新説・炎の紋章

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新説・炎の紋章


第四章  「俺の炎だ!」

 コノートを制圧し、残るはグランベル中心部。

 アーサーはセリスの命で、ティニーと共にフリージへ向かっていた。

「お兄様、これからどうなさるおつもりですか?」

「俺は俺の使命を全うするだけだ」

 そう答えたアーサーに、ティニーが少し悲しげな表情を見せた。

「どうした? 親族殺しの汚名を着る兄は嫌いか?」

「いえ……そうじゃないんです」

「そうか」

 それきり、二人は黙々と走り続けた。

 

「ヒルダ様、コノート落城です!」

 部下の報告を聞いても、ヒルダは身じろぎ一つせずに答えた。

「そうかい。セリス軍は、こっちに向かってるんだね?」

「はい! ヒルダ様、御命令を!」

「出撃はなしだよ。お前達は無血開城の為に準備しな」

「ヒ、ヒルダ様ッ?」

「聞こえなかったのかい? この城で防衛戦はしないよ」

 ヒルダの言葉を打って出ると取った部下は、ヒルダに更に命令を求めた。

「では、我々も御供をお許し下さい」

「聞いてなかったのかい? フリージはあたしとその親衛隊を残して、白旗上げろって言ってんだ」

「ヒルダ様?」

「あたしは闘うのを待ってる相手がいるんだよ。お前達は新時代の為に、生き残るんだ。このフリージを頼むよ」

 それまでとばかりに立ち上がったヒルダに、部下は泣いた。

 泣き顔を伏せる部下を置き去りにして、ヒルダは親衛隊を集めて出陣した。

「アーサー、あたしを殺しに来なさい。お前以外に殺されるつもりは、さらさらないからね……」

 そう呟くヒルダの顔は、数年ぶりに化粧ののりがよく、美しかった。

 

 ティニーを伝令に走らせ、アーサーはフリージ軍の前に立ちはだかった。

「我が名はアーサー=ヴェルトマー。新時代の為、ヒルダ、お前には死んでもらう!」

 アーサーがそう叫ぶと、親衛隊はヒルダへの道を開いた。

 アーサーがその中を悠然と進むと、ヒルダが美しい笑みで出迎えた。

「よく戻って来たね」

「あぁ。両親の仇・ヒルダ、お前を殺すために」

「そうかい。それじゃ、あたしの親族をことごとく殺してくれたアンタには、しっかりお礼をしないとねぇ!」

 アーサーが馬から下りる。

 それを待って、ヒルダは魔道書を掲げた。

「このボルガノンに、お前は何で戦いを挑む?」

「エルファイアーに決まってんだろ。俺もアンタも、フリージの人間じゃないんだ。ヴェルトマー同士の戦いは、
 炎の戦いだ

「よくぞ言った。そう、このヒルダ、あくまでヴェルトマーの公女。全身全霊をかけ、お前を試す!」

 二人の周囲を巻く炎が、山に残る根雪を溶かしてゆく。

 アーサーとヒルダの炎は、共鳴しあうかのように次第に大きさを増していった。

「……少しはマシになったようだね」

「アイーダが、俺を鍛えてくれた」

「あの娘か……アルヴィスも、粋な真似をしたものさね」

「俺はヴェルトマー家の皆に支えられて作られた。アンタにも世話になった」

「お前がヴェルトマー家の夢を継ぐんだ。その実力がなければ、この場で死んでもらうよ」

「来い、ヒルダッ」

 ボルガノンとエルファイアーが衝突する。

 魔術レベルの差はあろうとも、所詮は魔力の違いがものをいう。

 アーサーの炎は、ボルガノンを飲み込み始めた。

「これは……アゼルの炎かッ」

 相手の魔力を自分の魔力へと取り込んでいく様をみて、ヒルダは嬉しそうに叫んだ。

「まだまだ、この程度じゃ終わらんぜッ」

 炎の衝突した直前の位置から、槍のような炎が飛び出しては、炎に突き刺さる。

「これはあたしの炎……」

 炎の共演に、ヒルダの親衛隊はおろか、セリス軍までもが戦いを止めていた。

 それほどに二人の対決は美しく、猛々しかった。

「あたしのお株を、奪うんじゃないよッ」

 一度炎を引き払ったヒルダは、猛然と迫る炎をかわし、アーサーに鋭い炎の矢を向けた。

「炎の矢ってのは、こういうのを言うんだよッ」

 炎特有の螺旋を描きながら、前方から迫り来る炎を、アーサーは炎の壁で対抗した。

 炎の壁に巻き込まれた矢は、一緒になって燃え盛り、周囲には炎の燈が煌々と燈ることになった。

「それは、アイーダの炎壁防禦ッ?」

「俺は全てを吸収する! これがアルヴィスの炎だ!」

 まるでメティオのような炎撃が、ヒルダを襲う。

 が、ヒルダは軽い動作でその全てをかわしきると、アーサーを睨み付けた。

「真似事だけじゃ、ヴェルトマーを継ぐ資格はない」

「……そしてこれが、俺の炎だ!」

 

「……アーサー、強くなったな」

「伯母上」

「伯母上か……イシュタルのこと、頼んだよ」

 フリージ城の私室に横たわるヒルダは、アーサーに体を抱きかかえさせた。

「布団の上で死ぬのは嫌いでね」

「伯母上……必ずや」

「お前ならやれるさ。ヴェルトマーの全てを受け継ぎ、お前自身の炎も生まれた」

 最後の力を振り絞り、ヒルダはアーサーを抱き寄せた。

「この者に、ファラの御加護を……聖痕に支配されない、新しい世の中を」

「必ず」

 言葉を続けようとして、ヒルダは微笑んだ。

「ブルームは、どんな死顔だったかい?」

「この腕の中で、笑顔で逝かれました」

「ふん……あいつにしちゃいい出来だ。ブルーム、今…いく……今度は…お前の……妻として」

 目を閉じ、ヒルダは息を引き取った。

 

 最後までヴェルトマーの公女として生きた女性の、フリージとヴェルトマーの終焉を告げる死であった。

 

 彼女の死後、フリージはティニーによって再建された。

 ヒルダに始まったフリージ女王の伝統は、最後まで絶えることはなかったという。

 いつまでも女王が君臨しつづけたフリージは、グランベルで唯一であり、その配下もまた、グランベル一の
忠誠心と献身的な態度であったと言い伝えられている。

 

 ヴェルトマーの夢は、アーサーがヴェルトマー公主となり、リーフがトラキア王となったことで、達せられた。

 彼らの聖痕に囚われないと言う理念は、少しずつ全国に普及していく。

 

 

 暗黒教団を徹底的に破壊し、大陸全土を巻き込んだ騒乱を仕立て上げ、スケールの大きなビジョンによって
行動し続けたヴェルトマーの4聖人は、今もなお、彼らの好んだ場所で、彼らの愛した者と眠りつづけている。

 アゼル=ヴェルトマー  ティルテュ=ヴェルトマー    ヴェルトマーのアゼルの家にて永眠。

 アルヴィス=ヴェルトマー  アイーダ=ヴェルニッジ   バーハラ・アルヴィス邸にて永眠。

 ヒルダ=フリージ  ブルーム=フリージ          フリージ城内にて永眠。

 

 彼らの眠りを妨げる者はいない。

 誰も、彼らを恨む事はない。

 彼らの行動は、歴史の波に埋れてゆくだろう。

 そして、いつかは伝説となる。

 

<新説・炎の紋章  了>