<一年B組、山田明乃のその日>
わたしは、いつものように学校に向かっていた。
先の方に、わたしの後ろに座っている中谷君が、まだ寝ぼけた感じで歩いている。わたしは少し小走りに後ろから朝の挨拶をしてあげた。
「中谷君、おはよう!」
しかし、中谷君はぼうっと私の方を見たまま立ち止まっている。
「おはよう!」
「ああ・・・おはよう・・・」
もう一度挨拶すると、なんとか少しとぼけた返事が返ってきた。相変わらず、不思議そうな顔をしている。
「どうしたの?」なんか反応が悪いのでわたしは中谷君の眠そうな顔をのぞき込んでみた。
「いや・・・君は誰・・・」
「いやだなあ・・・なにとぼけているの?」
わたしは思わず笑ってしまった。失礼しちゃう。中谷くんったら前の席に座っているわたしの顔を忘れちゃったのかしら。わたしとしてもとりあえずどう反応していいか困った。
「前の席に座っている人間を忘れないでよ・・・山田でしょう」
名前を言ううちに、中谷君はやっと思いだしてくれたらしい。
「ああ・・・悪かったね・・・」
そのとおり。本当に失礼しちゃう!
「早く行かないと、遅刻するよ!」
わたしは、少しふざけてくるっとひと回りしてみせた。ふわっとスカートが広がる。自分でもちょっと恥ずかしい・・・・やりすぎたみたいだった。
しかし中谷君は、なにをとぼけているのか驚いた顔で見ているだけだ。なんか恥ずかしかったので、私は思いっきりニッコリと中谷君を見つめると彼を置いて思わず走り出した。
周りの人たちの視線も気にせず校門をくぐる。教室に入ってみんなと挨拶を交わす。いつもとかわらない一日が、今日もはじまる。
遅れて、中谷君が教室に入ってきた。よくわからないけれどまた、何か戸惑ったような顔をしている。挨拶も何かぎこちない。座ってからも変な顔をしていた。
まあ、人のことはいい。別に彼は私の後ろに座っているだけで特に気になる男の子というわけではないのだし。
今日も授業が終わったらお祈りに行かなくちゃ。
お昼休みに、今日は放課後全校でお祈りをするという放送があった。
他のことならサボって帰ってもいいんだけれど・・・・お祈りならそうもいかないので、私も放課後礼拝堂でお祈りをした。
途中から、少し騒がしいと思ったら、男子たちだった。聖母様は、男子たちにも女の子であることのすばらしさを教えて下さっていた。この学校に来たのだから当然のことだけど、聖母様は男子たちがこの学校に相応しい女の子になれるよう、臍の緒を伸ばして聖母様の御慈愛を男子たちに与えていた。わたしのクラスで一番「ワル」な感じの高橋君も、遅れてはきたけれど臍の緒を通じて御慈愛を授かり女の子に生まれ変わっていった。
お祈りが終わると、礼拝堂に男性は一人もいなかった。よく考えると、男子が入ってきたと思ったのも気のせいだったのかもしれない。礼拝堂は男子禁制だ。男子がわざわざ入ってくるはずもないし。
時計を見た。急がないとテレビの時間に間にあわなそうだった。わたしは急いで礼拝堂を出た。
<一年B組:中谷 光彦>
<一年B組:高橋 佳一>
<一年B組担任・数学科:矢沢 詠子>
<翌 日>