<一年B組、山田明乃のその日>

 私は、いつものように学校に向かっていた。
「おはよう!」
 わたしの横を、ロングヘアーを靡かせながら、長身の女の子が駆けていった。同じクラスの佳代だ。
「おはよう」わたしもそう応えた。
「中谷君、おはよう!」わたしが声をかけようとした直前に、佳代が中谷君に挨拶をした。彼はウチのクラスで、いや全校でただ一人の男子生徒だ。
「ああ・・・おはよう・・・」
「元気?」
 彼女が、朝から彼の左腕に腕を絡める。中谷君はただ一人の男子だけど、見るからにもてるという感じでもない。佳代も朝からからかうことないのに、と思った。
「行きましょう!」
 彼女は、彼の顔を覗き込んでにっこり笑った。そして寝ぼけた顔の中谷君と二三言かわして彼を引っ張っていった。
 わたしは校門をくぐった。今日もまた一日が始まる。まずは礼拝堂にお祈りをしに行くことからだ。


「中谷君!」
 矢沢先生の声に、中谷君がびくっと反応する。どうやらボケッとしていたのを見つかってしまったようだ。
「ハイ!」
「何、ボーッとしているの?成績は良くても、集中していないとすぐに成績は落ちるわよ!」
 先生は、そこで言葉を切ると、にっこりと笑った。
「それとも・・・気になる可愛い女の子でもいるのかな?」
「いえ・・・そういうわけでは!」
 彼は、慌てて先生に言った。
「女の子は良いわよ・・・」
 先生は、呟くように言った。
「今日の放課後に、補習をします。職員室に来るようにね!」
 先生は、彼にそう言うと授業に戻った。
 先生も意地悪だ。先生はたぶん中谷君を礼拝堂に連れて行くつもりだ。
 わたしも見物に行こう。面白そうだ。


 放課後、佳代と二人で中谷君を待つことにした。佳代も、わたしのアイデアに「面白そう」と喜んでつきあってくれた。どちらにしろお祈りはするのだ。
 やがて、矢沢先生に連れられて、中谷君がやってきた。
 私たちは、彼を挟むように左右に立った。
「2人とも、どうしてここに」驚いている中谷君。思ったとおり、面白い反応だ。
「これから、聖母様にお祈りをするの」
 わたしは、にっこり笑って言った。
「中谷君も行こう!」
 佳代が、彼の腕を掴んだ。わたしも、反対の腕を掴む。彼は、反射的に振り払おうとしたが、私たちはおもしろ半分で、まるで連行するみたいにがっちりと彼を押さえた。
「中谷君も、これから素晴らしい人生が送れるわ!」
 矢沢先生が、にっこり笑いながら言った。
 わたしたちは、中谷君を引きずるように礼拝堂に入っていった。


 大きな礼拝堂の中には、全校生徒と、教職員が集まっていた。もちろん、男は彼一人だ。彼は、なにかおどおどした顔をしている。
「よく来たわね・・・」
 家庭科の小島先生が中谷君の前に現れた。
「先生・・・僕を家に帰して下さい!」
 彼は叫んでいた。
「・・・すぐに帰してあげるわよ・・・その前に、聖母様にお祈りしてね・・・」
 小島先生が彼の横に立った・・・わたしと佳代は、彼の腕から手を放すと彼の後ろ側に少し下がった。彼の前には、聖母様の前まで通路が広がり、その両横には、全校生徒と、教職員が立っている・・・彼がキョロキョロしながら振り返ったので、わたしは微笑みを返してあげた。でもこの状況の中で中谷君は何か恐れているように見えた。それはある意味当然かもしれない。わたしだって周り中に男の子ばかりだったら恐い。ちょっと可哀相な気もしたが、これがたぶん中谷君のためなのだろう。だって、彼は純心に入ったのだから。  彼は、覚悟を決めたようにゆっくりと聖母像の前に向かって歩いて行った。小島先生が、彼の横を一緒に歩いて行く。聖母様の前に立つと、矢沢先生が言った。
「ひざまずいて、祈りなさい・・・」
 彼は、先生に従い床に膝をつくと両手を合わせた。
 聖母様が光った。びっくりしたのか彼は転びかけて、床に手をついて体を支えた。聖母様の臍の緒が中谷君の方に伸びて、彼のお腹に繋がった。
「なんだよ!これは!!」
 彼は完全にパニックに陥っているようだ。体を起こすと聖母様の臍の緒を引き千切ろうとした。しかし、切れるわけがない。聖母様の臍の緒は、聖母様の愛の印だ。 「それは、聖母様の臍の緒よ・・・それを通じてあなたは生まれ変わっていくのよ・・・かつて・・・私がそうなったように・・・」
 小島先生が呟くように言った。わたしと佳代も、ひざまずいてお祈りを捧げた。
 うめき声を上げながら、中谷君が生まれ変わっていく。聖母様の御慈愛が彼の身体に満ちて、やがてそこには、清らかな乙女に生まれ変わった中谷君がいた。もちろん、私たちと同じ制服を着て・・・
「お疲れ様・・・もう帰っていいわよ!」
 小島先生が笑顔で言っていた。礼香は、なぜかボーッとした顔をしている。わたしと佳代は、先生につかまらないうちに礼香を置いて帰ることにした。


<一年B組:中谷 光彦>   <一年B組:高橋 佳代>

<一年B組担任・数学科:矢沢 詠子>

<翌 日>