モーツァルトの作品はすべてこれ燦然たる珠玉の宝石、と言った感がありますが、その中での密かなお気に入りはピアノトリオ。綺羅星のごとき彼の作品群の中で大部分晩年の数年間に作曲され、地味なのですが小粋で洗練されていて身軽に充実した気持ちになれる貴重なジャンルです。
ピアノソナタは、内容は深いものの学習者向けとして構成がシンプルなところが物足りなくて、かと言ってピアノ協奏曲は、ちょっと大きすぎる。ピアノ四重奏もちょっと重たく、ヴァイオリンソナタはなにか二人の世界で完成されてしまっている。そんな中でこのピアノトリオは、弦の仲間がいたら形だけでも自分も弾けるかもしれないような簡素さでありながら、実は彼のピアノ協奏曲を極限まで切り詰めた姿なのではないかと思ってしまう深い表情を有しています。ピアノの部分についてみると、ソナタ等では低音域の表現にも力を配分せざるを得ず、表現が極め尽くされていない感じがするのに対して、ピアノトリオでは、足元はすべてチェロにゆだねて、自由闊達に語っている。何か礎石、床面がしっかりした舞踏会場で、ピアノとヴァイオリンが自由気ままにデュオを舞踏しているような、そんな感じを受けます。三人寄れば文殊の知恵とか、二人と三人では、コミュニケーションの面白さが大きく拡がるアンサンブルの最も洗練された形。ピアノの譜面は平易そうですが弾いてみようとするととても難しい。やはり、押しも押されぬピアノが主役のトリオなのです。
K498の九柱戯トリオが有名ですが、私はK502やK564が大好きです。以前、ウィーンモーツァルト・トリオとしてイングリッド・ヘブラー率いるアンサンブルのコンサートを聴きましたが、これはたとえようも無く素敵なものでした。(1991年のモーツァルトイヤー11月17日に行われたものでVnはG.ヘッツェル、VcはP.ダウエルスベルク)。CDではロンドン・フォルテピアノの古楽器による演奏がしっくり来るときもありますが、アベッグ・トリオがふんわりとした雰囲気の中に抑制の効いた表現が好感的です。このCDにはニ短調K442も収録されているのがまた魅力。モーツァルトのニ短調と言う期待にはこたえきれないものの、えもいわれぬ魅力は十分に備わっていて、他人の手が入っていることはあまり気になりません。
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