<一年B組担任、数学科、矢沢詠子のその日>

「皆さん・・・おはようございます!」
 私の挨拶で、一時間目の授業が始まる。私は、いつものように説明をしながら黒板に向かって問題を書いていた。一応教室内は静かで、授業をよく聞いているように見える。しかし、その中に一人、そうでないものがいた。
 私は視線はその、心ここにあらずな表情の生徒のところで止まった。中谷君だ。学校でたった一人の男の子が、ただでさえ目立つのにこの状態ではなお目立つ。
「中谷君!」
 私の声に、彼は不意をつかれたように飛び上がった。
「ハイ!」
「何、ボーッとしているの?成績は良くても、集中していないとすぐに成績は落ちるわよ!」
 そこでいいことを思いついた私は、言葉を切ると、にっこりと笑った。
「それとも・・・気になる可愛い女の子でもいるのかな?」
「いえ・・・そういうわけでは!」
 彼は、慌てて言った。
「女の子は良いわよ・・・」
 私は、思わず呟いた。昨日の全校集会をサボった彼にもう一度チャンスを与えよう。聖母様の御慈愛を授かるチャンスを。
「今日の放課後に、補習をします。職員室に来るようにね!」
 私は、そう言うと授業に戻った。もちろん補習の後は・・・


 放課後、中谷君が職員室にやって来た。
「それじゃあ、始めましょうか?」
 私は、中谷君と教室に行くと、数学の補習を始めた。時々、私の胸元や脚の方に視線が動く。やはり高校一年生ぐらいだと女性というものに興味津々な年頃なのだ。それはかえって好都合かも知れない。女性に興味があるのだから、聖母様に女性として生きることを与えていただくのに抵抗がないかも知れない。どちらにしろ、もうすぐ彼も聖母様の御慈愛を授かって女の子に生まれ変わるのだ。そのことに変わりはない。
「こら・・・どこを見ているの?」
 私は、笑いながら彼の頭をこつんとしてやった。
「どうもすいません・・・」
 謝る中谷君。窓の外は、すっかり暗くなっている。
「中谷君も・・・女の子だったら、こんな風になるわよ」
 わかっているかいないのか、中谷君は不思議そうな顔をしている。そろそろ頃合いだ。
「そろそろね・・・中谷君、行くわよ」
「どこにですか?」
「付いて来ればわかるわ。」
 私は席を立った。彼もついてくる。
 礼拝堂に近くなったところで彼の足が止まった。
「どうしたの?」私は振り返って、彼の顔色を見た。彼なりに恐怖感があるのだろう。
「いえ・・・補習が終わったのなら・・・そろそろ帰りたいのですが・・・」
 彼は、おずおずと言った。
「いいわよ・・・でも、帰る前に礼拝堂でお祈りをして帰ってね」私はにっこりとして言った。
 突然、礼拝堂の影から、山田さんと高橋さんが現れた。2人は、僕を挟むように左右に立った。
「2人とも、どうしてここに」
「これから、聖母様にお祈りをするの」
 山田さんが、にっこり笑って言った。
「中谷君も行こう!」
 二人が彼の腕を掴んだ。彼は、反射的に振り払おうとしたが、二人はニコニコしながら中谷君の腕をしっかりと掴んでいた。
「中谷君も、これから素晴らしい人生が送れるわ!」
 私は、にっこり笑いながら言った。でも本当のことだ。もうすぐ彼にもこの意味が分かる。


 大きな礼拝堂の中には、全校生徒と、教職員が集まっていた。男は、彼一人だ。
「よく来たわね・・・」
 家庭科の小島先生が彼の前に現れた。
「先生・・・僕を家に帰して下さい!」
 彼は、恐怖感からか叫んでいた。なにも怖がることはないのだが、この状況では仕方あるまい。
「・・・すぐに帰してあげるわよ・・・その前に、聖母様にお祈りしてね・・・」
 小島先生は、彼の横に立った・・・山田さんと高橋さんも、彼の腕から手を放すと後ろを塞ぐように立っている。彼の前には、聖母像の前まで通路が広がり、その両横には、全校生徒と、教職員が立っている。私と、高橋さん、そして山田さんは微笑みながらそんな彼の様子を後ろで見守っていた。
 彼は、ふらふらと聖母像の前に向かって歩いて行った。小島先生が、彼の横を一緒に歩いて行く。聖母様の前に来た。ぼやぼやしている彼に私は言った。
「ひざまずいて、祈りなさい・・・」
 彼は、床に膝をつくと両手を合わせた。
 聖母様が光った。目が眩んだのか彼は膝をつき、床に手をついて体を支えていた。聖母様の腹部から聖母様の臍の緒が伸び、彼の腹部に繋がった。
「なんだよ!これは!!」
 彼は、驚いたのだろう。体を起こすと聖母様の臍の緒を引き千切ろうとするように引っ張っていた。しかし当然ながらそれは外れない。無駄なことだ。彼は女の子になる運命なのだ。それは、彼がこの学園に来た時点で決まっていたことだ・・・
 私たちも、膝をついて聖母様に祈りを捧げることにした。
「それは、聖母様の臍の緒よ・・・それを通じてあなたは生まれ変わっていくのよ・・・かつて・・・私がそうなったように・・・」
 小島先生が呟くように言ったのが、私の耳にも入った。
「ああ・・・・あああっ!!」
 それが聞こえていたのかわからないが、彼は悲鳴ともつかぬ声を上げていた。臍の緒を通じて聖母様の御慈愛が授けられていく。中谷君は生まれ変わり始めた。
 サラサラになった髪が伸び、耳にかかる。体は、だんだん小さくなっているようだ。彼の腕は、柔らかく細くなって行き、色は白くなっていく。
「ああ・・・そんな・・・!」
 叫んだ彼の声は、透き通るような高い声になっていた。
「女の子・・・まさか!」
 彼は、ようやく気が付いたようだ。彼が、これから女の子に生まれ変わるということを・・・この学校の男性は、教職員も、今年入学した男子生徒たちも、全て女性になっていったということ・・・そして、それは純心に来たものの運命だということを。
「嫌だあっ!!」
 彼、いやもうほとんど彼女になりかけているが、は叫んだ・・・しかし、当然だが変化は納まらない。ズボンは膝丈のブルーのチェックのプリーツスカートにかわり、そこからは白く綺麗な脚がのぞいていた・・・それが今の中谷君の脚だ。その脚を、紺色のハイソックスが包んでいる。  詰襟の学生服は、紺色の女子の制服、ブレザーに変わり、胸のあたりは、ふっくらと膨らみ、その胸には、赤いリボンが結ばれていた。カッターシャツは、柔らかい肌触りの白いブラウスに変わっていった。

 変化は終わった。中谷さんは、みんなと同じ、女子高校生に生まれ変わった。
「お疲れ様・・・もう帰っていいわよ!」
 小島先生が笑顔で彼女に言った。彼女は、ボーッとした頭で家に向かって帰って行った。
「皆さんも、お疲れさまでした」
 小島先生の声で、私たちも解散した。


<一年B組:中谷 光彦>   <一年B組:高橋 佳代>   <一年B組:山田 明乃>

<翌 日>