「楽しく仕事が出来ているかい?」


1.部下を伸ばす上司と部下を駄目にする上司

 現状を正しく認識する

 大学や大学院などで専門分野の高い技術を学び、セミナーや実験や調査などを通してその仕組みを詳しくまた正しく理解した学生に対して、さらに学会や講演会などで発表し、また学術論文などを投稿した優秀な学生でも、企業に入社すればその状況は大きく変化する。例えば、幸いにも学生時代に習得した専門分野に非常に近い事業内容を担当しても、企業や組織では必ずしも即戦力とはならない(あるいはならない場合が多い)。その理由は以下の部分にあると著者は感じている。

 すなわち、大学や大学院での研究や調査のための活動は全て自分自身のためのものであるからである。一部で、研究室や指導教官の意向が含まれる場合においても、その成果は原則個人の業績にもたらされる。そのために、学生や研究生は指導教官の希望や考え方に従ったとしても、大学を卒業することや大学院の過程を修了することはあくまでも本人自身の責任であり、たとえ指導教官が正しく教えていてもその流れに乗れない学生も多いと思われる。また、学生の生活や研究活動には顧客というものが全く存在しない。だから、指導教官の考えとは別に顧客のような外部の依頼者に接しなくても良いのである。最近では、大学や研究機関の間でのネットワークもあるが、基本的には個人の裁量で人と人との間での交流が行われる。技術報告書や論文においても、セミナーや卒業論文や修士論文あるいは学会発表でまとめれば良いので、その記載内容も事業活動よりも学術的な部分が多くなるのは当然のことであろう。

 最近では、企業での研修(あるいはインターンシップ)などと言って、3カ月から数か月間の短期間ではあるが企業の組織の中に入って、事業の一部分の戦力となり、そして就職前の企業活動を知る機会を得たりする場合もある。このような状況下では、常に顧客を意識した企業の独特の風土や機能組織と大学の研究室との違いを知る良い機会となるであろうが、本採用でも大半の学生がいわゆる「企業とは」を知らずに入社してくる場合が多いのであろう。

 さて、それでは企業における研究者や技術者とはどのような行動をすれば良いのであろうか。企業の考え方や、顧客との対応、歴史、風土、あるいは業種や系列の違によっては、次のような特徴があるのであろう。

 大きな違いは、企業では研究者や技術者はプロジェクトやチームで活動するので決して一人ではないことである。そして、決定的に違うことは企業では多くの場合に近くに必ず顧客がいることである。すなわち、技術営業では顧客は研究者のすぐ近くにいる。また、技術開発を行う技術者などにはちょっと離れた場所に顧客がおり、さらに基礎的な研究開発においても非常に遠い場所ではあるが必ず顧客がいる。すなわち、企業の研究開発や技術開発では、必ず顧客の要望や意向を含めた研究や開発の計画の流れの中にいるはずである。このために、一般的にいうところの「納期」とか「期日」というものがある。そのために、厳密には目標に対する100%の成果を計画した期間内に完了する必要があり、場合によってはタイムリーに納期を調整しながら段階的に顧客の要求を満たす必要がある。
 
 次に、研究開発や技術開発においても、基礎的な研究を行う一部の場合を除けば、「何が事業に対して活用できるのか?」、あるいは「企業に対してどの程度の利益に貢献できるのか?」などということも考慮しなくてはならない。研究開発の活動に必須な薬品、消耗品、あるいは旅費や人件費の全てが企業や組織の経費となり、それが最終的に事業に対して生み出す技術をプラスにして行くのかが求められる。最初はマイナス部分があっても最終的にはプラスに転じていかなくてはならない。また、企業の考え方や風土の違いによっても状況は大きく異なるとは思うが、技術報告書として修士論文レベルの内容の報告書をタイムリーに提出することも求められるし、企業として学会や講演会などに参加することも求められるであろう。こうした企業や組織における研究開発のそれぞれの状況の中で、経営者や管理職(上司)は、状況を正しく理解しながら総合的に考えながら新入社員や若手の技術者を指導していくことが求められる。

 企業の研究開発においては、技術報告書は一般的には研究者自身のために作成して提出するのではなく、顧客や事業を推進する社内の技術者や経営者に対して提出しなくてはならない。すなわち、企業のおける研究開発は技術者自身のための研究開発や技術開発とは異なるのである(もちろん、技術の純粋な部分は技術者や個人の活動に対するものであるので、可能な範囲内であれば学会講演や論文投稿などで個人への還元も可能であろう)。そのためには、短期間で企業や組織に役立つ一人前の技術者を育成する努力をしなくてはならない。

 ここで言う一人前の技術者とは自社内でほとんどの社員から第一人者(ナンバーワンとかオンリーワン)として認められる者であり、社外においても特定の技術分野である程度の信頼を得ている者をいう。勿論、国内外でも類似の技術分野の技術者や研究者とも積極的に議論できることを大いに期待したい。

 よく大学や研究機関に所属する研究者の方が企業の研究者や技術者よりも優れているような印象を受けることが多くの場面である。一般的には、このような場合も想定されるが、著者は多くの場合では大学や研究機関および企業の研究者の技術レベルはほとんど同じであると考えている。勿論、論文や教科書などや文献の把握や基礎的な研究技術の調査は大学や研究機関でより多くの時間をかけて実施されているであろうが、企業では先に述べたように応用的で実用化を目指した分野で先行しており、やはりお互いにそれぞれの情報や技術を広く吸収して議論を活発化させることが極めて重要であると考える。

 したがって、企業や組織では、新しく入社したり採用された社員に対しては、その企業の文化や慣習を含めて即戦力となる社員を育成することが必須である。上司や教育者は、若い技術者や研究者に対して日々の仕事の仕方を段階的に実戦的に教えていかねばならないと考える。この仕事の進め方を変えていくための教育や育成が上司や教育者の責任として求められる。本書では将来的に有望な若手技術者の社員を育成するための上司や教育者のすべきことや対応を具体的に書いていくことにしよう。

 
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