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ヤドカリ話
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41.オカヤドカリの繁殖2010 ― 大上陸への道 ―

2010.11.20撮影
孵化後116日、上陸後約3カ月の仔ヤドカリたち




生き物を繁殖させるのは、飼育の楽しみのひとつなのだが、むやみに快楽をむさぼるとあとでえらい目にあうのが世の習い。
陸ガメやヤドクガエルのように、高値で引き取ってくれる好事家がホイホイあらわれる人気動物ならともかく、どこの町のホームセンターでも、100円や200円で普通に売られているナキオカヤドカリを殖やしたところで、飼い主には何のメリットもない。
ナキオカヤドカリの人工繁殖については、昨年、自分なりに納得のいく結果をだせたので、いったん区切りをつけようかとも思ったのだが、目の前で交尾(交接)に励む、ナキオカヤドカリを観察し、抱卵を確認してしまうと、ダメモトであれこれ試してみたい欲求がむくむくと湧きあがり・・・。
結果、100匹以上の仔ヤドカリを抱えて、途方に暮れることになってしまった(^^;


というわけで、今回はアトサキ考えずに、殖やしてしまってアタフタしている、マヌケな飼い主の記録をご笑覧くださいませ。





2010年6月20日  月齢8
昨年と同じカップル、メイ(♂)とエリィ(♀)の交尾を確認。


2010年6月23日  月齢11
エリィの抱卵を確認。
20日の時点では産卵はなかったので、何度かの交尾を経ての抱卵と思われる。


2010年7月25日  月齢13
卵の発眼を確認。
放幼ケースへ収容。


2010年7月26日  月齢14
月曜日の午前3時、放幼。
セオリー通り 満月大潮だが、なんでいつもいつも月曜日の早朝なのか・・?
とりあえず、保育容器にゾエアを収容。


2010年7月27~28日
孵化後1日でゾエアの体色が赤くなってきた。
今年はぎりぎりまで育てるかどうか迷っていたので、ブラインの準備なし。
昨年の残りを使ったが、やはり孵化率が悪くて充分な給餌できず。

2010年のゾエアたち


2010年7月29日  月齢17
保育容器に300匹程度残して間引く。
ちょっと試したいことがあって、いつもより多めに残すことに。
間引いたゾエアは海水水槽に投入。
今年は海水水槽に魚がいないので、瞬食されることなく、しばらくゾエアの様子が観察できる。
タッパーではピンピンとよく動いているが、ゆったりとした水流に乗って浮力が確保できれば、ほとんど動かず流れに漂う。
この水中での動きを念頭において、保育容器のエアレーションを調節する。



大上陸への道  その1
過密気味でスタート

小卵多産型の生き物の人工繁殖を手掛ける際、飼い主が最初に直面する試練が「間引き」だろう。
生まれた稚魚や幼生、幼虫などを全部育ててやりたいのが人情だが、実際問題として何千何万という孵化個体をすべて育てるのは不可能なこと。
無理に育てても、過密飼育で全滅させるのがオチ。よしんば生き残った個体がいたとしても、栄養不足やストレスでロクなおとなに育たないだろう。
自然界でも、このタイプの繁殖方法をとっている生き物は、孵化個体のほとんどが捕食されてしまう。
せっかく生まれたゾエアを自分の手で殺すのは誰でも嫌なものだが、それが自然の摂理。
ここで下手に情けをかけると、結局全部死なせてしまうことになる。
オカヤドカリのゾエアの場合、海水1リットルにつき50匹~100匹程度が適正だという考えは変わらないが、昨年の経験からやり方次第ではもう少し多くても大丈夫なのではないかという気がしたので、実験的に「300匹/1リットル×2ケース」という布陣でスタートすることにした。

従来と違う点は
・ブラインの給餌量やや多め。
・換水量多め。
・エアレーションやや強め(実際は水流の角度を調整したのだが、言葉では説明し難いのでご容赦を)。



昨年(2009年)の繫殖記事に「飼育容器(タッパー)の、斜め上方から蛍光スタンドの光を当てると、走光性のあるブラインが一点に集結するポイントができる」と書いたが、実際、こんな感じ。
こうしてブラインを集めると、給餌量を調節する目安になる。




2010年8月1日  月齢20 
孵化後1週間。
Ⅱ期ゾエアへの脱皮がはじまったようで、水底にゴミ(脱皮殻
)が増える。
死骸はほとんどない。
敗者復活槽の運用開始。


2010年8月5日  月齢24
孵化後10日。
特に問題なし。順調。


2010年8月8日  月齢27
ゾエア白っぽくなっている。餌不足か?

2009年の繁殖個体、1年目で9匹の生存を確認。(上陸したのは12匹)


2010年8月9日  月齢28
孵化後2週間。
ブライン多めに給餌。
数時間でゾエアの体色が赤みを増している。
白かったのはやはり餌不足か?


大上陸への道  その2
敗者復活槽

孵化後1週間くらい経つと、保育容器の底に、脱皮殻やブラインの残骸などのゴミが溜まってくる。
これを、スポイトで吸い取るのが、ゾエア期のルーチン・ワークなのだが、2mmちょっとしかないゾエアが何百匹も跳ねまわる容器のこと、ゴミと一緒に吸い取られるゾエアが毎回何匹かいる。
昨年までは、吸い取られたゾエアはそこまでの運命と、水槽の魚のおやつにしていたのだが、今年は水槽に魚が居なくなったので、仏心を出して、手元にあった1リットルの計量カップを「敗者復活槽」と称して、収容することにした。飼い主の単なる気まぐれである。
ところがこの「敗者復活槽」、予想以上に生存率が高く、本槽のゾエアより成長が早く体格も大きく育った。
本槽は300匹からスタートして、グラウコトエ変態直前には50~100匹に淘汰された。
それに対して敗者復活槽は数匹からだんだん数を増やして、ゾエアⅤ期には約30匹。
やはり少数で育成したほうが、成長が早く、歩留まりも良いということだろうか?




2010年の幼生保育セット。
上段真ん中が敗者復活槽。なんの仕掛けもないただの計量カップなのだが・・・。


2010年8月10日  月齢29 新月大潮
孵化後16日目。
本槽①、グラウコトエ1匹。
敗者復活槽、グラウコトエ4匹。



2010年8月11日  月齢1
本槽①、コトエ2匹死亡、生存3匹。
本槽②、コトエ変態なし。
敗者復活槽、コトエ5匹。



2010年8月12日  月齢2
一夜明けたら、各槽コトエだらけ。
ゾエアの死骸多い。コトエへの変態に失敗したか、コトエに狩られたか・・・。
ブラインの減りが少ない。
ザリ餌、スピルリナ・サプリ投入。さっそくコトエがかぶりついている。



2010年のグラウコトエたち


2010年8月13日  月齢3
ゾエア半分ほど死亡。
コトエ数十匹に。
各槽、壁面に水垢が付いてきたので、コトエが絡み取られないように、いったん別容器に移して洗浄。
ザリ餌、スピルリナサプリに加えて、クリル投入。


2010年8月14日  月齢4
孵化後20日
ゾエアが居なくなった。
コトエは3槽合わせて100匹以上!
ブライン、ほとんど減っていない。
ザリ餌、スピルリナサプリ、エビ卵投入。

本日、貝殻も投入。



大上陸への道 その3
グラウコトエへの大量給餌

グラウコトエ期最大の難関は兄弟たちの襲撃、つまり共喰いだ。
これは、ある意味仕方がない部分もあるにせよ、兄弟たちが殺し合うのを眺めているのは、あまり気分の好いものではない。
できれば、みんな仲良くおとなになってもらいたい。
では、どうすればいいか?
思いつくのは2点。

①お互いが干渉し得ない広い空間(水間?)を与える。
②常に腹いっぱいにしておく。

現実的に対応できるのは②。

今まで、ろ過の効いていない1リットルタッパーでの保育ゆえに、水質の悪化を恐れるあまり、給餌量が控えめだったことは否めない。
加えて、琉球大学の実験記録を盲信して、グラウコトエにも活き餌が必要という予断に囚われていなかったか?
どうせ、今回はダメモトで始めた実験的保育。この際、疑問は解消しておこうということで、

①グラウコトエに変態した時点で、ブラインの給餌は中止。
②とりあえず考えられる餌をありったけ与える。
③水質悪化を防ぐために、毎日全量換水を実施する。

以上の方針で、グラウコトエ期の育成に取り組んだ結果・・・、えらいことになってしまった(^^;


共喰いを防ぐために、水質悪化を覚悟の上で、ふんだんに与えたのがこのエビ卵。
お馴染みのホッコクアカエビ(アマエビ)の卵だが、冷凍の輸入物ではなくて、越前漁港に揚がった近海物の極上品!
本体はもちろん飼い主の晩酌のアテに・・(笑)


こちらもお馴染みの、ザリ餌と、スピルリナ・サプリ。
成体には不人気な餌だが、グラウコトエから稚ヤドカリまでの間はこだわりなく食べてくれる。まだ味覚が完成してないのね(~~



2010年8月15日  月齢5
孵化後21日
本槽①、50匹
本槽②、40匹
敗者復活槽、40匹
う~ん・・。
1匹だけ一瞬貝殻に入る。


2010年8月16日  月齢6
貝殻に興味を示すも、定着はしていない。


2010年8月20日  月齢10
かなりの数のコトエ、貝殻に定着

貝殻を背負いはじめたグラウコトエ
プランクトンからベントスへ
宿無から宿借へ
「ヤドカリ」としては生涯最大のターニング・ポイントだが、
オカヤドカリとして生まれたからには、
まだこの先に「上陸」という大イベントが待ち構えている


2010年8月21日  月齢11
孵化後27日
貝殻に定着したコトエ、80匹ほど上陸槽へ。
数分後、10匹ほどが上陸しそうなそぶりを見せる。


2010年8月22日  月齢12
残りのコトエ上陸槽へ全部で100匹チョイ。


2010年8月23日  月齢13
30数匹の上陸を確認。


大上陸への道 その4
猛暑の恩恵

今年(2010年)の夏はとにかく暑かった。
孵化した時期が早かったこともあって、今年は上陸するまで、水陸共にヒーターの出番がなかったので、その分集中力が分散されなかったことも、好結果につながったのだろう。
これは、我が家の人工繁殖個体だけではなくて、無効分散個体として本州各地に上陸するグラウコトエたちにとっても同様だったようで、実際、東京在住のShoreさんから、房総半島の海岸に、大量のオカヤドカリのグラウコトエ(もしくは稚ヤドカリ)が上陸しているという情報を頂いた。
南西諸島や小笠原諸島以外では、四国や紀伊半島南部、伊豆諸島や伊豆半島の一部にしか、上陸個体が確認されていないという、一般に流布されている情報に基づいた予断からか、それ以外の地域からのオカヤドカリ目撃情報は皆無に等しいが(ないことはないが放棄個体と結論付けられている)、房総半島にまで無効分散している以上、それ以南の本州各地にもオカヤドカリが上陸している可能性はかなり高い・・というよりほぼ確実だろう。
海の近くにお住まいの方は、ぜひお近くの海岸の石の下や石垣のすき間などを確認してみてください。
意外なところで、稚ヤドカリが見つかるかもしれませんよ。
本州への上陸情報がありましたら、ぜひ「みーばい亭」までお知らせください。

※房総半島の上陸個体については、Shoreさんのサイトのこちらのページに詳しい報告記事があります。
 ぜひご覧ください
 http://members3.jcom.home.ne.jp/shore/chibi_diary.htm


波打ち際(?)に集まってきたグラウコトエたち
「ヤドカリ」から「オカヤドカリ」へ!
大イベント直前の息詰まる一瞬


続々と上陸するグラウコトエたち
販売業者やその取り巻きのブログなどで、
稚ヤドカリとして上陸するという記述が散見されるが、上陸するのはグラウコトエ。
陸上で脱皮して稚ヤドカリに変態する。


2010年8月30日  月齢20 
孵化後36日
本日100匹目のグラウコトエが上陸


2010年9月1日~10日
上陸したグラウコトエを順次陸上槽へ移す。
陸上で予備の貝殻にどんどん着替えている。


2010年9月11日   月齢3
孵化後48日
ここまでで上陸個体106匹。
この時点で水中に裸のグラウコトエが2匹残っているが、貝殻に入る気配がないので、ここまでと見切って海水槽へ。


宿貝が気に入らないとも思えないのに、どうしても貝殻に入らない個体がいる。
単に成長段階で問題のある個体なのかもしれないが、こんな仮説はどうだろう?
何千匹も孵化した幼生の中に何%かグラウコトエ形状のまま数か月を過ごす個体がいて、それらの個体がプランクトンという身軽な状態で海流に乗り、分布拡大の先兵となる・・・。
たいした知識も持たないアマチュア愛好家の単なる妄想だが、幼生の段階で様々な環境に適合する柔軟性を秘めた「プランクトン」としてのステージを持つ甲殻類のこと、あながち的が外れていると思えないのだが・・・。


2010年9月16日  月齢8
陸上槽にヒーター設置。


2010年9月17日  月齢9
上陸個体が多すぎて収容しきれないので、陸上槽をもう1セット用意する。
1号に66匹、2号に40匹収容。


2010年10月10日  月齢2
横浜のNantaさん宅へ20匹発送。
Nantaさん、ありがとうございました。


2010年10月17日  月齢9
よく砂に潜っているようで、床砂が穴だらけ。
かなり短いスパンで脱皮を繰り返している様子。

1号  26匹確認 / (46匹)
2号  29匹確認 / (40匹)     ※カッコ内は収容した数


2010年11月20日   月齢14 満月大潮
孵化後4カ月、上陸後3カ月
1号  24匹確認 / (46匹)
2号  33匹確認 / (40匹)     ※カッコ内は収容した数
 

3割程度脱皮潜りしていると推定しても、先月のカウントとほとんど同数なので、けっこうな数が生き残っていると思われる。
さてどうしたものか・・・。(冒頭画像)




上陸槽の継ぎ目のシリコンを登るグラウコトエ。
わずか3ミリほどの体だが、意外に素早く身も軽い。
ちょっとでもすき間があれば簡単に抜けてしまうので、脱走対策には気を使う。




上陸直後のグラウコトエたち
まだ体の色は白っぽく透明に近い。
上陸後しばらくは、海水への依存が強く、常に濡れた状態。
当然、気化熱で体温を奪われるので、上陸槽は高温多湿の環境を維持することが必要。
今年は猛暑のおかげで、ずいぶん助かった




陸上でクリルを食べる稚ヤドカリ。
ここまでくれば一安心。
まだ警戒心も薄く、のぞいていてもあまり気にしない。
ナキオカヤドカリがいちばん素直で可愛い時期。



海綿に集る稚ヤドカリたち。
槽内の湿度維持のために、日本海の海岸で拾ってきた天然海綿に真水を含ませて入れている。
水気を求めてか、単に捉まり心地が好いのかは知らないが、よく集まっている。
まだまだ、怖いもの知らずで無防備だ





さて、2つのプラケースの中で、うじゃうじゃと蠢いている仔ヤドカリたち。
このまま昨年並みのペースで成長させると、来春には60cm水槽を10本くらい新設する羽目になる(^^;
さすがに、それは無理なので、里親を募集するとともに、成長を抑えて出来るだけ多くの個体を養育できるように、あれこれ考えている。

昨年の繁殖個体は、孵化後1年で前甲長4㎜~10㎜にまで成長したが、南西諸島での調査によると、自然下では前甲長2㎜~2.5㎜程度しかならないと考えられている。
これは、気温の低下する冬季には脱皮成長が抑制されることに加えて、宿貝や餌の確保が飼育下よりも格段に難しいためだろう。
もちろん、生き残れる数も飼育下とは比較にならないほど少ないはずだ。
一年後の前甲長が2㎜程度なら、20~30匹くらいはなんとか養える。

そのための方策として、
・ケージの温度を若干低めに管理する。
・与える宿貝のサイズをおさえる。
・植物質中心の餌を与える。
以上、3点に留意して、仔ヤドカリたちを育てている。

本当は、どなたかに引き取ってもらえると、いちばん良いのだが・・・。



2010年9月8日撮影
今年の新米を食べる上陸個体。
まだグラウコトエのようだ。
シジミ殻のお皿に乗っている虫は、去年の米についていたメイガ。
これくらいのサイズの昆虫は上陸個体の良い餌になる。
ただし、嗜好性が高すぎて、与えたら与えただけ食べ、食べたら食べただけ大きくなる。
今年は数が数だけに、あまり大きくなってもらっては困るので、好物を与えるのはできるだけ控えている。
ちょっと、かわいそうな気もするが、自然界はもっと厳しいということで、納得してほしい。

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