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ひろみママの「急性リンパ性白血病」闘病日記
〜空に捧ぐ〜

闘病日記 目次

地固め療法Hyper CVADコースB 2クール ('06.11.29〜12.22)


2006.11.29 地固め療法としてHyper CVADコースB 2クールめ始まる。「薬剤 メソトレキセート キロサイド」
今日の朝、息子が「ママ、病院に行かないで」と半べそでくっついて離れない。私も泣けてくる。幼稚園のしたくが進まず遅刻してしまった。かわいそうだけど、息子との未来のためにママは頑張らなければ!!気持ちを入れ替えて入院。そして、IVHでまたまた事件?発生。今日は、主治医U医師に初めてカテーテルを入れてもらうことになったが、うまく鎖骨下静脈に入らず、入ったとおもったら神経をさわり右腕がビビビィ〜!ラストチャレンジでのぞむも動脈をかすり血がふきだした!怖すぎてなんだかボッーとなる・・・40分格闘の末、場所をかえて太ももの付け根のところに無事挿入。こんなこと、入院の度にするんだと思うと泣きたくなるよ・・・

2006.11.30 昨夜、大大大事件勃発!IVH後から急に咳が出るため20時から胸のレントゲンを撮ったら、カテーテル挿入で肺に穴があき肺が縮んでいる状態に…気胸!!医療ミスだ!唖然呆然…涙がでる、、必死で処置をしてくれているK医師と看護師さんにもう嫌だと訴えて泣いた。胸腔ドレナージは猛烈に痛くて抜管。深夜0時までレントゲンやCTを撮り酸素吸入をして寝るけど熟睡なんてできるはずもない…抗がん剤の治療も延期になった。私は、痛いばかりの日々の処置や治療に大きなストレスを感じながらも生きるために必死で頑張ってきた。それなのに、それなのに・・・当日担当のH看護師さんにも「立ち直れない」と泣き、看護師長さんにも「ショック、治療もおくれるし不安になる」と泣いた。
朝、再度、呼吸器科のT医師により胸腔ドレナージ、痛くて痛くてまた泣く。U医師から「私のミスや、大変なことになってごめんなぁ」と言われる。パパとの面談でも「奥さんからの信頼を無くしてしまったので信頼を回復できるように全力で治療にあたります。」と謝罪があった。K医師も私に「ごめんなさい。ごめんなさい」と何度も何度も頭をさげ、必死で夜遅くまで処置をしてくれた。U医師も胸腔ドレナージ中、ずっと私の手を握り励まし続けてくれた。私はなにも悪くないのに、無駄な治療が増え、無駄な痛みをともない精神的な苦痛が増え、本来すべき大切な治療は延期になった。もう、最悪だ。それは事実だけど、、、どうしようもないし、文句を言って気胸が治るわけでもないし、、、つべこべ言わず前を向いて頑張るしかない。U医師もK医師も胸腔ドレナージ中もつきっきりで、みんな私のために必死だった。呼吸器科のT医師は女医さんだけど、処置後、汗が顔からポタポタと流れていた。先生達もいつも必死で頑張ってくれている、と思う。そんな中で起こってしまったこと・・・もう二度と起こってほしくないけど・・・。山あり谷あり、まぁこんなこともあるさ・・・

2006.12.1 今日、前回同じ病室で胃がんで頑張っているFぅちゃんから、白血病で4回移植をして克服し、元気にテニス教室にも通っているというOさんを紹介してもらう。初めて、臍帯血移植で元気になっている人に会えてすごく嬉しい。しかも、Oさんが、私と家もご近所で私の幼稚園ママ友のお友達であることも判明。すごく近くに同じ病気のママさんがいたんだぁ、そして、出会えて何か巡り会わせを感じる。小学生2人のママであるFぅちゃんと小学生と年長さんのママであるOさんと母親としての気持ちも共有できてなんだか元気になってきた。出会いや自分に起こってくる様々なこと全てが必然なんだと思えば、私にふりかかった医療ミスも何か意味があるものだと思うしプラスにかえていきたい。気胸も肺がもとの大きさまで膨らんで順調。

2006.12.2 今朝、5時にトロッカー(胸に挿入している管につながれているホースのような太いチューブ)がはずされた。朝10時のレントゲンで肺が膨らんでいるままならOK。5時間の間、センチネカルシール(トロッカーにつながっているシリンダーみたいな水槽のような箱??)を持ち歩かなくてよくなった。昨日、レントゲンに行く途中、前同室だったおばさんに廊下で会ったが、私の鼻からは酸素、胸からは太いチューブがぶらさがりセンチネカルシールを持って車いすに乗ってる異様な姿を見て、見てはいけないものを見たという顔をしていた。そりゃそうだ、状況を知らなければ突然重病人(ホントに重病人には違いないけど)みたいになってる姿にびっくりするよな〜。レントゲンの結果、肺はトロッカーをはずしたら少し縮んでしまっていたため、少なくとも、明日まではトロッカー&センチネカルシールぶらさげ生活が続くことになった。ぐっすん・・・K医師が「肺の穴をふさぐのは治癒力です」と断言。治癒力かあ・・治癒力ねぇ・・。

2006.12.4 悪夢の気胸から無事生還〜!!トロッカーがはずされた。U医師が「ご苦労さまでした。」と頭を下げた。U先生、本当に苦労しました。何度も針を抜いたり刺したりされて、本来、する必要もない無駄な治療に精神的ショック・・痛かったし辛かったし怖かったし・・悲しかったです!!そして、K医師から「太ももの付け根からのカテーテルは血栓ができやすいので、今回の入院中は安静にしてください。」と言われて、そんなこと聞いてないよ〜で、またまたテンション下降気味。

2006.12.5 6日遅れで抗がん剤治療開始。本来は嫌な抗がん剤治療だけど、やっとできるのねぇ、と今回はなんだか嬉しい。寛解が維持できていますように。深いところまで寛解できますように。そして、今日、自衛隊くんが骨髄移植をふくめて4ヵ月の入院生活を終えて無事退院。おめでとう。気胸になったときも自衛隊くんからのメールに本当に救われた。いつも励ましてくれて楽しい話をありがとう。それから、お昼すぎ、2週間前に退院された美容師のKさんが、外来診察の後、入院病棟に来てくれて一緒にサンドイッチを食べた。とても元気で仕事にも復帰しているとのこと。嬉しいなぁ〜。

2006.12.7 今日、午前中、胃がんで頑張っているFぅちゃんと4回移植をして見事に白血病を克服されたOさんが外来診察の途中で顔を見に来てくれた。ふたりから元気をもらい勇気100倍になった。ありがとう!そして、午後、私のプチ退院中に無事退院された元幼稚園の先生Tさんが、これまた外来診察の途中で顔を見に来てくれた。私とTさんは担当の先生が同じ。「U先生とK先生のコンビを信じて元気になれたし、ふたりの先生を信じてたら絶対大丈夫やから」と励まされ元気100倍になった。ありがとう!気胸事件でへこんでいるところにいいタイミングでFぅちゃんや、同じ病気を克服されたOさんやTさんが来てくれて、本当に精神的に救われた。嬉しいなぁ。やっぱり神様っているのかな?いるよね、きっと。っと喜んでいたら、夕方、37,9度の発熱!ガガガ〜ン!だけど、あったかいお茶を飲んで、氷枕で頭を冷やしたら寝るときには平熱ちかくまで下がって、とりあえずホッ〜。

2006.12.8 今日、院内のクリスマスコンサートに点滴台をがらがらとひきずって行って見た。院長先生のファゴット、血内I医師のチェロ演奏、看護学生達のクリスマスソングの合唱とハンドベル。クリスマスには関係ないけど、ピンクレディメドレーなんていうのも振りつけで披露してくれた。あと、2週間でクリスマスかぁ。家に帰って息子と一緒に過ごしたいなぁ・・・

2006.12.11 Bコースの治療も終了し太ももの付け根からのカテーテルは、とっとと抜いてもらうことにした。いつもはプチ退院の時に抜くのだけど、太ももの付け根に針が入っていると動きにくいしズキズキしてきたので「K先生、お願い」ということで抜管。気胸の傷口も抜糸。怖くてドキドキしたけど、さっぱりすっきり。ところが、またまた問題発生!今度は、腕から点滴のルートがとれない!3度針を刺しなおしても右腕から左腕にかえてもダメ。右腕は腫れてしまう。痛いよ〜。ほんっとに針ばかり何度も刺される毎日で嫌だ、嫌だ、もう嫌だ!限界だよぅ!でも、同じ病気の子供達も同じことをされて頑張ってるんだと思うと母である私がへこたれてはいられない!血管さん、カモーン、ベイビーとばかりに腕をあたため「一番上手い先生を呼んで」と看護師さんにこっそりと注文。しばらくして主治医U先生が登場し「輸血しなあかんし絶対入れるから」と頼もしいお言葉どおり無事に針も入り、赤血球の輸血ができてホッー。U先生が言うには、腕を使ってきた人は、小さなおばあちゃんでも太い良い血管があるそう。プチ退院の時は、息子を抱っこして腕をきたえることにしよう。

2006.12.13 白血球が230まで下がり、看護師長さんから「明日から無菌室ね〜。」個室にあきがないらしい。いつものパターン。まぁ仕方ないな。季節が季節だし、咳をしている患者さんもいるし、ノロウイルスも怖いし、念の為、箱入り娘になりましょう。血小板も17,000まで下がって輸血となり、善意にまたまた感謝です。血小板の献血は、時間がかかり大変です。無駄にすることなく、最後の一滴まで使わせていただきました!ありがとう!

2006.12.15 無菌室、箱入り娘生活2日目。白血球は90まで下がり、赤血球225万、ヘモグロビン6,8、ヘマトクリット20,5%、血小板17,000で久しぶりに赤血球と血小板のダブル輸血となった。血小板については私と同じ型が不足していると言われて少しドキリとし、本当に善意なしでは生きていけないことを実感。そして、今日も名も知らぬあなたの善意で生かされて感謝です。ありがとう!病気を克服して元気になることが善意への恩返しだな。負けないぞ!今朝の採血担当はベテランのT看護師さんだったので「右腕からいってみる?」と血管が細いらしい?右腕にトライしてもらったら、入院してはじめて上手く右腕の血管から採血ができた。やればできるよ〜!こんな小さなことでも嬉しい私です。

2006.12.17 今日、初めて息子が無菌室にお見舞いにきた。とはいっても、小さい子供は入室禁止なのでガラス越しの面会。つらいよ〜。会話は電話でするのだけど、なんだか寂しくて泣いてしまいそうだった。今、こんな状況では、移植になったら1ヶ月以上は無菌室暮らしになるのに、どうなることか、、先が思いやられるな〜。もう少し強くならなければ!!息子の小さい心も寂しさと不安でいっぱいだと思う。ごめんね。ママは絶対元気になって、おうちに帰るからね。ガラス越しに見せてくれた恐竜の絵、上手だったよ。お好み焼きの差し入れをありがとう。

2006.12.18 毎日、嫌いなグラン注射を打って、今日の白血球は、まだ130。しょんぼり〜。血小板も過去最低の7,000まで下がってしまい、血小板の輸血となった。ここが我慢のしどころだな。K医師から「熱も微熱くらいで頑張ってますね」とお褒めの?言葉。できるだけ頑張って食べて免疫力をUPさせて、クリスマスは家に帰るぞ!!

2006.12.20 今日の採血で白血球は1,930。いい感じ〜。だけど、ヘモグロビン5,8、ヘマトクリット17,2%は過去最低で、またまた赤血球の輸血となりました。名も知らぬあなたの善意の一滴一滴に感謝です!大切な時間を献血に使ってくれてありがとう。

2006.12.22 今日、パパが会社をお休みして息子と病院にマックを持ってきてくれた。CMを見て美味しそうだったので、ピタマックをリクエストしてみたけど、食べてみたらイマイチだった。それから、明日から3泊4日の外泊許可がでた。イブイブ&イブ&クリスマスを息子と家で過ごせることになった。そして、血小板が23,000のため、外泊にそなえて念の為に血小板の輸血をした。またまた、善意に感謝です。これで、外泊中、息子との闘いごっこもOKかしらん?!

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