読売新聞 田山一郎記者が2010年12月1日から4日まで連載の
「自らの力で秋津野ガルテンの挑戦」  <4> 2万円で買う夢

住民の郷土愛が支え

都市農村交流施設「秋津野ガルテン」(田辺市上秋津)で10月末、「地域再生実践塾」(地域活性化センター主催)が開かれた。各地で地域づくりにかかわる約30人を前に、ガルテンの取締役原和男さん(69)は「地域づくりは、住民の郷土愛に支えられてこそ可能」と強調した。

 農業の将来に危機を感じた原さんら地元有志が「上秋津を考える会」を結成したのは1988年。登山マラソンやパラグライダー基地の開設など、イベント中心の活動を重ね、94年には町内会や老人会、PTAなど25団体で地域づくりの母体「秋津野塾」を設立。参加団体の代表者が頻繁に集まって議論し、合意形成を図りながら地域づくりを実践してきた。

 99年に地元農家の直売店「きてら」が開店。食の安全を巡る問題を背景に売り上げは順調に伸びた。ジュース工場の成功も基にガルテン開設の準備が始まった。

 原さんには「死んでも忘れない」二つの思い出がある。ガルテン開設に向けては、事業主体「株式会社秋津野」への出資(一株2万円)を募ること、施設用地として旧上秋津小跡地の購入を承認してもらうことが、大きな課題だった。

 2005年末、各地区で懇談会を開き、計画を説明した。しかし原さんらが取り組もうとする都市農村交流を理解してもらうことは容易ではなかった。ある懇談会。静まり返った会場で高齢の女性が、静かに言った。「2万円で夢が買えるのなら、こんなありがたい話はない」。出席者から「そうやな」と声が漏れた。

 跡地購入を議題にした住民団体の総会は06年12月に開かれた。「うまくいくのか」「失敗したらどうする」。不安の声は強かった。話し合いが行き詰まり、原さんは「計画断念」を覚悟した。突然、物静かな古老の男性が発言した。「やらせてみたら、なっとうな(どうだ)」。会場はそのひと言でムードが一変、購入は賛成多数で認められた。

 「2人の言葉にどれほど助けられたか」と言う原さん。「古里を盛り上げようとしていることが、うれしかったのではないか。住民の郷土愛を、あのときほど感じたことはありません」

 行政に頼らず、住民自らの力で取り組んできたガルテン。和歌山大観光学部の藤田武弘教授(農業経済)は「それがむしろ、住民の地域力を鍛えたとも言える」と言う。

 一方で、ガルテンが取り組む「地域づくり学校」などの人材育成について「将来に向け、ツーリズム大学などの形で、田辺市や県、和歌山大などが協力して支えていくことが必要」と提言する。

 全国に4000〜5000軒あるといわれる直売所は今、過当競争の時代。都市農村交流に取り組む地域も増え、競争は激しさを増す。ジュース用ミカンの出荷を希望する農家が増え、「きてら」は近く、ジュース工場を増築、現在の倍近い6万リットルを製造する計画だ。ガルテン開設3年目を見据え、原さんは「もっとすそ野を広げないと。身の丈に合った仕掛けを考えていかなければ」と目を輝かせた。(おわり)



 (この連載は、田山一郎が担当しました)




<1>主婦の力 
<2>ミカン交流 
<3>考える若手農家台頭
<4>2万円で夢を買う




{2010年12月4日 読売新聞