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ヤドカリ話
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33.オカヤドカリの繁殖2008


2008.12..5撮影  孵化116日目のナキオカヤドカリ
ナキオカヤドカリの特徴である眼柄の色素帯や大鉗脚掌部の斜向顆粒列などは定かではないが
眼柄の側扁は顕著になっている
グラウコトエの時点ではまだ、眼柄は筒状なので、眼柄の形状で稚ヤドカリへの変態を確認することができる。


「オカヤドカリは飼育下で繁殖行動は起こさない」という、それまでの定説に反して、我が家のナキオカヤドカリが最初に産卵したのが2004年。
翌2005年、どういった幸運か、ナキオカヤドカリ2個体とムラサキオカヤドカリ1個体が延べ5回産卵するという繁殖ラッシュに見舞われ、大量のゾエア幼生を飼育する機会を得た。
オカヤドカリの人工繁殖についての情報がほとんどない中、手探りでの幼生飼育となったのだが、供給されるパイが大きかったことが幸いして、数匹を上陸させるまで育て上げることができたものの、完全に陸上に適応させることはできずにあと一歩のところで全滅。
その後、2006年、2007年と途切れることなく産卵をしてくれたにもかかわらず、飼い主のスキルと気力と集中力が及ばず敗退。
そして5年目の今年、どうにかこうにか2匹のグラウコトエを無事稚ヤドカリに変態させることができた。
たった2匹とはいえ、しっかりと貝殻を背負ってちょこまかと陸上を歩くオ・カ・ヤ・ド・カ・リを眺めていると、この5年間の挫折感が走馬灯のように駆け巡り、その後からじわじわと達成感が湧き上がってくる(大袈裟か(^^;)

まあ、ともかく今回は少しだけ胸を張って「オカヤドカリの繁殖成功」の記録を報告する。
「オカヤドカリの繁殖成功!」・・・、ええ響きや。
長かったなぁ・・。



2008.7.11
3年連続で産卵しているナキオカヤドカリ「クメ」からのテレパシーを受信・・というのは冗談だが、実際オカヤドカリの産卵については不思議と勘が働く。
これは過去何年かの経験からも明らかだ。
もしかしたら、本当にテレパシーを発信しているのかもしれない。
案の定、貝殻の中を覗き込むと鮮やかなオレンジ色の卵塊がびっしり。
色合いから見て産卵直後と思われる。
さあ、オカヤド繁殖5年めの挑戦!
俄然、やる気が湧いて・・・こない(^^;
飼い主は部署異動でそれどころではないのだ・・。



2008.8.11
クメのテレパシーを受信してちょうどひと月。
上弦がちょっと膨らんだ小潮の朝、月曜日だというのに嫌な胸騒ぎがして早朝5時半ごろ目が覚めた。
そういえば・・と、あわててクメの貝殻を覗き込むと、卵がない。
よく見ると、砂の上にぶちまけられている。
どうやら月初めの新月大潮の頃が孵化予定日だったようだ。
飼い主がすっかり忘れていたので放幼できないまま、発眼卵を抱えていたのだが、我慢できなくなって捨ててしまったのだろう。
シャベルで砂ごと卵をすくい上げてみると、まだ孵化した様子はない。
水入れではなく砂上に捨てられたのが幸いした。
人工海水を用意している暇はないので、ストックの天然海水をタッパーに入れ、砂ごと卵を放り込んでやると・・、見事に孵化した。
出社時間が迫る月曜の朝でなければ、感動的な光景だ(笑)
とりあえず、そのままエアレーションだけ掛けて、マヨネーズの空き瓶に海水とブラインエッグを入れ、こっちもエアレーション。
あとは、ゾエアの生命力にかけて出社。
やれやれ、忙しい朝だった。
初公開!みーばい亭のゾエア保育セット(^^;

今回事情が事情なので凝ったセットを用意する間もなく、とりあえず前回使ったタッパーをそのまま使用。
肩の部分に穴を開けてエアストーンを差し込んである。
新しい海水を点滴注入すると、ゾエアやブラインを流すことなくオーバーフローした海水だけが排水される。(排水の際には短いチューブをセット)
気温が下がれば、衣装ケース内に水を張り、湯煎方式で保温。
マヨネーズの空き瓶はブライン孵化用。
タッパーは100均、エアポンプは子供向けの数百円のセットもの。
衣装ケースを入れても総額1000円ちょっと(^^;



2008.8.12~26
帰宅後、落ち着いて飼育環境を整えなおす・・と、いっても上の画像のようにごく簡単なセットだ。
今回は深く考えこまず初心に戻って、シンプルに作戦を進めることにする。
海水は引き続き、天然海水を使用。
日本海(越前海岸)で採取した海水を2~3日寝かして上澄みを汲み上げウールマットで濾してある。
これを、1日2回200ccずつ点滴注入。
同時にブラインを給餌する。
ところがこのブライン・エッグ、当初去年の残り物を使ったのだが、1日たってもほとんど孵化せず。
おそらく保管が悪くて湿気てしまったものと思われる。
仕方がないので新たに購入して孵化。実質的な給餌は孵化後3日目からになってしまった。
ちなみに、孵化直後のゾエアは絶食に強く、「あまん」に記載された飢餓実験によるとナキオカヤドカリで孵化後15日目まで生き残った個体がいたとのこと。
ゾエア期の世話は、ひたすら換水と給餌。
数日経つと、水底にゾエアやブラインの死骸、脱皮殻などが、溜まってくるのでスポイトで注意深く取り除く。
これがゾエア飼育最大の難関。
2㎜ほどのプランクトンがピンピンと動き回っているなか、ゴミだけを吸い出すのだ。
はっきりいって、仕事より集中力がいる(^^;
水温は、夏の盛りなので保温なしで26~28℃程度。
孵化したてのゾエアは透明だが、しばらくすると赤っぽくなってくる。

今回も1ケースにつき100匹程でスタートしたが、グラウコトエ変態直前には30~40匹に減った。
1週間目くらいに大量死があったが、まあまあ好調なゾエア期だったと思う。

餌は孵化したてのブラインシュリンプのみ。
植物質の必要性を説くアクアリストもおられるが、経験上ゾエア期はブラインのみで充分。
あまり複雑に考えると、却って失敗の原因が特定しにくくなったりするし、飼い主の手間が増える分集中力にも限界が来る。
結果が同じなら、過程はシンプルなほうがいい。



2008.8.27
孵化後16日目で3匹がグラウコトエに変態。
給餌の開始が遅れたにもかかわらず、ナキオカヤドカリとしてはかなりのハイスピード。
グラウコトエに変態すると、食性の幅が一気に広がる。
ブラインの給餌は続けつつ、エビ卵、エビ殻、魚肉、イカ肉、、クリルなどを少しずつ与えてやる。
植物質も必要になるので、アオサなどの海藻を細かくちぎって給餌。
画像のグラウコトエが食べているのは、観賞魚用のスピルリナ・サプリメント。
アクアショップで見かけて試しに使ってみたのだが、予想に反して結構好評だった。

すり潰してブラインの栄養強化にも使ってみたが、気休め程度の効果はあったのではないかと思う。



2008.9.6
ゾエアを共食いから守るため最初に変態したグラウコトエを、8/30に別に用意した上陸槽に移したのだが、そのまま行方不明になってしまった。
残りのゾエア4匹のうち、8/31~9/1にかけて3匹がグラウコトエに変態。
この3匹は、しっかりと貝殻を背負うまでタッパーで保育することにする
9/6、2匹が貝殻に入ったが、その後定住することなく出たり入ったりを繰り返す。

画像にポインターを置くと切り替わります
貝殻に飛び込むグラウコトエ。
プランクトンからベントスへとモードを切り替える瞬間。
実に感動的!・・と、いいたいところだが、気楽なプランクトン生活はなかなか捨てきれないようで、しばらくは出たり入ったりの繰り返し。
グラウコトエは成体同様大きな鋏を持ち、しかも遊泳力も強いために、泳ぎ回る凶器と化している。
仲間の突きを防ぐためにも、安全な貝殻に定着してほしいのだが、飼い主の思いなどどこ吹く風。
案の定、3匹のうち1匹が兄弟たちの鋏の犠牲になってしまった。




2008.9.14
第2陣変態から2週間、そろそろ上陸槽へ移動させなければいけないのだが、なかなか貝殻に定住してくれない。
ちょっと焦りはじめた矢先・・・、裸のままエアチューブを登って上陸している・・おいおい。
急遽、上陸槽に移すと、翌朝2匹とも貝殻に入って速攻で上陸。
なんか良く分からないが、オカヤドカリの繁殖における難関をひとつクリア。
それにしても、細い足で陸上をよちよち歩くグラウコトエは何とも弱々しくて頼りない。

上陸槽は、中型のプラケースにサンゴ砂とサンゴ礫で傾斜をつけ、生息地のガレ浜をできるだけ忠実に再現してみた。
ろ過装置は設置せず軽くエアレーションを掛けるだけ。
グラウコトエは小さくて見失いやすいので、水中には砂を敷いていない。

上陸の瞬間!
(画像にポインターを置くと切り替わります)
今年の夏、恒例のダイビング休暇で沖縄を訪れた際、少し時間をとって、オカヤドカリが多数生息する浜辺に日中出かけてみた。真夏の強烈な陽ざしに焼かれた浜辺は火傷するほどの高温で、オカヤドカリどころかどんな生き物でも生きていられるような環境ではない。
そんな中、上陸したばかりのグラウコトエはどうやって命をつないでいるのだろう?
一見生き物の気配を感じない浜辺だが、満潮線のあたりに積み重なった枝サンゴの欠片を少し崩してみると、驚いたことに、小さなオカヤドカリたちがわらわらと這い出してくるではないか!
そっと、手を触れてみると、サンゴ礫の数㎝下はむっとする熱気は感じるものの焼けつくような熱さではないし、しっとりと湿っている。
上陸したばかりのグラウコトエは夏とはいえ気化熱でどんどん体温を奪われる。
上陸個体に必要な環境は「高温多湿」!
このコトエたちが生き延びることができたのは、小さな野生の仲間たちが与えてくれたヒントのおかげかもしれない。
2008.10.15
2匹のうち1匹は上陸後そのまま陸上に定着したのだが、もう1匹はぐずぐずと水陸を行ったり来たりしている。
すでに、性格に違いが出てきているようだ。
9/23に1匹、9/27に残りの1匹を陸上槽に移動。
小型のプラケースに珪砂を敷き、サンゴ礫をばらまいて濡らした海綿を設置。
淡水に入り込んで溺れるのを防ぐために、最初の1週間くらいは濡れ海綿と霧吹きのみで水分を与える。
しかし、10日以上過ぎても、大きさに変化なし。
眼柄の形状からすると未だグラウコトエのまま。
そして不安なまま、1か月が過ぎて、ようやく稚ヤドカリに変態したことが確認できた。

ナキオカヤドカリの人工繁殖成功である。

グラウコトエ

稚ヤドカリ

左がグラウコトエ、右が稚ヤドカリ。
眼柄の形状が明らかに違うのが分かると思う。

上陸したグラウコトエが稚ヤドカリに変態するのには、思いのほか時間がかかるようだ。
この期間に、水中生活から陸上生活への適応を、体内で進めているのだろう。
グラウコトエのまま陸上で過ごす期間は、非常にデリケートな状態にあると思われる。
この時期をいかに乗り切るかが、オカヤドカリ繁殖の一つのポイントになる。


上陸後に与えている餌は、キョーリンの配合飼料・スピルリナサプリ・エビ殻・魚肉・クリル・海藻・サツマイモ・ニンジン・リンゴ・ご飯粒・胡桃・パン・ハクチョウゲの葉・小虫の死骸・海水水槽のデトリタス・・など。
このうち、良く食いついたのが、アマエビの殻、クリル、それに海ヤドが食べ残して1日海水に浸かっていた白身魚の残骸など。
植物質の餌を食べている様子は観察できなかったが、唯一自家製のシフォンケーキには興味をしめした。
肉とお菓子・・やっぱり嗜好は子供なのかもしれない。


2008.12.2撮影 孵化後113日目のナキオカヤドカリ
グラウコトエの間は、なかなか変態しなくて飼い主をヤキモキさせたチビヤドだが、稚ヤドカリに変態してからは短いスパンで脱皮を繰り返して、どんどん成長している。。

同じ日に同じ親から生まれた兄弟であるにもかかわらず、上陸時にすでに大きさに違いがあったのだが、成長につれてその違いがますます顕著になっている。
オカヤドカリの成長スピードが個体ごとに異なるのは、過去に無効分散個体を採集・飼育した経験からも明らかなのだが、同時に生まれた兄弟に差が出るのは興味深い事実である。
この先の成長が楽しみだ。

今回の繁殖成功によって、オカヤドカリがWC個体を1世代畜養するだけでなく、本当の意味での飼育(累代飼育)を楽しむことのできる生き物である可能性を示唆できたことに、飼育家として一つの誇りを感じる。
まだまだ、飼育動物としては軽く扱われることの多いオカヤドカリだが、累代飼育を目指して飼育するなら、その奥深さと面白さはへヴィー志向の飼育家でも十二分に満足できるはずだ。
多くの生き物好きに、オカヤドカリ飼育の本当の楽しさ、奥深さを知ってもらえれば、「ハーミーズクラブ」以降の、流通・飼育を取り巻く惨状が少しでも改善されるのではないだろうか?

この小さなオカヤドカリたちがサザエ殻を背負う頃、すべての飼い主が心穏やかに飼育を楽しむことができる情況になっていてくれたら・・・。
ヤドカリ好きのささやかな願いである。
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2008.12.7


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