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35.知らぬ仏のヒメアカイソガニ |
![]() ほの暗い穴の底でライトの光に浮かび上がったヒメアカイソガニ 半年以上誰の目にも触れることなくひっそりと生きていた |
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粋な黒塀 見越しの松に あだな姿の洗い髪・・とくれば、ご存知、 木更津辺りを仕切る親分の妾だったお富さんは、江戸の商家の若旦那与五郎と恋仲になるのだが、しょせん道ならぬ道。 恋の結末はお約束。 若旦那は子分たちにズタボロにされた挙句、スマキにされて海に放りこまれ、お富さんもあとを追って身を投げる。 そして数年後。 九死に一生を得た若旦那だが、今じゃ向う疵の与三郎と二つ名を持つ ある日、目を付けた瀟洒な黒塀に押し込んでみると、そこに居たのは木更津の海に身を投げたはずのお富さん。 そこで「死んだはずだよ、お富さん」と、なるわけだ。 まあ、芝居の話だから、戯作者が知恵を絞ってせいぜいドラマチックな筋立てを捻り出したのだろうが、事実は小説より奇なり、磯水槽は芝居よりも奇想天外。 我が家の水槽の中で、江戸の庶民も唸らせる感動のドラマが密かに幕を開けていたとは、お釈迦様でも気がつかなかったろうなァ。 |
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きっかけはソラスズメダイの脇腹のキズ。 越前海岸に死滅回遊魚として流れ着いた幼魚を連れ帰ったのが2005年の夏。 今では堂々たる主として磯水槽に君臨している。 スズメダイの習性で岩の下などに巣穴を掘りたがるのだが、子供の頃ならともかく、今や8㎝を超える巨体だ。 貝殻マンションなど尻尾の一撃でバラバラに崩されてしまう。 それで、水槽の中央にレンガを組んで巣穴を作ってやっているのだが、先日悪童ヒライソガニがフジツボ殻を押して巣穴の入り口を半分ほど塞いでしまった その時に狭い隙間を無理やり通ろうとして脇腹を擦ったらしい。 誰かさんと同じで、自分の横幅がわかっていないようだ(笑) で、水槽に手を突っ込んで元通りフジツボをずらし、尖った一片が入り口に向かないように少し角度を変えてやった。 その後、巻き上げたゴミが沈むのを待ち、レイアウトの確認がてら何気なく水槽を眺めていると、フジツボの穴の中に何かの気配がする。 今まで横向きで見えなかった穴だ。 ホンヤドカリでも潜り込んでいるのかと、懐中電灯を持ち出して中を照らしてみると、なんとそこに居たのは去年の6月に死んだはずのヒメアカイソガニ。 天地驚愕! 吃驚仰天! 生きていたとはお釈迦様でも知らぬ仏のお富さん・・である。 どうやら死骸だと思い込んでいたのは脱皮殻だったようだ。 そう思って画像を見直すと、やっぱりそんな気がする(^^; 脱皮殻を身代りにして、アカイソガニがフクロムシと共に凄絶に生きヤマトホンヤドカリが威風堂々闊歩した磯水槽で、飼い主や他の住人たちの目を欺き続けていたということか。 ブログに掲載した追悼文に、 自然の磯でなら、シャイでおとなしい連中もそれなりに居場所を得ることができるのだろうが、磯における生物の多様性を受け入れるには、水槽はあまりにも狭いということか・・・。 とも書いたが、このヒメアカの生存はまさに磯の多様性を象徴しているように思える。 ヒメアカイソガ二は、本来石の下や岩の隙間奥深くにじっと潜んでいて、天敵の魚たちが寝静まる深夜、こっそりと餌を拾って歩く・・そんな暮らしをしているのだろう。 それが強くもなく素早くもない小さなカニが荒磯で生き残る唯一の そんなヒメアカが水槽の中に自らの居場所を見つけて生きていてくれたとは、採集派アクアリスト冥利に尽きるというものだ。 残念ながら翌朝には姿が見えなくなったが、いつの日かきっとまた元気な姿で会えることを信じている。 |
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2009.1.31 |
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