景

「しゃくぶじ」と読む。白雉二年(651年)孝徳天皇勅願、法道仙人によって開基。第三十六代孝徳天皇の勅願所として一千三百有余年の歴史をもつ。行基菩薩により薬師堂創建、第五十二代嵯峨天皇の弘仁十四年(八二三年)勅願による三重塔創建、いずれも国の重要文化財。本尊は延命地蔵とのこと。(2020.1.18)
石峯寺(淡河)

猪名川町木津あたり。以前描いたことのあるモチーフなのだがその時は「花衣」という酒造所だった。しかし今回は酒屋でもなさそうな別の名前の会社になっていた。建物がそのまま利用されているらしいことに何やら安堵感を得た。(2020.1.18)
旧酒蔵所

明治5年創立というからかなりの歴史を持つ小学校だ。現在残されている建物は、昭和8年以前にあった校舎の規模や平面を踏襲しながら昭和10年までに改築、完成したもの。平成12年3月、統合のために閉校されたということだが、人口減という寂しい現実をここでも感じさせられる。私は見ていないが、映画「銀河鉄道の夜」のロケ地になり、舞台ともなったそうだ。(2019.11.16)
旧須知小学校

京丹波町須知(しゅうち)は古くから山陰街道や、そこから分かれて丹後や若狭方面へ向かう街道の通る交通の要衝で宿場町が形成された。ただ、明治末期に現JR山陰線が京都〜園部からさらに綾部まで迂回して延伸したため取り残された形となった。今は800mあまり続く街並みが残されている。(2019.11.16)
旧宿場町の一角(須知)

備前市片上駅から久米郡柵原町(やなはら・現美咲町)までを結んでいた旧同和鉱業片上鉄道の吉ヶ原駅から西方を望んだ廃線跡である。近年、この先に新しく黄福柵原駅が建てられ、吉ヶ原駅との約400m間を毎月第一日曜だけ保存車両の展示運転しているという。(2019.11.10)
鉄道ローカル廃線

ススキの群生でも有名な生石高原。時期的に少し遅いかと思ったが、まだその雰囲気は充分残っていて、ピクニック客も大勢訪れていた。あらぎ島の流れで立ち寄った。(2019.11.3)
生石高原

あらぎ島からの帰り道にあった。有田川の二川ダムにかかる吊り橋。自転車で通れるほど通行幅は充分の立派な吊り橋だが、やはり揺れる。スケッチの方が主で、ほんの四分の一程度途中まで行って引き返してしまったのだが、今思えばせっかくなので渡り切ってみたらよかった。(2019.11.3)
有田川蔵王橋

年賀状用に毎年日の出を求めてきたが、今年は瀬戸内海からの日の出を選んだ。瀬戸内市虫明湾に面した養殖用筏の並ぶ海を狙い、車1台がやっとの地道を走って絶好の場所を発見。瀬戸の日の出名所の看板があった。(2019.11.10)
瀬戸の日の出

何かの写真で知り何年も前から行きたかったのだがようやく実現した。有田川が極端に180℃屈曲する円周内の棚田が見たかった。ちょうど見下ろせる道沿いにちょっとした展望所が設けてあるのだが、先ごろの大雨で展望所真下の崖が崩れ、その部分だけ通行立ち入りが禁止されていたので、ギリギリの場所から見下ろし、スケッチ。収穫も終わり、棚田は二番穂で緑色。(2019.11.3)
あらぎ島

箕面の山麓にあるスポーツ施設スカイアリーナを前にある噴水公園から描く。秋晴れの11月初旬だが、まだ山は紅葉していない。(2019.11.2)
箕面スカイアリーナ

少し日にちはさかのぼる。秋晴れに誘われてミニバイクでスケッチ散策。箕面から東へ少し走って大阪モノレールの陸橋をくぐり少しのところ。小さな川(勝尾寺川)にかかる橋の上から山手を望む。大きなビル群が目立つのは彩都。開発の推進は自然が損なわれるのと表裏一体。複雑な思いにも・・(2019.11.2)
茨木市山麓宿久庄風景

紅葉の季節なのにこのところ紅葉の絵を描いていなかったのに気づき、遅ればせながら北千里の住宅地に「三色彩道」を描きに行った。落葉もかなり進んでいたがまだ美しく、紅葉を楽しむ人たちが大勢来ていた。(2019.11.26)
三色彩道2019年秋

岡山県牛窓にほど近い虫明あたりから瀬戸内海を望む。瀬戸内海らしい養殖用の筏群の向こうが長島、さらに遠くに小豆島が見える早朝の風景。(2019.10.15)
夜明けの瀬戸内風景




まだまだあります。ここに掲示していた過去の作品、掲示し切れなかったそのほかの作品は ぎゃらりいttab別館 をご覧ください。