みーばい亭の
ヤドカリ話
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34.酒のサカナ

ウバウオ
体長20㎜ 普段は岩組の隙間やガラス面の隅っこに吸盤ではりついているが、
時折、水面近くを不器用に泳いでいることもある。
その行動パターンは魚というより、エビに近い。


一時期、マクロ撮影に凝っていたことがある。

各所で何度も書いているが、元々私は大物狙いのフィッシュ・ウオッチャーだった。
ところが年齢とともに、職場での責任が重くなったり、子供が生まれたり、住宅ローンを抱えたりして、仲間が一人二人と海から離れてしまうと、経済的な負担が増えることもあって、だんだんと遠征して大物を狙うモチベーションが低下してくる。
やがてチームが解散状態になると、私自身も外洋から磯やサンゴ礁にフィールドを移して、こぢんまりと遊ぶようになり、それに伴いレンズを広角からマクロに換えてウミウシやコケギンポをちまちま撮っていたのだが・・・・、すぐ飽きた(笑)。
折角、広い広い海に潜って遊んでいるのに、視野を小さなフレームに収めてしまうのが馬鹿らしくなったのだ。
今では、海に入っても撮影は小形のデジタルカメラでスナップ程度に楽しむだけで、全身で潮を感じ、生き物たちの気配を感じながら、海そのもの感触を楽しんでいる。

それはともかく・・、わずかな期間だがマクロ撮影に凝っていた時に興味を持った被写体が「ウバウオ」だった。
もちろん、魚屋には売っていないし、アクアショップでも見たことがない。
要するにマイナーな魚である・・が、このマイナーという辺りが(マクロ派)フィッシュ・ウオッチャーにとっては「良い魚」である重大な要素なのだ。
当時は周りのダイバーにもウバウオを見つけたら教えるように声を掛け、ブロックサインまで決めていたものだ(笑)。
まあ、マクロ派を引退した今となっては、毎夜ウバウオが夢に出てくるわけでもなく、長らくその存在をすっかり忘れていたのだが・・。

先月11月半ばの週末、メイン・フィールドの越前海岸で、今シーズン最後の磯遊びを楽しんだ。
狙いはエビ。
ネクトンが古株のソラスズメダイ1匹だけでは、水槽上部の空間(水間?)が何となく寂しいので、イソスジエビかスジエビモドキを何匹か補充するのが目的だった。
狙いどおり、当年生まれと思しき仔エビを数匹掬い、予定外ながらちょっと嬉しいイソクズガニを見つけ、満足してそろそろ帰ろうかと思った矢先、何気なく海藻の茂みをさらった網にこいつが入ってきた。
何年かぶりに懐かしい友に出会った時のように、共に過ごした青春時代の思い出が走馬灯の如く甦り・・・と、いうのはウソだが、そんな事情でちょっと懐かしくて、「磯水槽に魚は追加しない」という、誓いを破って連れて帰ることにしたわけだ。
ウバウオが体表から粘液毒を分泌する「毒魚」だということを思い出したのは、帰路の車中だった(^^;

さて、磯水槽の住人として暮しはじめたウバウオだが、当然と言うかやっぱりと言うか、貝組みの隙間に隠れてあまり姿を見せてくれない。
食性についての情報も少なく、一般的にプランクトン食というのが定説のようだが、運動能力的や形態を考えると浮遊するプランクトンを日常的に採餌するには無理があるように思われる。
おそらく、海藻などについている、微小生物や有機物などを、摘み取るようにして食べているのではないだろうか?
実際、乾燥ブラインの粉などを撒いてやっても全く反応なし。
姿を見せないので給餌のしようもないが、ひと月を過ぎても別に痩せもせずに生きているところを見ると、何か食べているのだろう。
最近、毒抜きをサボっているので、バクテリア入りのデトリタスはたっぷり溜まっている。
その辺りで手を打ってくれると飼い主も気楽なのだが・・(^^;


酒の表面に浮かぶ「うば」
酵母菌や乳酸菌が吐き出す二酸化炭素の泡と共に
立ち上る甘い香りは官能的でさえある


ところでウバウオという名の由来だが、まず思いつくのは「姥」か「乳母」だろう。
普通に考えれば、動きが年寄りっぽくて鈍くさい魚「姥魚」と考えるのが自然だと思う。
「ウバザメ(姥鮫)」などと同様である。
だが、それでは当たり前すぎて面白くない。

実は「うば」という日本語には「姥」や「乳母」の他に、もう一つ意味がある。
酒好きの人ならご存知だろうが、酒を醸造するときタンクの表面に浮かぶもろもろのアクを「うば」と呼ぶのだ。(「ゆば(湯葉)」が語源で訛ったものと思われる)
想像しただけで、あの甘~い香りと脳髄が痺れるような快感が甦ってくるではないか!
もしかしたら、ウバウオが体表から分泌する粘液毒は、酒を醸すような芳香を発するのではないだろうか?(毒性はサイズ的に大した影響はないと楽観している)
そんな事を妄想しながら、水槽を眺めていると、海水から甘くてちょっと危険な香りが漂ってくる・・・ような気がしてくる(笑)

居酒屋みーばい亭の店主としては「酒の魚ウバウオ」説を熱狂的に支持するのだ!






この秋、新たに加わったイソクズガニ
海藻の塊にしか見えないと思うが(笑)


「カニ」とは、腹部を退化させて体を軽くし、高速歩行ができる様に進化した甲殻類・・なのだが、中には変わり者もいる。
イソクズガニもその一つ。
とにかく動きが遅い。
一歩一歩確かめるようにゆっくりと歩く様子は、ナナフシや南米のナマケモノを連想させる。
それだけ、自らの擬態に自信を持っているのだろう。
ご存じのようにナナフシは小枝そっくりの体で風に揺れる様にゆっくりと歩くし、ナマケモノもお腹の毛に苔をはやして熱帯雨林に溶け込んでいる。
保護色や擬態が完璧なら、素早い動きは不自然で、かえって天敵の目に留まりやすくなる。
多くの肉食動物は、素早い動きには敏感に反応するが、ゆっくり動くものは、あまり気にとめないのだ。
その辺り、世知辛い人間社会で生きるためのヒントになる・・・、かもしれない(笑)

初めの2~3日は水槽の中をうろうろと歩きまわっていたイソクズガニだが、いったん居場所を決めてしまうと、あまり動かずにじっとしている。
このあたりの行動パターンは、カニというよりイソギンチャクっぽい(笑)
食性は植物食に近い雑食で、特に緑藻のアオサを好むようだ。
褐藻類は食べるより擬態用で、小さなハサミ脚で器用にちぎって、背中のとげに生け花のように植え付けている。
緑藻がなければ褐藻を摘むこともあるが、生の褐藻よりも乾燥アオサの方が食い付きは良い。
クリルや人工餌には全く興味を示さないのだが、イカ肉や貝肉は食べることがある。
ただし、その手の食べ物は、エビやヤドカリに必ず横取りされるので、食事を完遂することはできない。
ちょっと、かわいそうかも・・。







アカイソガニの死骸を食べるヤマトホンヤドカリ
兜首をとった戦国武将のようだが、実は死首(^^;


前々回の「ヤドカリ話」で紹介したアカイソガニとフクロムシだが、ウバウオとイソクズガニを迎えた採集行の前夜、静かに生を終えた。
さっそく、新鮮な死骸を囲んで住人達の饗宴がはじまる。
わずかに残った歩脚は、ホンヤドカリやユビナガホンヤドカリが持ち去ったが、堅い甲殻に包まれた体は彼らのハサミ脚ではさすがに歯が立たない。
そこでのっそりと登場するのが、真打ちヤマトホンヤドカリ!
頑強なハサミ脚はだてではない。
軟らかそうなフクロムシを先に食べれば良さそうに思うのだが、不思議なことにフクロムシに手を付けたのは甲殻を割ってカニ味噌を食べた後。
単純に不味いだけかも知れないが、もしかすると画像の時点ではフクロムシがまだ生きていたとも考えられる。
ヤドカリたちは死骸なら仲間でも躊躇なく食べてしまうが、生きている生き物には不思議と手を出さない。
それが磯の多彩な生物相の中で生まれた秩序なのだろうか?
そういえば、ヤドカリやエビなどの甲殻類は魚に比べると、どことなく生真面目な印象を受ける。
大脳を持たない分、本能(ルール)に忠実に生きているのだろう。
もしも、磯にベラやハゼなど小賢しく狂暴な魚しかいなければ、磯の秩序は確実に崩壊するはずだ。
もしかするとヤドカリという生きものは、磯の生態系の調整役を担っているのかもしれない。
そう考えると、ガサツなホンヤドカリたちも、ちょっと偉そうに見えてくる(笑)

さて、この夏、管理人を楽しませてくれたアカイソガニは、3日程で甲殻も残さず食べつくされ、今では水槽のヤドカリやエビやカニや魔貝たちの血肉として生きている。
そして、アカイソガニに少し遅れてやってきたヤマトホンヤドカリも、年明けを待たずに消えた。
昨年のベニホンヤドカリに続き、5か月での脱落である。
やはり、大型ヤドカリの飼育には半年あたりに大きな壁があるようだ。




ホンヤドカリとニアミス
お互いまったく無関心
ま、それが雑居水槽の心得か(笑)
2008.12.23


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