<一年B組、高橋佳一のその日>

 俺は、学校に向かって歩いていた。
 通学路を、たくさんの生徒が歩いていく。ほとんどが女子生徒だ。その中に混じって時折男子生徒を見かけるが、その数は少ない。
 今日は、特に男子が少ない気がした。いつもと同じ時間に家を出て、いつもと同じ時間に歩いているはずなのに、何か違う気がした。昨日の晩、礼拝堂で感じたのと同じ、不思議な違和感だ。昨日の出来事はどうも腑に落ちない。誰が入っていったか忘れたが、あの中に入って行った男子生徒は一体どこへ行ったんだ?
 同じクラスの中谷が歩いている。寝ぼけたような戸惑ったような、言うならば不思議そうな表情をしていた。その後ろから、やはり同じクラスの山田が駆けてくる。山田は、中谷の顔をのぞき込むと、おどけて見せてさらにニッコリ笑っていた。もしかしたらあの女は中谷に気があるのかも知れない。が、中谷はまだ何か腑に落ちないような顔をしている。
 もしかしたら、奴も俺と同じように違和感を感じているのかも知れない。俺は今日の夕方、礼拝堂を覗いてみることにしていた。昨日の出来事をどうしても確かめたい。もし万が一ヤバい事があったら困るので、何かいい保険はないかと思っていたが、奴なら理解してくれるかもしれない。


 昼休みに、俺は、中谷を呼び出した。
「なんだよ・・・」
 中谷は、少しおどおどしている。なんか勘違いしているようだ。俺はストレートに用件を話すことにした。
「おまえ・・・この学校・・・何かおかしいと思わないか?」
 中谷は、俺の話に興味を持ったようだ。表情が一気に真面目な表情になった。
「なぜだ?」
 真顔で言う中谷。思った通りだ。こいつは俺の感じていることを理解できる。
「だいたい・・・共学なのに、俺達のクラスは、3分の2が女子だぞ!確かに、記憶にはおかしいところは無いけどな・・・それに俺は昨日の夜、見たんだ」
「なにを?」
「学校の礼拝堂に、たくさんの男子生徒が入っていくところを・・・いいか?たくさんの“男子生徒”だぞ!誰だか思い出せないんだけどな・・・その男子生徒たちは、いったいどこに行ったんだ?」
 俺は一気に言った。中谷も、図星を疲れたような顔をしている。俺は最後まで言うことにした。
「俺は・・・今夜、礼拝堂に行ってみる。帰ってこなかったら、探しに来てくれ」
「なぜ、僕に?」
 中谷は、たぶん完全に俺の言ったことを理解している。顔がそう言っていた。俺は言ってやった。
「おまえ・・・おとなしいやつだけど、意外に根性が座っているからな。何よりも、俺を全く怖がらない。俺だって友達が欲しかったしな・・・」
 中谷が笑った。半分は本音だ。俺も笑った。二人の笑い声が、屋上に響いた。


 夕方、俺は礼拝堂に向かった。礼拝堂には、煌々と明かりが点いていた。
「ゴクッ」
 妙に緊張する。緊張感からか、思わず唾を飲み込んでしまった。そして、俺はゆっくりと礼拝堂に近づいて行った。礼拝堂の窓は曇りガラスやステンドグラスばかりでとても中が覗けそうにない。ようやく一箇所鍵のかかっていない窓を見つけた俺は、そっとその窓をずらして中を覗き込んだ。
「・・・?」 俺は息を飲んだ。
「これは・・・?」
 ほとんど全員に近い女子と、教職員までもが、祈りを捧げている。が、それだけではなかった。男子が数人か、いやそれ以上、なぜか四つん這いになってのたうっている。その中にはウチのクラスの奴らもいた。とにかく正確な人数はまったくわからない。不思議なことに、そんな異常な状態の男たちを見て、女たちはまったく気にせぬ様子で祈りを捧げている。
 そのうち、人数が分からない理由が朧気に理解できてきた。どうも見回すたびに、男子の数が減っている。俺は深呼吸をして一人を見続けてみることにした。と、その時、後に人の気配を感じた。俺は、振り返った。
「・・・おまえは?!」
「高橋君、覗き見はいけないわね」
 それは、担任の矢沢だった。矢沢だけでなく、生活指導の右田も一緒だ。右田は、いかにも若い後輩を虐めそうな感じのオバサンだった。
「昨日も、屋上で煙草吸ってたでしょ」
 右田が、矢沢の反対側に回り込む。俺を逃がさない気のようだ。どちらにしろ停学は間違いないだろう。俺は開き直った。
「ああ、吸ってたよ。説教しても無駄だぜ。早く停学にでも何でもしろよ」
 ところが、二人の反応は予想外だった。
「高橋君、なにもそんなことを言ってるんじゃないのよ」
「お昼休みの放送、聞いてなかったの?」
 聞いているわけがない。俺は昼休みは屋上で時間つぶしをしているんだ。
「今日は全校でお祈りの日よ。高橋君もいらっしゃい」
 矢沢が俺の左腕を掴む。女教師にしては信じられないほどの腕力だ。右田も回り込んで驚いている(!)俺の右腕を掴んだ。 「おい、ちょっと待てよ」俺はその腕を振りほどこうとしたが無駄だった。二人とも怒っている風ではなく、むしろニコニコとしているのがかえって気味が悪い。 二人は俺を礼拝堂の方に連れていこうとしている。
 俺の勘が、やばいと言っていた。礼拝堂の中の光景・・・見回す度に男子が減っていたあの光景。昨日出てこなかった男子生徒たち・・・。これはもしかして・・・・
「やめろ!放せよ!」俺は必死で抵抗していた。しかし、女のくせにこの二人の力はやたらと強い。俺にはたぶんはっきりと、礼拝堂の中の出来事が理解できていた。このまま礼拝堂の中に連れて行かれたら、俺は・・・・
 目の前で、礼拝堂の扉が開く。むせるような匂い、そう、女子更衣室のような匂いの強烈なやつと祈っている女子たちの声が俺を包み込む。俺は礼拝堂の中に連れ込まれた。そして、腕が放されると同時に、扉は閉ざされた。
「さあ、ひざまずいて、祈りなさい。そしてあなたの穢れた心と体を聖母様に清めて頂くのです」これ以上ないほどのにこやかさで、矢沢が俺に言う。そのにこやかさに、俺はこの学校に来て以来の恐怖を感じた。俺は完全にはめられたと思った。こいつらは、はじめからそのつもりだったんだ・・・
 俺の目に、俺と同じようにはめられた男子生徒たちの姿が目に入ってきた。そいつらの腹には奥の聖母像から何かチューブのようなものが繋がっていた。そして俺の目の前で、彼らがどんどん男から女に変わっていく。いや、祈っている女子たちの中にも、同じようにして女に変えられた奴ら、つまり昨日礼拝堂から出てこなかった男たちが混じっているのだ・・・・
 打ちのめされている俺の耳に、祈りの声が突き刺さってくる。それは頭の中でぐるぐると回るようになり、俺の感覚を麻痺させていった。俺はまるで他人事のようにその光景を見ているだけだった。妙な安堵感がある。俺の推測は正しかったのだ。この学校の男は、教職員も含めてみんなこうして女にされてしまったのだ。そして、俺たち残った男たちも同じように女になっていく・・・
 気がつくと、俺の腹にもそのチューブが繋がっていた。腹から、何か暖かいものが体の中に広がっていく。その暖かさはあまりにも心地よいものだった。
 体中にその暖かいものが染みわたっていくとともに力が抜けていく。ぼうっとした視界に、黒いものが入ってくる。それは僕の髪だった。まるで女の髪のように長く、綺麗な髪が、いや、僕は今まさに女になろうとしているのだ。でも全身から力が抜けてしまって何もできない。一瞬胸が何かに当たり窮屈な気がしたけどそれもすぐ別のものが押さえてくれる。ズボンのウェストが緩くなっておしりがきつくなったのも一瞬のことで、すぐに不快感は消えた。ふと見ると、ズボンはスカートに変わっていた。
 体中が心地よい疲労感に包まれている。お祈りの時間が終わろうとしていた。わたしの周りには、もう女の子しかいなかった。わたしも男だったはずなのにもうその感触は思い出せないし、どこにも違和感はなかった。まだ頭がぼうっとしている。いや、わたしは・・・一生懸命思い出すけれど、記憶がはっきりしない。
「高橋さん、お祈りの時間は終わったわよ」
 振り向くと、矢沢先生が笑顔で立っていた。わたしは、なにか腑に落ちないものを感じながら礼拝堂を出た。だんだん記憶がはっきりしてくる。今日は全校でお祈りの日だった。
 何もおかしいところはない、と思う。なぜか自分が男の子だった気がしたけど、そんなはずはない。お祈りしながら居眠りして、男の子になってる夢でも見たのかなぁ・・・・
 外に出るともう真っ暗だった。別に女の子の一人歩きが危ないと思ったわけではないけれど、わたしは早く帰ろうと思った。


<一年B組:中谷 光彦>   <一年B組:山田 明乃>

<一年B組担任・数学科:矢沢 詠子>

<翌 日>