パルティータ 

     
 

  フーガのように形式的に、あるいはミサ曲等の宗教曲のように内容的に、一種の表面的堅苦しさをまとった楽曲からはなれて、エンターテインメントの舞曲の形式を借用した組曲集がバッハの作品にあることはとても素晴らしいことと思う。もっとも学習用も兼ねたとは言え、自由度がある分だけ表現上にも技術上にも洗練された演奏が要求される点ではショパンのエチュードなど同じなのかもしれない。クラヴィアの為の曲以外に、オーケストラ用、ヴァイオリン用といくつかの組曲がある中でパルティータの名を冠したものはその一部に限られている。

 クラヴィア用組曲で、イギリス組曲やフランス組曲と名前が付けられている一連のものより、あとに作曲されたこともあってか、パルティータは曲想がかなり異なっているように思う。元々は変奏曲の意味だったと言うイタリア語での組曲の「パルティータ」の語感自体にも何か神秘的かつ内省的で近寄りがたいものを感じてしまうのは思い過ごしだろうか。雰囲気的にはブラームスのインテルメッツォのような諦観に近い趣きを感じることもあるし、ハ短調パッサカリアやゴールドベルク変奏曲とも共通する、深遠な中にも安らぎが感じられたりする不思議な曲集である。ベートーヴェンの後期ソナタに感じるそれと相通ずるもののような気もする。

 イタリア風な自由度を与えていながら透徹した厳しさを漂わせているので、演奏の仕方もフランス風なアドリブ的装飾を極力排して一音一音磨き上げた打鍵の積み重ねが重要なようだ。指にまかせて弾き飛ばす演奏や、哲学の無いテキスト的な演奏を許容せず、聴き手にも特異な集中力を要求する曲だからか、演奏会や発表会でもあまりプログラムに載せられることも多くは無い。しかし共感を持って創り出される世界の魅力は無伴奏ヴァイオリンやチェロの世界にもひけをとらない。演奏家が内へ内へと入って行く分だけ、聴き手の方がそれを追いかけて行く精神的集中が要求される。世俗的な題材を磨き上げて孤高の境地へと作り上げているところはブルックナーの交響曲と共通する精神世界かもしれない。

 聴取CDの演奏は1点を除いて素晴らしいものばかり。ピアニストに必須な外向けへのアピール牲とはむしろ逆の、自己の内面をじっくりと追及するタイプの演奏家が占めているようでもある。バッハをライフワークにしているか、伴奏者あるいは室内楽メンバーとして著名な演奏家が主のようで、ショパン演奏でも定評があるのはポブウォッカとアクセンフェルトの二人くらいか。この曲の演奏内容は、所要時間が端的に物語っているようでもあり、短時間で弾き飛ばす演奏は内容も浅くこの曲集の精神性とは無縁な愚演でしかない。ショパンやリストでは効果を発揮する指のひけらかしはこの曲集では実に醜怪な結果となる。パルティータには速度制限はあるものの音色や強弱は、使い手のセンス次第で有効となるようで、それらを積極的に出しつつ抑揚を利かせたマリア・ティーポの表現は、これはこれでとても魅力的。

 テューレック、セイガー、ストイァマンが最高の境地を描き出している。グールドの鬼才もこの曲に対しては、何か途惑っている様にも聴こえる。面白いのはポブウォッカで、豊かな音色でのショパンの素晴らしさをバッハでも再現している実に貴重な演奏。それに次ぐのがティーポの豊饒派と言えるような華やかな音で彩るタイプ。ヒューイットの誠実な奥底から創り上げた世界と対極のようでいて、聴いた後の充実感は両者それぞれ譲らない見事さ。あっさりと客観的なゼーマン、情感込めたストイァマン、達観のテューレック、実直一徹のセイガーと言ったところか。ショパン演奏でも知られたポブウォッカとチェンバロのアクセンフェルトはいろいろと変化をつけた表向きの表現。これもまたなかなかの味がある。

 チェンバロではピアノのようなソノリティの深みは到底表現できないはずなのだけれど、アクセンフェルトもレオンハルトも楽器の特性を完璧に操った語り口で、あるときは端正に、あるときは自由な装飾や音色の組み合わせを駆使して実に変幻自在で魅力的なパルティータを聴かせている。良い音楽は名人の手にかかると何で演奏しても極致の世界が描き出されると言うのか、これもまた楽しい聴き比べ。一般の曲集では七番のロ短調が入っていないのが残念。

 

      
演奏者 演奏時間

録音時期

CDNo.
R.テューレック 159’09 1956-1958 456.976-2
G.グールド 97’49 1959,1962 SM2K52597
J.L.ストイァマン 98’50 1984-1985 456.068-2
E.ポブウォッカ 112’39 2000.March-May VICC-60217/8
C.ゼーマン 128’09 1965.July,5-6 C014.002I
A.ヒューイット 143’22 1996/1997 CDA67191/2
G.レオンハルト 128’11 1963-1970 BVCD-1943/4
C.C.セイガー 136’09 1993.July,5-8 CD94.014
M.ティーポ 150’30 1991 367642-2
E.P.アクセンフェルト 114’33 1973.November,19/23 BVCC-37137/8
A.ガブリロフ 93’30 1993.Oct. 445.840-2