<一年B組、高橋佳代のその日>
わたしは、いつものように学校に向かっていた。同じクラスの中谷君が眠そうな顔をしながら歩いている。
「中谷君、おはよう!」
「ああ・・・おはよう・・・」
「元気?」
どうも元気がないので、わたしは、すこしからかってみることにした。彼の左腕に腕を絡めてみる。わたしの胸に、彼の腕が触れる。彼は、ドキッとしたようだ。可愛い。
「行きましょう!」
わたしは、僕の顔を覗き込んでにっこり笑った。彼は、まだ焦った顔をしている。
「君は・・・?」・・・・?
びっくりした。なんと彼は、同じクラスであるわたしの顔を忘れているらしい。このわたしの顔を忘れるなんてとんでもない!
「もう!何言っているのよ!高橋でしょう。私は、高橋佳代!クラスメイトを忘れないでよね!!」
わたしは頬を膨らませて言った。彼は、ようやく思い出したらしい。
「ああ・・・悪かったね!」
「さあ・・・行こう!」
わたしは、彼の腕を引っ張って校門をくぐった。でもお遊びはこれまで。わたしには大事な日課がある。
「ちょっと先に行ってね!」
「どこに行くんだい?」
「うん・・・礼拝堂に行って聖母様にお祈りしてくるの・・・」
「聖母様?」
「そうよ!この学校の女の子は、みんなお祈りしているのよ・・・女の子である事の素晴らしさを与えてくれるんだから!」
「じゃあ、先に教室に行っているね!」
彼は、教室に向かった。わたしは、朝のお祈りをするために礼拝堂に向かった。
お祈りの後、わたしは教室に入った。
「あ・・・佳代!おはよう!」
「おはよう!ねえねえ、昨日のスマスマ、見た?」
みんなと、いつもと同じように他愛のない会話をしていると、中谷君の姿が目に入った。彼は、まだどこかとぼけた顔をしている。せっかくウチの学校でたった一人の男なのに・・・・
矢沢先生が入ってきた。いつものように授業が進んで行った。
「中谷君!」
矢沢先生が、中谷君を名指しする。いまだにとぼけた顔の中谷君が、我に返ったかのように顔を上げる。
「ハイ!」
「何、ボーッとしているの?成績は良くても、集中していないとすぐに成績は落ちるわよ!」
先生は、そこで言葉を切ると、にっこりと笑った。
「それとも・・・気になる可愛い女の子でもいるのかな?」
「いえ・・・そういうわけでは!」
彼は、慌てて先生に言った。
「女の子は良いわよ・・・」
先生は、呟くように言った。
「今日の放課後に、補習をします。職員室に来るようにね!」
先生は、彼にそう言うと授業に戻った。彼にとっては災難だったと思う。たった一人の男の子をいじめるなんて、先生も本当に意地が悪い。
放課後、わたしは同じクラスの山田明乃と二人で中谷君を待つことにした。彼女は面白い。補習を受けさせられた彼が、どんな顔をして礼拝堂に連れてこられるのか見てみようと言うのだ。
礼拝堂は男子禁制なのだが、矢沢先生なら間違いなく無理矢理にでも彼を連れてきそうだ。もっとも、わたしたちもそれが彼のためだと思う。
どちらにしろお祈りはするのだから、わたしは彼女に付き合うことにした。
やがて、明乃の言ったとおり、矢沢先生に連れられて中谷君がやってきた。
私たちは、彼を挟むように左右に立った。
「2人とも、どうしてここに」驚いている中谷君。思わず吹き出しそうになった。
「これから、聖母様にお祈りをするの」
明乃が、にっこり笑って言った。
「中谷君も行こう!」
わたしは、彼の腕を掴んだ。明乃が、挟むように反対の腕を掴む。彼は、反射的に振り払おうとしたが、私たちはおもしろ半分で、まるで連行するみたいにがっちりと彼を押さえた。朝のように胸に腕が当たっても、彼は焦ったりする以前に怯えた顔だった。せっかくだから、「あーん」とでも言ってやればよかった。
「中谷君も、これから素晴らしい人生が送れるわ!」
矢沢先生が、にっこり笑いながら言った。
わたしたちは、中谷君を引きずるように礼拝堂に入っていった。
大きな礼拝堂の中には、全校生徒と、教職員が集まっていた。もちろん、男は彼一人だ。彼は、やはり怯えた顔をしている。
「よく来たわね・・・」
家庭科の小島先生が中谷君の前に現れた。
「先生・・・僕を家に帰して下さい!」
彼は叫んでいた。
「・・・すぐに帰してあげるわよ・・・その前に、聖母様にお祈りしてね・・・」
小島先生が彼の横に立った・・・わたしと明乃は、彼の腕から手を放すと彼の後ろ側に少し下がった。彼の前には、聖母様の前まで通路が広がり、その両横には、全校生徒と、教職員が立っている・・・彼がキョロキョロしながら振り返ったので、わたしと明乃は微笑みを返してあげた。可哀相な中谷君。女の子の集団に囲まれ、それこそ「キンタマが縮み上がる」気分に違いない。でも恐れることは何もないのだ。もうすぐ彼も聖母様に、女の子であることの素晴らしさを与えてもらえるのだ。 彼は、覚悟を決めたようにゆっくりと聖母像の前に向かって歩いて行った。小島先生が、彼の横を一緒に歩いて行く。聖母様の前に立つと、矢沢先生が言った。
「ひざまずいて、祈りなさい・・・」
彼は、先生に従い床に膝をつくと両手を合わせた。
聖母様が光った。びっくりしたのか彼は転びかけて、床に手をついて体を支えた。聖母様の臍の緒が中谷君の方に伸びて、彼の腹部に吸い付いた。
「なんだよ!これは!!」
彼は完全にパニックに陥っていた。聖母様の臍の緒を引き千切ろうとしたり、さんざん暴れていたが、そのうちだんだんおとなしくなっていった。
「それは、聖母様の臍の緒よ・・・それを通じてあなたは生まれ変わっていくのよ・・・かつて・・・私がそうなったように・・・」
小島先生が呟くように言った。わたしと明乃も、ひざまずいてお祈りを捧げた。
中谷君は、聖母様の御慈愛を授かって生まれ変わっていった。しばらくしたら、彼女もわたしたちと同じように女の子であることの素晴らしさを自覚していくだろう。それがわたしたち純心生の幸せってものだ。
「お疲れ様・・・もう帰っていいわよ!」
小島先生が笑顔で言っていた。礼香は、まだとぼけた顔をしている。明乃がわたしを突っつく。小島先生が話し始めたら長い・・・・わたしたちは、小島先生につかまらないうちに礼香を置いて帰ることにした。
<一年B組:中谷 光彦>
<一年B組:山田 明乃>
<一年B組担任・数学科:矢沢 詠子>
<翌 日>