たまには異文化に倣うのも良いんじゃない? |
++ カカオの香りはあなたの隣で ++ |
普段はやれ仕事だやれ訓練だと追われた雰囲気漂う東方司令部も、どこか平和に過ぎる日もあるもので。 昼下がり、そこにふらりと訪れたエルリック兄弟が加われば、たちまちアットホームな場所になってしまう。 兄のエドワードがロイの元へと顔見せに行っている間、手持ち無沙汰になったアルフォンスはのんびりとフュリー曹長と世間話に花を咲かせていた。 話題といえば、まだ暖かくならないだの野菜が高いだのどうにも所帯じみたものばかりであったのだが。 そのすぐ近くで文庫本を読んでいたリザの手が、ページをくる途中でぴたりと止まった。 そのまましばらく考え込んでいたが、振り返り同僚と鎧の少年へと声をかける。 「ねぇ、フュリー曹長、アルフォンスくん。この意味判る?」 「何ですか、ホークアイ中尉」 「…本?」 此処なんだけど、とリザが指したのは彼女の手にしていた本の中の一節。 それを目で追っていったフュリーとアルフォンスは、少し前のリザと同じくはて、と首を傾げた。 「…えーと、これ…」 「バレンタインですよねぇ?」 「―――の、はずなんだけど」 3人揃ってハテナマークを計15個ほど撒き散らしながら、ショートショート集であるその本を幾度か読み返してみるけれど、それ以上の記述はない。 困っていたところで、どうやら用事を済ませたらしいエドワードと、連れ立ってロイ、ハボック少尉がやってきた。 アルフォンスが来て来てと手招きすると、エドワードは何だ?と疑問の元を覗き込む。そして同じく眉をひそめた。 「…何だこれ? これじゃなきゃいけないわけ?」 「さぁ…」 「ん? 何だ、判らんことでもあるのか?」 長身ゆえに顔つき合わせて悩んでいる彼らをひょいを覗き込み、ハボックが問う。 「判らないことがあるんなら、任せとけ」 「何それ? 少尉知ってんの〜?」 「な訳ねーだろ。…おぉい、ファルマン准尉、いいトコにいた!」 やっぱこーゆー時は東方司令部の知恵袋出動だろ! 自分が知っているわけでもないくせに、なぜか胸を張るハボックである。 「…人を便利な道具並みに言わないで下さい」 「おう、悪い悪い。で、准尉。この意味判るか?」 リザからフュリーとアルフォンスへ、そしてエドワードへ、さらにハボックの手を経て、ようやく文庫本は知識の宝庫の手へと手渡された。 「…あぁ、バレンタインですか」 さも当たり前のように、ふむふむと頷くファルマン准尉。 意味が判らないのはその他の全員である。 「ファルマン准尉、これはどういう意味なの?」 リザから発せられたその疑問の矛先は、ショートショート内の主人公である少女の行動である。 バレンタインに向けて、必死で慣れぬ包丁を握りチョコレートを刻むその真摯さ。 少しばかり執念がかった必死さに、どうにも違和感が拭えない。 ファルマンは本をひっくり返すと、著者の名を確認した。 「これは翻訳ですからな。多少はこちらと文化が違うんですよ」 「文化って…バレンタインの?」 2月14日。 バレンタインディ。 男女が互いに親愛や感謝の念を込めて、相手に贈り物をする日である。 と、この場にいた全員が認識していた。 「えぇ、東方の島国の風習ですが、チョコレートを意中の男性に贈るのです。バレンタインとは、女性が主役のイベントとされているのですよ」 「へぇ〜…」 目からウロコ。 やや大げさではあるが、一種のカルチャーショックを一同受けていた。 まさか特定の菓子を贈ることで愛情を伝える催しが、国内の風習として存在しているとは。 知らない知識には全般的に貪欲な姿勢を見せるエドワードが、身を乗り出してファルマンへと問いかける。 「ねぇねぇ、何でチョコレートなわけ?」 「初めは単なる菓子会社の宣伝だったのが、いつの間にやら根付いてしまっただけのようです」 「うっわ、凄いなそれ…」 世界は広いな〜、と呟くのはハボック少尉。 おそらく当日は、国中が甘ったるいカカオの芳香に包まれるに違いない。 酒飲みの運命として甘いものが苦手なハボックとしては、東国に生まれなくて万万歳という心境である。 むろん彼は、義理チョコやチョコ獲得数で男が一喜一憂しているとは思いもつかない。 「なるほど、それで彼女は必死でチョコレートを手作りしているわけね」 「は〜、バレンタインにねぇ。のんきなお国柄だなぁ」 「そうとも言えますが、イベント事として相手に告白する機会が掴みやすいわけですからな。それはそれで存在価値はあるのでは?」 そんな准尉の見解に、一同は。 「…そうかもねぇ」 と、何やらそれぞれ思うところがあるらしく、視線を彷徨わせるのだった。 そしてそれゆえに、 「そうそう、ちなみにバレンタインとは、かつて国の政策に逆らって恋人たちを婚姻させたバレンチヌス司祭が」 などと長々述べ始めたファルマン准尉の講釈を聞く者は、誰ひとりとしていなかったのである。 それは2月14日を3日後に控えた、とある昼下がりの出来事。 |
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