みーばい亭の
ヤドカリ話
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40.たけくらべ


ナキオカヤドカリ親子の2ショット
父ヤドは2001年6月に沖縄から購入した個体 現在前甲長18mm
仔ヤドは2009年8月2日孵化 現在前甲長4mm弱
父ヤド暴君メイが我が家にやってきたとき、ちょうどこの仔ヤドほどの大きさだった
あれから10回目の夏が来る・・。





椎名誠のルポ・エッセイ「全日本食えば食える図鑑」(新潮文庫刊)に登場する与那国のヤシガニ捕り名人A氏によると、与那国島には3種類のヤシガニが生息しているそうだ。

①アダンの実を専食しているタイプ。小ぶりだが脂がのっていてたいへん美味。
②海岸で巻貝を食べているタイプ。3kg以上に大きく育つ。
③草や虫など何でも食べる雑食のタイプ。大きくなるが毒のある実や葉も食べるので自身が毒化することもある。

もちろんヤシガニ(Birgus latro)は1属1種の世界共通種だから、3タイプの習性と形態をを持つヤシガニがいるということなのだろうが、なかなか興味深い話である。
ご存知のようにヤシガニは海中に幼生を放出し海を介して分布を広げるので、与那国島に上陸する稚ガニの何割かは南方から海流に乗ってやってきた個体群だと思われる。
継続的に他地域の遺伝子が供給されるわけだから、これらの差異は遺伝子レベルでの地域特性ではなくて、後天的に獲得した一代限りの地域特性なのだろうが、雑食動物にあるまじき偏食ぶりは海で育って陸で暮らすという中途半端な進化の途上にある種としてのテーゲーさを露呈しているようで面白い。
もちろんヤシガニの近縁種であるオカヤドカリ類にも同じような現象が見られるであろうことは想像に難くない。
実際、遺伝子による先天的なものか環境による後天的なものかは分からないが、ムラサキオカヤドカリやナキオカヤドカリの体色のバリエーションは愛好家なら誰でも知っていることだし、鉗脚の斜向顆粒列についても個体ごとの差異が報告されている。
愛好家のサイトやブログを読むと、飼われる家庭によって餌の好みにもけっこう違いがでるようだ。
ヤドカリ好きとしてはその辺り非常に興味があるところなのだが、A氏のように胃の内容物を調べてデータを集めるような学究肌の捕り子は居ないだろうし(そもそもペット用なのだから解剖すれば商売にならない(笑))、残念ながらフィールドでの調査は酔狂な研究者の登場に期待するしかない。
しかしながら捕獲された野生個体なら日本全国様々な環境で大量に飼育されている。
越年飼育を前提とした飼育ケージをひとつの生息環境と捉えれば、若齢のうちからじっくりと飼い込むことによって、それぞれの飼育環境に適応した特性変異が見られるのではないだろうか?
とかく単調で飽きやすいオカヤドカリ飼育だが、「温度がどうで湿度かああで餌がそうだからウチのヤドカリはこうなのだ」などと、あれこれ妄想を巡らせながらだらだらと飼い続けるのもまた一興。
ムラサキオカヤドカリなら、11年に及ぶ偏屈洞宿六さんの記録が極上の比較モデルになるだろう。
待遇が悪かったりすると戦闘モードに変異して飼い主にビーム攻撃を仕掛けたりするかもしれないが、それもまた楽しそうだ(笑)
オカヤドカリ飼育は長距離走である。
オカヤドカリの寿命が尽きる前に飼い主が息切れしたのでは話にならない。
飼育技術云々を論ずる以前に、あれこれ面白がりながらのんびりゆっくり走るのがオカヤドカリと長く付き合う秘訣ではないだろうか。


※ひと昔前にベストセラーになった、柳田理科雄氏の「空想科学読本」によると、生物が光線を発射するのは理論上可能とのこと。
暴君メイの血をひくチビたちならほんまにやりかねんような気が・・。




ところで「オカヤドカリは生まれてから2年で性成熟し繁殖活動をはじめる」というのが、一般に知られている定説だが、正確には「前甲長4㎜前後で性成熟し繁殖活動をはじめる」というのが正しい。
事実として確認されているのは「前甲長4㎜前後で抱卵がみられる」ということであり、フィールドでの甲長組成調査によって、前甲長4㎜前後なら2年物だろうと推定されているわけだ。

画像は2009年に我が家で生まれたチビヤドたちだが、孵化後10ヶ月で早くもほとんどの個体が繁殖可能なサイズに達している。
南西諸島など国内に生息するオカヤドカリ類は、気温の低下する冬季は脱皮成長をしないと考えられているので、25℃前後の温度環境で通年脱皮成長を繰り返している飼育個体の成長が早いのは当然としても、その他餌や宿貝など飼育環境における様々なファクターが影響しているのだろう。
これも飼育環境下での特性変異の一例と言えるかもしれない。
これらの1齢個体が本当に繁殖能力を有しているのかどうかは今のところ不明だが、もし1年で繁殖可能になるとすると、流通用のオカヤドカリ養殖事業が俄然現実味を帯びてくる。
愛好家レベルでも体色や体型の異なる個体を掛け合わせてみたり、いくつかの飼育環境を用意してどのような特性を持つかを調べてみたりと、飼育の楽しみが無限に広がっていく。(ギラギラとした欲望むき出しで生命の選択に近い品種改良にまい進する行為は死ぬほど嫌いだが)
野生動物、特に昆虫や甲殻類などの節足動物は2代目3代目で健全な個体を得ることが困難な場合が多いが、テーゲーな遺伝子を持つオカヤドカリのこと、オオカミ(イヌ)やフナ(キンギョ)のように、テキトーに適応して飼育動物として繁栄するに違いないと信じている。
自然保護が姦しく取り沙汰される昨今、ペット需要をブリーディング個体でまかなう方向に進むのが当然の流れになるはずだが、業者さんたちは相変わらずコストパフォーマンスの高い自然採集個体をせっせと店頭に送り込んでいる。
ペット用としてオカヤドカリの流通がはじまって70年。
そろそろ業者や愛好家の意識が変換されてもいい頃だと思うのだが・・。

例によって話がそれた(^^;

それにしても、この兄弟達の大きさの違いはなんなんだろう。
現在、地上で活動している6匹の前甲長を測定してみたところ、上から8㎜、7㎜、5㎜、4㎜、4㎜、3㎜という結果が出た。(ハンドリングした生体にスケールを当てて測定)
最大個体と最小個体では前甲長で3倍弱の差が出ている。

以前こちらの記事にも書いたが、今回は同じ遺伝子を持つ同腹個体にも、これだけの差が出たことにちょっと驚いている。
まったく持ってテーゲー(よくわからない)な生き物である。
まあ、このテーゲー(てきとう)な部分が広域に分布し且つ個体数も多いナキオカヤドカリ繁栄の礎になっているのかもしれないが・・。







こちらは2008年8月11日に孵化したナキオカヤドカリの琴。
2010年5月23日の夕方、2歳の誕生日を待たずにサザエ殻に着替えた。
現在、前甲長9㎜。
何匹かの先達に使い古されて小さく擦り切れたサザエではあるが、プランクトン時代から成長を見守ってきた個体だけに感慨深いものがある。
2年前、彼(彼女?)の成長を紹介した記事の最後に、

この小さなオカヤドカリたちがサザエ殻を背負う頃、すべての飼い主が心穏やかに飼育を楽しむことができる情況になっていてくれたら・・・。
ヤドカリ好きのささやかな願いである。


と、書いた。
あの稚ヤドカリがサザエ殻を背負った2010年初夏、すべての飼い主が心穏やかに飼育を楽しめる情況になったのだろうか







撮影地 座間味島

生息地の海岸で深夜懐中電灯を片手に、ごそごそと茂みをかき分けてオカヤドカリを観察していると、よく出くわすのがお馴染みのこの昆虫。
人家の昆虫として認識されているゴキブリだが、人間と共に暮らした時間はたかだか数千年、ゴキブリ一族3億年の歴史からすると、ほんの一瞬である。
本来は林床などでスカベンジャーとして生態系の一端を担っている昆虫なのだ。
オカヤドカリを探していてよく見かけるくらいだから、その生息環境や習性、食性などオカヤドカリと共通する部分が多い。
温暖化や都市化に伴い、どんどん北へと生息地を広げているゴキブリだが、元々はオカヤドカリと同じ南方系の昆虫。
毛嫌いしないでオカヤド飼いの目でじっくりと観察すれば、何がしかオカヤドカリ飼育のヒントが得られるに違いない。
野生動物の飼育とは、飼い主の住環境に中で生息環境を出来る限り再現すること、つまりオカヤドカリの飼育ケージの奥には生息地の環境が透かし見えるべきだと考えている。
そこには、様々な草木が茂り、ゴキブリやヘビやサソリやカエルやカメやカニやカタツムリなど数多くの生き物の息吹が賑やかに渦巻いているはずだ。
ケージの奥に見えるのが、玩具売り場や100円ショップや業者のリーフレットではあまりにも淋しくて味気ない。
オカヤドカリはプラスチックの玩具ではないのだ!

与那国のヤシガニ捕り名人はこんなことも言っている。

3、4センチの小さいのを捕って大阪あたりのペットショップに持っていくと1万円くらいで売れるから、ヨソからいろんな人がやってきてメスだろうが子供だろうが手当たり次第に捕ってしまう。このままだと、もうじきこの島のヤシガニは絶滅してしまうだろう。


「ヤシガニ愛好家」の近縁種である「オカヤドカリ愛好家」の耳も痛い。

撮影地 座間味島
オカヤドカリに食い散らかされたクマゼミの残骸
左上にいるのがライトに驚いて逃げるナキオカヤドカリ

2010.06.12

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