読売新聞 田山一郎記者が2010年12月1日から4日まで連載の
「自らの力で秋津野ガルテンの挑戦」 <1>主婦の力   



地元野菜で“素顔の料理”

高尾山(約606メートル)のふもとに広がり、古くからかんきつ類の産地として知られた田辺市上秋津。11月の週末、都市農村交流施設「秋津野ガルテン」の農家レストラン「みかん畑」には、午前11時の開店を待つ約50人の行列ができていた。

 お年寄りのほか、子ども連れの主婦、若者のグループも目立つ。木材を多用し、山のコテージを思わせる店内には、カボチャの煮物、肉ジャガ、筑前煮、炊き込みご飯など、地元の野菜を使った約20種の料理が並び、客はバイキング方式で欲しいだけ皿に取っていく。

 スタッフリーダー(主任)の黒田敏子さん(65)が「どれもこれも、素人料理ですが」と客に声をかける。大阪から何度も来るという老夫婦は「いや、それが楽しみで」と会話が弾んだ。


 「みかん畑」がオープンしたのは2008年11月。この2年間に予想の4・5倍、9万人が訪れた。黒田さんは「こんなに忙しくなるとは、思ってもいませんでした」と驚きを隠さない。

 主婦仲間と漬物やジャムをつくり、直売所で販売していた経験を買われた。しかし「スタッフに料理店の経験者はいないし、不安で夜も眠れなかった」と開店当時を振り返る。知人の調理師にダシの取り方を教わることから始めた。25人のスタッフは地元の主婦。自慢の自作料理を持ち寄り、試食会を繰り返した。

 開店後、「肉や魚はないのか」との不満の声が上がったが、別の客の「ここは野菜を楽しむ店や」とのひと言に、どれほど救われたことか。だから、客への声かけを心がけている。黒田さんは「気負わず、素顔のままの料理を提供する。ようやく割り切れるようになりました」と言う。今では素材を生かした飾らない味が人気になっている。

 店の営業は昼食時間帯が中心だが、交流会など夜の宴会もこなす。専業農家の主婦、木村美子さん(54)は人手が足りない夜間など、農作業の合間をみて店に入る。接客は結婚前のOL時代以来。「この2年間で一番の変化は、視野が広がったこと」と喜ぶ。

 店に近い紅葉の名所「奇絶峡」の道順を聞く客に、「私が案内します」と車を走らせた同僚スタッフの心遣いに打たれた。「農業だけの生活では、こんな仲間に出会えなかった」

 副社長の玉井常貴さん(65)は「地元の新鮮な野菜を生かし、主婦の力を発揮してもらうことが狙いだった」と言う。計画段階で「シェフを雇うべき」との議論もあった。しかし今、玉井さんは「主婦に任そう」との決断は正しかった、と確信している。


     ◇

 「秋津野ガルテン」の開設から2年がたった。地域づくりのモデルとして全国の注目を集め、訪れる人は絶えない。都市住民と触れ合う地元の人々の姿を通して、農村の再生を考える。


<1>主婦の力 
<2>ミカン交流 
<3>考える若手農家台頭
<4>2万円で夢を買う




<秋津野ガルテン>
 

2008年11月オープン。都市住民との交流による地域づくりを目指すグリーン・ツーリズム施設。農家など489人が出資して設立した農業法人「株式会社秋津野」が運営する。廃校校舎を再生利用し、宿泊施設の経営や貸し農園、農業体験など「地域貢献型」のソーシャルビジネスに取り組んでいる。


2010年12月1日  読売新聞 田山一郎記者)