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![]() ![]() 日々の生活にはその人のこころが大きな要素を占めています。 認知症は、フレイルが大きな原因とも言われています。 フレイルは「こころ」が大きく影響すると思います。 「こころ」って目には見えないし、どこにあるのでしょうか。 「こころ」と「フレイル」と「認知症」はそれぞれにつながりがあるように 思います。勝手な解釈で述べてみます。 ![]() こころって何、どこにあるのでしょう。こころの次にはいろいろな言葉を つけることが出来ます。「こころが弾む」「こころが苦しむ」「こころに響く」 「こころが痛む」等々。身体の中のどこにあるのでしょうか。 今年は、癌を告知され、ほぼ治療に時間を使いましたが、この間こころの変化 がいろいろと現れました。こころって目には見えないのですが、 感じることはできますし、目にも見えるような気がする時もあります。 各年代に於けるこころ、子供の時代、義務教育の時代、学生時代、就職前期、 後期、定年後のこころ等々。 老齢期と言われる今のこころは何処にあるのでしょうか。 場所でなく、こころは、こころの中にあると思います。 良く判らない文章ですが、自分のすべてがこころと言えるかも知れません。 本心を言葉に表すことの難しさをつくづく感じます。 ![]() 老齢期になればすべての人々は豊富な経験を持っていると思います。 高齢者で自分の経験則は間違いないと思い込んでいる頑固者も時々見受けます。 経験は、良い経験より、悪いと言われる経験の方をよく覚えているものです。 悪い経験と言う経験があるのでしょうか。癌の告知なんて悪い経験でしょうか。 今年は、癌を告知され治療に打ち込む1年でしたが、決して悪い1年とは言えま せん。これから先も病状がどうなるか、神のみぞ知るですが、癌のお蔭で多く の嬉しいことを経験することが出来ました。 先ず、家族の愛情、医師の熱意、人の優しさ等々。 癌などと言いますと悪い経験と言うことになりますが、お蔭で健康な時に気づ かなかった多くのことを学びました。 高齢者の経験を若者に押し付けず、自然に受け入れてもらえるような何かを 残して最期を迎えたいと考えています。 経験にこころを加えて・・・。頑固でなく柔軟に受け入れてもらえる経験を。 一般的に悪い経験と言われる経験を乗り越えてこそ、 人間としての成長につながると考えています。ピンチはチャンスです。 ![]() 生れて数えるのは、自分の暦年齢ですが、 人間の本当の年齢はいろいろとあると思います。 精神年齢、経験年齢、などなど、こころで数える年齢は多種多様です。 実年齢に拘ることなく自分年齢が大切と思います。 後期高齢者になっても精神年齢や経験年齢をしっかりと活用することで まだまだ社会に対して担い手になることが可能ではないでしょうか。 大きなことでなく小さなことで、人知れずに社会の役にっている人こそ 現在の社会に必要でしょう。 現在少人数の高齢者の集まりを開催(月1回)していますが、その中の一人の 女性が、一人住まいの方々数名とお茶を飲んだり、相談しあったりしています。 それらは、近隣の人々も知らないことですが、立派な社会貢献と言えると 思います。法人でなく、お金も必要でなく、 独居者のこころを言葉に表す手助けとなっているようです。 これは、素晴らしいことだと考えます。独居者の方は、言葉に飢えている様子が よく表れます。 普段こころにある思いを素直に言葉に表せる環境は中々作れないものと思い ますが、この方は自然体で目立たず一緒にこころの交流をしているようです。 後期高齢者となっても求めるのみではなく、社会に対して小さな役割を持ち たいものです。 ![]() 東京都健康長寿医療センターの報告によるとフレイル状態の人はそうでない人 に比べて、要介護認定を受けるなど自立度に影響が出る割合は2.4倍も高くなる そうです。 街を歩いていますと歩行に難があるそうな方、歩幅が小さくヨチヨチと 歩いている方、膝を折りながらバランスをとって歩いている方等々。 フレイル状態と見るからに判るような感じの方が多く見受けられます。 そのような方に話かけてみますと反応が遅く、こころと言うか感情がこもって いないように思えます。 こころの状態で身体がフレイル状態に向かっているような感じがします。 「こころして」と言う言葉がありますが、物事をなす時、身体を動かす時、 すべての行動にこころを込めて行動しますとフレイル予防ともなると思います。 こころが萎えている状態はその状態こそがフレイルの原因ではないでしょうか。 常にこころして、出来るだけ姿勢を正してゆっくりと堂々と歩くことをお進め します。こころとフレイルは大きく関係していると思考します。 常に前向きのこころを持って自分の意思で行動しましょう。 ![]() 同年齢でもこころのあり方で大きく日々の生活が違ってくるようです。 老人会の帰りでしょうか。多くの高齢者のグループに出会うことがありますが、 歩く姿がそれぞれに違います。 私の知り合いで90数歳になる方は杖と言う言葉よりステッキを持って前を 見て堂々とゆっくりと歩き、挨拶をしますと素晴らしい笑顔で返してくれます。 私の将来の手本としたいと常々思っています。 元気な高齢者は自分のこころで行動しているように思えます。 元気高齢者は、自分の時間を計画し、自分で考える習慣があるようです。 姿勢よく笑顔で日々を暮らしている高齢者は街中には多くいます。 それらの人々を手本として自分のこれからの老いと言われる時期を楽しく 笑顔で生きてゆきたいものです。 高齢期について、想像の世界より、実感の世界になりました。 この実感を生かして社会に対して小さな役割を担いたいと考えています。 シニアライフ アドバイザー 岡島貞雄 Top page |