新説・炎の紋章
新説・炎の紋章
第四章 「俺の炎だ!」
1
コノートを制圧し、残るはグランベル中心部。
アーサーはセリスの命で、ティニーと共にフリージへ向かっていた。
「お兄様、これからどうなさるおつもりですか?」
「俺は俺の使命を全うするだけだ」
そう答えたアーサーに、ティニーが少し悲しげな表情を見せた。
「どうした? 親族殺しの汚名を着る兄は嫌いか?」
「いえ……そうじゃないんです」
「そうか」
それきり、二人は黙々と走り続けた。
2
「ヒルダ様、コノート落城です!」
部下の報告を聞いても、ヒルダは身じろぎ一つせずに答えた。
「そうかい。セリス軍は、こっちに向かってるんだね?」
「はい! ヒルダ様、御命令を!」
「出撃はなしだよ。お前達は無血開城の為に準備しな」
「ヒ、ヒルダ様ッ?」
「聞こえなかったのかい? この城で防衛戦はしないよ」
ヒルダの言葉を打って出ると取った部下は、ヒルダに更に命令を求めた。
「では、我々も御供をお許し下さい」
「聞いてなかったのかい? フリージはあたしとその親衛隊を残して、白旗上げろって言ってんだ」
「ヒルダ様?」
「あたしは闘うのを待ってる相手がいるんだよ。お前達は新時代の為に、生き残るんだ。このフリージを頼むよ」
それまでとばかりに立ち上がったヒルダに、部下は泣いた。
泣き顔を伏せる部下を置き去りにして、ヒルダは親衛隊を集めて出陣した。
「アーサー、あたしを殺しに来なさい。お前以外に殺されるつもりは、さらさらないからね……」
そう呟くヒルダの顔は、数年ぶりに化粧ののりがよく、美しかった。
3
ティニーを伝令に走らせ、アーサーはフリージ軍の前に立ちはだかった。
「我が名はアーサー=ヴェルトマー。新時代の為、ヒルダ、お前には死んでもらう!」
アーサーがそう叫ぶと、親衛隊はヒルダへの道を開いた。
アーサーがその中を悠然と進むと、ヒルダが美しい笑みで出迎えた。
「よく戻って来たね」
「あぁ。両親の仇・ヒルダ、お前を殺すために」
「そうかい。それじゃ、あたしの親族をことごとく殺してくれたアンタには、しっかりお礼をしないとねぇ!」
アーサーが馬から下りる。
それを待って、ヒルダは魔道書を掲げた。
「このボルガノンに、お前は何で戦いを挑む?」
「エルファイアーに決まってんだろ。俺もアンタも、フリージの人間じゃないんだ。ヴェルトマー同士の戦いは、
炎の戦いだ」
「よくぞ言った。そう、このヒルダ、あくまでヴェルトマーの公女。全身全霊をかけ、お前を試す!」
二人の周囲を巻く炎が、山に残る根雪を溶かしてゆく。
アーサーとヒルダの炎は、共鳴しあうかのように次第に大きさを増していった。
「……少しはマシになったようだね」
「アイーダが、俺を鍛えてくれた」
「あの娘か……アルヴィスも、粋な真似をしたものさね」
「俺はヴェルトマー家の皆に支えられて作られた。アンタにも世話になった」
「お前がヴェルトマー家の夢を継ぐんだ。その実力がなければ、この場で死んでもらうよ」
「来い、ヒルダッ」
ボルガノンとエルファイアーが衝突する。
魔術レベルの差はあろうとも、所詮は魔力の違いがものをいう。
アーサーの炎は、ボルガノンを飲み込み始めた。
「これは……アゼルの炎かッ」
相手の魔力を自分の魔力へと取り込んでいく様をみて、ヒルダは嬉しそうに叫んだ。
「まだまだ、この程度じゃ終わらんぜッ」
炎の衝突した直前の位置から、槍のような炎が飛び出しては、炎に突き刺さる。
「これはあたしの炎……」
炎の共演に、ヒルダの親衛隊はおろか、セリス軍までもが戦いを止めていた。
それほどに二人の対決は美しく、猛々しかった。
「あたしのお株を、奪うんじゃないよッ」
一度炎を引き払ったヒルダは、猛然と迫る炎をかわし、アーサーに鋭い炎の矢を向けた。
「炎の矢ってのは、こういうのを言うんだよッ」
炎特有の螺旋を描きながら、前方から迫り来る炎を、アーサーは炎の壁で対抗した。
炎の壁に巻き込まれた矢は、一緒になって燃え盛り、周囲には炎の燈が煌々と燈ることになった。
「それは、アイーダの炎壁防禦ッ?」
「俺は全てを吸収する! これがアルヴィスの炎だ!」
まるでメティオのような炎撃が、ヒルダを襲う。
が、ヒルダは軽い動作でその全てをかわしきると、アーサーを睨み付けた。
「真似事だけじゃ、ヴェルトマーを継ぐ資格はない」
「……そしてこれが、俺の炎だ!」
4
「……アーサー、強くなったな」
「伯母上」
「伯母上か……イシュタルのこと、頼んだよ」
フリージ城の私室に横たわるヒルダは、アーサーに体を抱きかかえさせた。
「布団の上で死ぬのは嫌いでね」
「伯母上……必ずや」
「お前ならやれるさ。ヴェルトマーの全てを受け継ぎ、お前自身の炎も生まれた」
最後の力を振り絞り、ヒルダはアーサーを抱き寄せた。
「この者に、ファラの御加護を……聖痕に支配されない、新しい世の中を」
「必ず」
言葉を続けようとして、ヒルダは微笑んだ。
「ブルームは、どんな死顔だったかい?」
「この腕の中で、笑顔で逝かれました」
「ふん……あいつにしちゃいい出来だ。ブルーム、今…いく……今度は…お前の……妻として」
目を閉じ、ヒルダは息を引き取った。
最後までヴェルトマーの公女として生きた女性の、フリージとヴェルトマーの終焉を告げる死であった。
5
彼女の死後、フリージはティニーによって再建された。
ヒルダに始まったフリージ女王の伝統は、最後まで絶えることはなかったという。
いつまでも女王が君臨しつづけたフリージは、グランベルで唯一であり、その配下もまた、グランベル一の
忠誠心と献身的な態度であったと言い伝えられている。
ヴェルトマーの夢は、アーサーがヴェルトマー公主となり、リーフがトラキア王となったことで、達せられた。
彼らの聖痕に囚われないと言う理念は、少しずつ全国に普及していく。
暗黒教団を徹底的に破壊し、大陸全土を巻き込んだ騒乱を仕立て上げ、スケールの大きなビジョンによって
行動し続けたヴェルトマーの4聖人は、今もなお、彼らの好んだ場所で、彼らの愛した者と眠りつづけている。
アゼル=ヴェルトマー ティルテュ=ヴェルトマー ヴェルトマーのアゼルの家にて永眠。
アルヴィス=ヴェルトマー アイーダ=ヴェルニッジ バーハラ・アルヴィス邸にて永眠。
ヒルダ=フリージ ブルーム=フリージ フリージ城内にて永眠。
彼らの眠りを妨げる者はいない。
誰も、彼らを恨む事はない。
彼らの行動は、歴史の波に埋れてゆくだろう。
そして、いつかは伝説となる。
<新説・炎の紋章 了>