日本食文化の醤油を知る -筆名:村岡 祥次-



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第8章 醤油の特性・健康成分




第9章「醤油の賞味期限」に進む

 第8章 醤油の特性・醤油に含まれる健康成分


醤油の原料に含まれる栄養成分と健康効果


醤油は日本古来の伝統ある発酵調味料であり、その安全性の高さは食の歴史により証明されています。日本の伝統的な発酵食品の中には多くの秘められたパワーが存在します。欧米型の食生活と健康指針が日本に導入されてから、現代栄養学によって、最近、しょうゆに含まれる塩分が問題となっています。高血圧や心臓病の予防には塩分を控えることが必要で、厚生労働省の1日あたりの塩分摂取量の目標値は男性8g女性は7gに設定されています。しかし、身体に合った適量の塩分の摂取も必要で、健康な血液の保持に欠かすことのできないものです。

醤油は塩分を多く含む食品のひとつと言われ、偏った知識から生活習慣病をもたらし、健康に良くないと思われてきました。しかし、近年の研究で日本の伝統食や発酵醸造食品の醤油のさまざまな有効成分が明らかになりました。日本料理とともに発達した日本独自の発酵調味料である醤油の摂り方しだいでは、人の健康維持・増進や疾病の予防につながる食品(調味料)ということが解明されつつあります。



現在、日本だけでなく欧米においても高齢化社会に入り、健康志向の高まりから、ラードやバターなど動物性の油脂を使う調味料に代わる味つけとして注目されつつあるのが日本の発酵を利用した調味料です。日本の伝統的な和食が生活習慣病の予防に良いと見直されてきているのです。


栄養バランスのよい献立、和食の見本
主食(米などのエネルギ)・主菜(魚・肉・卵などのタンパク質)・ 副菜や汁物で野菜などのビタミン・ミネラル・食物繊維を取り入れましょう。


醤油は大豆・小麦・塩を主原料に作られています。大豆にはビタミンB1・葉酸・カリウム・鉄・カルシウム・亜鉛・ビタミンE・リンなど、さまざまな栄養成分が含まれており、とくにビタミン&ミネラルの含有量が多いのが特徴のひとつです。
ビタミンB1は糖質をエネルギーに変える働きや神経機能を正常に保つ効果が期待できます。ビタミンEは脂溶性ビタミンの一種で、活性酸素の働きを抑える抗酸化作用を持っています。また五大栄養素のミネラルは成長を促進し、骨の健康を保ち、細胞の機能を維持する効果などが期待できます。

醤油のカロリーは、一般的な本醸造醤油は大さじ1杯(15ml)あたりで11kcal、減塩タイプも同じく11kcal、丸大豆醤油は12kcalです。ほかにも、うすくち醤油は9kcal、あまくち醤油は12kcal、さしみ醤油は14kcal、生(なま)醤油は15kcalです。


■醤油の主な効能
醤油は、その豊かな味わいを活かした調味のほかに、調理に欠かせない様々な効能があります。最近では塩分を減らした醤油が販売されていますが、塩分が少ないと効果は低くなる可能性があります。
  • しょうゆには、大腸菌等を短時間で死滅させる殺菌力があります。これは成分中の乳酸やその他の有機酸類と、ある程度濃度の高い塩分とが共存して働き合うからです。また、人間の身体に欠かせない有用なアミノ酸を数多く含んでいます。特にその内のリジンとスレオチンは、主食の米やパンに含まれていないので貴重なものです。
  • 醤油は複雑且つ繊細なバランスで成り立っています。醤油には300種以上の香気成分が含まれると云われています。醤油のにおいに関与する成分には、魚や肉などに由来する生臭さを緩和する働きを示します。醤油の特長は香気だけではありません。
  • 醤油には五味(甘味・酸味・塩味・苦味・うま味)が揃っており、その複雑な組成から相乗現象、対比現象、相殺(抑制)現象、変調現象などの味覚の特殊現象が起こります。例えば、塩鮭に醤油を掛けると相殺現象により塩味が抑制されます。また、煮豆を作る際には醤油を入れると甘味が増すのですが、これは対比現象により甘味が強調されるからなのです。

[ 消臭効果 ] … 肉や魚の生臭みを消す
醤油に含まれる香りや成分には、魚や肉の生臭さを消す作用があります。 刺身を醤油につけると、生臭さが和らぎ、より美味しくいただけます。
醤油の中のアミノ酸の一種、メチオニンが変化したメチオノールという物質に消臭効果があるため、醤油には生臭みを消す大きな働きがあります。日本料理の下ごしらえで使う「醤油洗い」は魚や肉の臭みを消す効果的な方法です。

[ 加熱効果 ] … 食欲をそそる香ばしさ
加熱すると、醤油の中のアミノ酸と糖分が反応を起こし、美しい照りが出ます。また、この反応は芳香物質を生むため、香ばしさも増します。
醤油と砂糖やみりんを合わせて加熱すると、アミノ酸と糖分がアミノカルボニル反応をおこし、食欲をそそる香りと、美しい照りが生まれる。すき焼き、照り焼き、蒲焼き、焼き鳥など。

[ 殺菌効果 ] … 塩分と酸で食品の日持ちをよくする
醤油は含まれる塩分などの効果によって、殺菌力を発揮します。そのため刺身の漬け丼など、魚や肉を醤油に浸して保存する知恵が伝えられてきました。
醤油には、塩分と有機酸が含まれているため、大腸菌などの増殖を止めたり、死滅させる効果があります。しょうゆ漬けや佃煮などはこの効果を利用して日持ちをよくしたものです。

[ 対比効果 ] … 甘みを一層ひきたてる 
甘い煮豆に少量の醤油を加えると甘みがいっそう引き立ちます。少量使うことで主体の味を引き立たせるのがこの「対比効果」です。

[ 抑制効果 ] … 塩味を和らげる
醤油に含まれる香味成分や乳酸などには塩味をやわらげる力があります。
塩しゃけ、漬かりすぎた漬物や、塩辛いものに醤油をたらすと、塩辛さが抑えられることがあります。これは醤油の中の有機酸類(香味成分や乳酸など)に塩味を和らげる力があるためです。

[ 相乗効果 ] … だしにしょうゆを入れると味が引き立つ
醤油は味覚の基本要素と呼ばれる旨味、塩味、甘味、酸味、苦味の5つの味が含まれている調味料です。醤油を加えるだけで、味に深みが生まれます。醤油の中のグルタミン酸が、鰹節の中のイノシン酸と働きあうと、深いうま味が生まれます。両方の味がともに引き立つ効果。そばつゆ、めんつゆ、天つゆなどがよい例です。


醤油に含まれる健康成分
ギャバ
ギャバはアミノ酸の一種です。正式名称のγ-アミノ洛酸(Gamma-Amino Butyric Acid)を略して ギャバと言われています。
ギャバは主に人間の脳内に微量に存在する抑制性の神経伝達物質です。ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンなどは、それぞれの持つ役割を神経細胞の興奮を高める事で伝える、興奮性の神経物質である一方、 ギャバはその刺激が伝わらないように神経細胞の興奮を抑える、抑制性の神経伝達物質です。 今では、精神安定剤などの不安を抑えてくれる薬の多くに、この ギャバの働きを強める成分が使われています。

ギャバには、精神安定作用及び血圧低下作用。そして、脳の血流を改善し、脳代謝を活性化する働きがあることから、アルツハイマーや記憶力の向上などにも効果的とされています。また、肝機能を向上させることで、中性脂肪による肥満を防止するなどが報告されています。

■大豆ペプチド
大豆ペプチドは大豆発酵食品に含まれており、大豆のたん白質が酵素分解することで得られる成分です。
大豆ペプチドのペプチドとは、たん白質がアミノ酸として分解吸収される一歩手前の分子結合のことで、たん白質とアミノ酸の中間に位置するものです。その為、効能はアミノ酸のものと似ているのですが、違いは吸収スピードの速さ、つまり即効性です。アミノ酸は1個づつ吸収されるのに対し、ペプチドは一気に複数まとめて吸収されるのがその理由です。

大豆ペプチドの期待できる効能としては、悪玉コレステロールを減らし、善玉コレステロールを増やしたり、エネルギー代謝促進、脂肪燃焼促進といったダイエット面に効果的な作用があると言われています。その他に大豆ペプチドは筋肉の損傷を防ぎ、さらに損傷した場合もすばやく修復といった筋肉疲労の予防や筋肉の増強など運動能力を増強する効果も注目されています。さらに大豆ペプチドはアンジオテンシンというホルモンを作る酵素の働きを阻害するため、血圧上昇も抑制する働きがあると言われています。

■サポニン
醤油は大豆が主原料ですので、サポニン、イソフラボン、レシチンといった大豆由来の有効成分があります。ですから醤油だけではなく、大豆でできている味噌、豆腐、豆乳、納豆、すべてに入っています。サポニンは、過酸化脂質の生成防止や血中コレステロールなどの低下、動脈硬化の防止に有効です。

出典/参考
健康マトリックス http://kenko.it-lab.com/ 、他Web


しょうゆ自体が持つ働き、醤油の健康効果(生体調節機能)

●食欲増進作用
しょうゆは食物の味や香りをひきたてるだけでなく、胃液の分泌を促し、消化・吸収を助け食欲を増進させる働きがあります。
群馬大学の研究によると、患者の胃液を検査する際に、通常使用するカフェイン溶液の代わりに「お澄まし」の濃度に薄めた本醸造醤油を飲ませたところ、通常以上に多量の胃液が採取できたということが報告されています。

●殺菌作用
醤油には強い殺菌力があります。醤油の殺菌力は乳酸と適度な塩分による浸透圧の作用、酸性ph、アルコールなど総合して発揮するといわれています。
昔から魚や肉をしょうゆに浸して保存する知恵が伝えられています。これはしょうゆに強い殺菌力があることを、人々が体験的に知っていたのだと思われます。この殺菌作用を利用したものがマグロのづけや福神漬けです。
醤油には殺菌効果があることもよく知られています。高濃度の食塩や乳酸による酸性pH,アルコールなどの作用によって、例えば大腸菌などは、室温30℃の条件下で9日で検出限界以下となります。しょうゆが間接的にでも食中毒を防ぐ働きがあることは事実のようです。

●ビタミン破壊抑制作用
野菜を炒めたり煮たりすると、せっかくのビタミン類が壊されてしまう、とよくいわれますが、その煮物をしょうゆで味つけすると、材料のビタミンB1がそれほど壊されず、安定していることが実験でわかりました。これはしょうゆに含まれるアミノ酸の作用によるものと考えられています。
また、しょうゆにはビタミンC酸化酵素(ビタミンCを酸化型ビタミンCに変え、その効果を台無しにしてしまう酵素)の働きを抑制する力もあります。

●血糖値の上昇を抑える作用
醤油に含まれるタウリン、メラノイジンに血糖値の上昇を抑える作用があります。タウリンは膵臓のはたらきを良くしてインシュリンの分泌を促し、血糖値を下げる作用をします。メラノイジンは糖の吸収を抑えるはたらきがあり、血糖値の上昇を抑えてくれる作用があります。

●抗酸化作用
しょうゆは油脂(リノール酸)に対して強い抗酸化作用を示すことが知られています。メラノイジンに強い抗酸化作用があります。醤油の香味成分にビタミンCを上回る抗酸化作用があると報告されています。酸化防止作用があるということは、食品の保存性や安定性を高めることにつながり、さらには老化や成人病の予防にも役立つ可能性がある、ということにもなります。

●抗腫瘍作用(制がん作用)
原料の大豆に由来するポリアミンという成分にがんを抑制する作用が確認されました。
しょうゆの持つ抗酸化作用の延長線上には、抗腫瘍作用(制がん作用)もあることがわかりました。しょうゆの中の胃ガンを抑える物質について研究を続けたところ、それは主な香り成分のひとつであるHEMFであることが明らかにされたのです。
醤油の香りの成分は、現在確認されているものだけも約300種類あるそうです。そして、その中でも、HEMFというフラノン化合物(甘い香りです)が代表的なもので、本醸造醤油の香りの主成分となります。このHEMFという成分は、醤油の原料である大豆や小麦には含まれておらず、醤油の醸造過程でつくられる成分で、実験によると胃ガン発生率が、およそ3分の1に抑えられたという報告もあるようです。

●血圧降下作用
しょうゆに、実は血圧を下げるヒスタミン吸収促進成分が含まれていることはあまり知られていません。様々な実験の結果、血圧を下げる物質がしょうゆの中に含まれていることが確認されました。
醤油に含まれる血圧を下げる成分は、ペプチド、タウリン、ニコチアナミン、メラノイジンです。ペプチドの中の特定のアミノ酸を有するものが、血圧を上げるアンジオテンシン変換酵素を阻害するはたらきをして血圧を下げる作用があります。アミノ酸の一種ニコチアナミン、醤油の色(褐色色素)の成分メラノイジンもペプチドと同様の作用で、血圧を下げる作用があります。タウリンは血液中のコレステロールや中性脂肪を減らします。
他にも、血圧の上昇を阻害する物質の一種で、大豆に由来するニコチアナミンという物質が、含まれていることも確認されました。
 

醤油を犬に2~4cc/kg(犬の体重を3kg とすると6~12cc)与えると、約一分後から急激に血圧が20~80mmHg・20~66%低下し、30分~1 時間持続後正常に復帰するという実験があります。胃壁の血液量も増加し、食欲の増進が見られます。
これは、イソフラボン等が多量にあるからですが、特筆すべきはイソフラボンが醸造中に変化し酒石酸誘導体になった、醤油フラボンが強い抗ヒスタミン性(アンギオテンシンⅠ変換酵素(ACE)の阻害能)を持っているからです。醤油フラボンは抗酸化性や抗腫瘍性も強いものですが、これは醤油、味噌以外の自然界には存在せず、大豆を原料とした醸造物のみに存在するものです。お茶に含まれるカテキン(これもフラボン類です。)同様、他の薬品のような毒性がありません。

参考/キッコーマンしょうゆ博物館、筑波大学「食のコラム」、大徳醤油株式会社、あいち産業科学技術総合センター食品工業技術センター、他



醤油の機能性に関する研究 [古林万木夫]
「生物工学会誌,第86巻,第2号 65-72.2008」より以下を記する。

鉄分と醤油の関係
平成16年国民健康・栄養調査結果によれば、鉄分の摂取不足が指摘されている。特に女性では一日あたり約3mgの鉄が不足しており、通常の食品(食事)を通じて自然に鉄分を摂取することが困難な状況にあるといえる。
また、成人女性の約10%は鉄欠乏性貧血であり、約40%は鉄欠乏状態(貧血予備軍)であるといわれている。(中略)1976年から1995年にかけて国立健康・栄養研究所が栄養素寄与情報を調査し、健康栄養情報基盤データベースとして構築している。驚くべきことに70年代では醤油は卵に次いで鉄の栄養素寄与が高く、80年代以降でも醤油は米,卵,ほうれん草などに次いで鉄の栄養素寄与が高いことが明らかとなった。
この事実はあまり知られていないことであろう。さらに1990年には、Baynesらの研究により「醤油は鉄分の吸収を促進する効果がある」ことが臨床試験で明らかにされている。(中略)醤油には抗アレルギーや鉄分吸収促進に有効な機能性成分SPSが相当量存在している。醤油の新しい機能性の発見が、醤油を基本とした日本食の復権だけでなく健全な食生活に結びつけば幸いである。
これまでは単に醤油中に存在するだけの多糖類として認識されていたSPSが、十分実用的かつ魅力的な醤油由来の機能性成分であることが次第に明らかになってきた。
※SPS:醤油醸造では麹菌の生産する各種酵素により原料の分解が進行し、例えば大豆や小麦に含まれるタンパク質は抗原性を示さないアミノ酸やペプチドにまで低分子化されて、醤油の重要な旨み成分となる。一方、大豆の多糖類は、麹菌酵素による分解を受けて可溶化するものの完全には分解されず、製品醤油中においても約1%程度存在している。これを醤油に含まれる多糖類として「醤油多糖類(SPS: shoyu poly-saccharides)」と総称している。





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