日本食文化の醤油を知る -筆名:村岡 祥次-



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第4章 本醸造醤油の製造工程




第5章「現在の醤油造り」に進む

 第4章 本醸造しょうゆの製造工程


醤油の製造
醤油は、蒸した大豆と煎った小麦に麹菌( こうじきん)を生育させた「麹」と食塩水を混合して約半年程度醸造発酵する中で、麹菌の生産する加水分解酵素群により大豆の蛋白質や小麦の澱粉がアミノ酸やグルコースに分解され、これらを醤油酵母や醤油乳酸菌が資化することで酵母発酵と乳酸発酵が行われて醤油独自の色、昧、香りか形成された後、濾布などで固体と液体を分離して液体部分を取り出し、さらに液体から不溶物を珪藻土濾過などで除去した清澄な液体である。製品として出荷する際に一般的には、さらにより濃厚な醤油香や色をつけること及び商業的滅菌も兼ねて加熱処理を行う。

このようにして作られた醬油を「濃口醬油」といい、現在、醬油といえばこの濃口醬油をいう。これに対して、小麦を煎らずに使い、塩分の濃度も高いのが、関西地方で使われる「薄口醬油」である。薄口醬油は色も薄く料理の素材を引き立てる調味料として、関西方面の料理に古くから使われていた。さらに、小麦を全く使わないのが、「溜醬油」である。濃い色と濃厚な味を特徴とする溜醬油は名古屋や三重県を中心に使われている。
また、近年では製品として出荷する際に加熱処理を行わない生(なま)醤油も出荷量が増えてきている。

〇こうじ菌とこうじ
こうじ菌は子嚢菌(しのうきん)類のカピで、黄こうじ菌と黒こうじ菌に大別される。清酒,みそ,しようゆ,食酢,みりんなどの生産に用いられる黄こうじ菌には、Aspergillus oryzae や A.sojae がある。黒こうじ菌には、焼酎に用いられる A.kawachii や沖縄の泡盛の醸造で使われる A.awamori などがある。これらは、日本で独自に育成された固有のカピで、種こうじの生育には木灰を用いて純粋に培養する工夫などがされてきた結果得られた。中国で用いられるこうじは Rhizopus 属(クモノスカビ)が主である。

下に本醸造方式による「こいくち醤油」の製造工程を示します。
製造工程
  1. 丸大豆は洗浄後、水に浸せき(大豆に適度に水分を吸収させる)する。
  2. 麹菌が繁殖しやすいように、高圧蒸気で指でつまんでつぶれるくらいまで蒸煮(蒸し)する。これにより大豆のタンパク質の性質が変わり、麹菌の酵素の作用を受けやすくなります。
  3. 小麦は炒ってから(炒り)、細かく割砕する。でんぷんがアルファ化し、麹菌の酵素のはたらきを受けやすくなります。
  4. 麹菌の成育には、適度な温度と湿度が必要です。蒸した大豆と炒った小麦を混合し、種麹(麹菌の胞子)を加え、25~30℃に保たれ、湿度95%以上に調整した麹室に入れて3日程かけて醤油麹をつくる(製麹:せいきく)この間、麹菌が均一に繁殖するように、全体をかき混ぜる《手入れ》という作業を2回行います。3日経つと、大豆と小麦の表面に黄色胞子(麹菌の色)がびっしりと付き黄色がかった色となります。《出麹》
      
  5. 出来上がった麹(こうじ)と食塩水を混ぜて発酵させます。(仕込み)、6から12ヵ月かけて、発酵、熟成した諸味(もろみ)となります。食塩水を加えたところで、麹菌のつくりだした酵素が働き始めます。こうしてもろみは、木製の大樽あるいは仕込みタンクの中でゆっくりと発酵・熟成し、醤油の色・味・香りが醸し出されていきます。
  6. 熟成させた諸味(もろみ)を濾布に包み、数日かけて徐々に圧搾機で圧搾し、生しょうゆと粕に分けます。この醤油が生揚(きあげ)醤油です。
  7. 生揚げ醤油を加熱殺菌(火入れ)します。 火入とは加熱することで、香味・色沢の調熟、殺菌、酵素の失活、熱凝固物の除去が行われます。醤油の香ばしい風味はこの火入で生まれます。最後に火入によって生じたオリ(沈殿物)をろ過して、醤油のできあがりです。
  8. 昔ながらの方法、本醸造方式で作った醤油は、大豆の蛋白質が分解してできる20種ものアミノ酸の旨味、大豆の脂肪分が分解してできるアルコール分などの風味もよく、とてもおいしいのです。

参考資料 大塚謙一:醸造学(株式会社 養賢堂)1996、モダンメディア61巻10号2015[身近で活躍する有用微生物]



しょうゆの科学

■【醤油の成分】
深みのある味と独特の香りをもつ「醤油」。含まれる成分によって想像以上に色々な働きを持つ。「大豆」には畑の肉と呼ばれるほどたんぱく質が豊富に含まれており、このたんぱく質は麹菌によって分解され、造られていく過程で酵母、乳酸菌などの微生物の働きを受けて、醤油特有の旨味や色と香りの成分に変化する。
一方、「小麦」はデンプンを多く含み、主に醤油の香りを作り出す原料として使われている。また、「塩」は雑菌による腐敗を防ぎ、麹菌などを緩やかに働かせる大切な役割を担っている。

醤油は、もともと発酵などの製造過程を経ることにより、酵母という微生物の働きを利用してブドウ糖を体内の酵素によってアルコールに変える。このため、醤油は「アルコール」分を1~2%含む。これは醤油に生育してくる産膜性酵母(いわゆる醤油のカビ)の防止が目的である。保存料などの添加物を使わないで雑菌を防ぐためにアルコールを添加する場合がある。
醤油の栄養分は、原料となる大豆や小麦の栄養分がそのまま含まれており、ビタミンB2・B6・マグネシウム・リン・鉄分・カリウム、葉酸、亜鉛など、ビタミンBとミネラルが豊富に含まれている。


■【しょうゆ成分の変化-主役は微生物の働き】
醤油の原料は、大豆と小麦、そして塩と麹だけ。醤油づくりは、まず、蒸煮した大豆と、炒って砕 いた小麦を混ぜて麹カビ(種麹)を植え付けて「しょうゆ麹」にします。できたしょうゆ麹に食塩水を加えてタンクに仕込み、「諸味(もろみ)」と呼ばれる混合物を6か月~8か月間発酵、熟成させます。この間に、麹菌・酵母・乳酸菌などの有用な微生物は「諸味」中の大豆や小麦に作用します。
麹カビ(種麹)の働きが、大豆のタンパク質をうま味のある味に、小麦の炭水化物のデンプンを甘みに変えます。塩の存在は、雑菌による 腐敗を防ぎ、有用な耐塩性の酵母と乳酸菌のゆるやかな酵母発酵と乳酸発酵を支え、熟成期間中に醤油独自の色と香りを醸し出します。そして、独特の香りと色。 これらはすべて発酵と熟成によって作られます。

醤油の旨味は、大豆と小麦に含まれるタンパク質が、麹菌の酵素で分解され、醤油の旨味成分の"アミノ酸"に変化します。醤油の甘味は、小麦の炭水化物のデンプンが麹菌の酵素に働きで"ブドウ糖"に変り、大豆の油脂成分は醸造中に甘みのもととなる"脂肪酸"と"グリセリン"に分解されて甘味成分が出来ます。
さらに、ブドウ糖が乳酸菌により"乳酸や酢酸などの有機酸"に変化し、塩味を和らげ、醤油の味を引き締めます。ブドウ糖の一部は酵母の働きで"アルコール"に変り、アルコールと有機酸が反応してエステルが生じて香り成分を作り出します。
醤油の色も麹菌の酵素によって原料成分の分解・発酵で生まれた成分で、小麦のデンプンからつくられるブドウ糖と大豆のタンパク質からつくられるアミノ酸との褐変反応でメラノイジン色素が生じて醤油特有の色となります。
塩は仕込みの段階で水に溶かし加えられ、塩味のもとになります。また、乳酸菌や酵母といった有用な微生物をゆるやかに働かせるために重要な役割を担っています。醤油の塩分は、濃口醤油で16~17%あり、海水の約5~6倍にもあたりますが、それほど塩辛く感じないのは乳酸菌の働きによって乳酸発酵を行い、つくられた乳酸や酢酸が塩味をやわらげ、深みのある味をつくりだしているからです。


■【しょうゆの味】
醤油を口に含むと、心地よい酸味、苦味、こなれた塩の味、かすかな甘み、揮然一体となったうま味が残ります。味覚を構成する5原味の甘、酸、鍼(塩辛い)、苦、うま味を醤油はすべて含んでいます。



・「甘味」成分
今日の化学調味料は多くのアミノ酸を混合する傾向にあるが、醤油は自然そのままの調和のとれたアミノ酸混合物である。醤油の甘味はブドウ糖のほか甘いアミノ酸類やグリセリンなどによる。
小麦のでんぷんが醸造中にブドウ糖に変化。全体の味を柔らかくし、丸みを持たせる働きがある。醤油にはグリコース、アラビノースなど15種類の糖類が3~5%含まれており、中でもブドウ糖が最多である。また1%以上のグリセリンなどの糖アルコールやグリシン、アラニンなどの甘味アミノ酸などが含まれている。

・「酸味」成分
耐塩性乳酸菌による乳酸発酵により作られる乳酸などの有機酸は酸味などのもとになる。 1~2%含まれている乳酸が主で、リン酸(1%以上)、ピログルタミン酸、コハク酸、クエン酸、酢酸など15種類の有機酸が含まれている。
最もおいしく感じられる酸味はpH4~5のpH(酸性・アルカリ性の基準値)であるが、本醸造醤油のpHは、4.7~4.8の弱酸性で、最もおいしく感じられる値になっていると同時に、醤油自身の香りや色の安定にも役立っている。

・「塩味」成分
仕込みの時に加える食塩が塩味成分で、濃口醤油の濃度は17%前後。海水の濃度の5~6倍にもなり強い殺菌効果を発揮するが、酸味やうま味等の他の成分によって和らげられるため、それほど塩辛くは感じない。

諸味中における原料成分の溶解・発酵・熟成も約16% の食塩濃度で進行する。諸味での食塩濃度が15% 以下では濃度が下がれば下がるほど醸造が難しくなる。
醤油は、食塩存在下で腐敗を防ぎつつ、耐塩性微生物の働きにより醸造する調味料である。健康面からの声もあるが、低い塩分濃度にしてしまうと理想的な発酵が行われず、おいしい味と香りが生まれなくなる。

・「苦味」成分
苦味成分は醤油の中に数種類含まれ、コクを与える隠し味的存在となっている。
ロイシン、イソロイシンなどの苦味アミノ酸やペプチド類などが苦味の成分であるが、塩味や酸味でマスキングされ、苦さというよりは醤油にコクを与える隠し味的な存在となり味全体に締まりを与える。

・「うま味」成分
食塩17%の醤油が食塩3%しか含んでいない海水よりもはるかに薄く感じるのは、醤油には塩味を消す多くの旨味成分が入っているからである。醤油のうまみの主因はタンパク質原料に由来するグルタミン酸と考えられている。
原料の大豆、小麦のタンパク質が麹菌のタンパク質分解酵素(プロティナーゼ、ペプチダーゼ、グルタミナーゼなど)によって分解され、生成される約20種類のアミノ酸(グルタミン酸、グリシン、リジン、アラニン、アスパラギン酸など)が醤油のうま味を作り出す素となっている。
中でも大きな働きをするのはグルタミン酸で、良質の濃口醤油には1.5%程含まれている。塩味:グルタミン酸の最もおいしいと感じられる比率は10:1で、醤油はその比率に近い。


■【しょうゆの香り
しょうゆ中には約300種類の香気成分が確認されているが、その中でも醤油に特徴的な成分は主に酵母が生成する。酵母は種々な香気成分を生成するほかに、コハク酸やグリセロールといった味に関与する成分も作る。
300種近い香気成分を列挙すると、バラやヒヤシンスなどの花、りんご、桃、パイナップルなどの果実、日本酒やウイスキーなどの酒、各種の酢、パニリンや丁字などの香辛料、砂糖その他の食品をこがした時に出るカラメル様の甘いおいしそうな香り等である。これらの成分の中で特に香味の強いものは十億分の1が水に溶けているだけでもわかるようなものがあり、醤油には、それらの成分が百万分の1とか3とかが入っている。これらの香りの成分は、大豆と小麦でこうじを造り、もろみを十分に発酵させないとできないこともわかった。
醤油の香りは非常に複雑で、原料の配合、麹菌、酵母、乳酸菌、発酵の強弱、精製管理、添加物の種類等によって微妙な違いを生じてくる。その主なものは、醤油の醸造中にアルコール類、エステル類、フェノール類、含流化合物、フラノン類等が、続いて、火入れの時、加熱によってアルデヒト類、アセタール類等が、増加・生成したりする。


■【しょうゆの色】
しょうゆの色はアミノカルボニル反応で生じるメラノイジン(褐色色素)によるもので、特に火入れのときに赤みの強い色か形成される。
昔から醤油は「むらさき」と呼ばれて、食卓におけるその美しさをも私たちは賞味してきた。醤油の色は、アミノ酸類や糖質などの呈味成分が反応しあってできたものである。醤油の色は、透明感のある鮮やかな赤橙色(せきとうしょく)である。しょうゆの色は黒ではなく、透かしてみると実は赤紫をしている。醤油の色は発酵熟成中、若しくは火入れの段階でメラノイジンと呼ばれる褐色物質を生成するためと考えられている。

メラノイジンが形成されることにより醤油は独特の赤褐色となる。「メラノイジン」という物質は、諸味中(小麦から生まれるブドウ糖と大豆のタンパク質から作られるアミノ酸が熟成中に反応してメラノイジンができる)での反応は弱酸性下にて還元状態で進行するため赤味のある色物質ができる。
しかも、赤みより青みの方がより増色するため、濃くなるばかりでなく黒ずんだ色になる。この酸化反応は、温度が高い程早く進み、直射日光によって促進される。醤油は加熱によっても色が濃くなるが、この場合は、青みよりも赤みの方が濃く付くので、黒ずむというよりは明るい色調になる上、芳ばしい焦げた香りを伴うので、風味も良くなる。



参考資料:第一三共ホームページ、財団法人日本醤油技術センター、しょうゆ情報センター、おいしさを科学する「発酵」、日本食品機能研究会(JAFRA)「食塩が原料、しょうゆの科学と歴史」、ソルト・サイエンス・シンポジウム2011「塩と生活」、日本水産株式会社PR誌「ニッスイGLOBAL」




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