学校を出て。
 よく覚えていないけれど、とにかく走った。

 シニンガデタカモシレナカッタ。
 ウラメ。
 ワタシハナニヲノゾンデイタ?
 アリガトウ。
 ワタシハナニヲ?

 やがて、どこかの橋の下に着いた。
 誰もいなかった。
 どっと涙が溢れ出す。
 私は殺人鬼だ。
 裏目に出て人の命を救ったのなら、それはきっと無意識のうちに人の死を願ったからだ。
 止めどなく溢れる涙にむせて、息ができなかった。
 激しく咳き込み、意識は朦朧とした。

 消えてしまえばいい。
 私なんか、消えて無くなってしまえばいい。
 私はフラフラと川の方へ歩いていった。
 真冬の川に飛び込めば、消えてしまえるんじゃないかしら。
 そう願って私は
―――

 「ちょーーっと待ったぁ〜!」

 
―――聞き覚えのある声と共に、腕をガシッと捕まれた。
 声の主は、腕を掴んでいる主は、アイツであること間違いない。

 「朝の馬鹿な男」

 「だーれが馬鹿な男だ」

 彼は私の腕をぐいっと引いて、川岸から遠ざけた。

 「俺が馬鹿男なら、上野さんは大馬鹿女だよ」

 大馬鹿女…ね。
 そういう次元のことなのかしら。
 まあいいわ。

 「馬鹿は死ななきゃ治らない…」

 「馬鹿ッ! それが大馬鹿だって言ってんだろーが! 全く、分からんやっちゃなー」

 彼は私の頭を軽く小突いた。
 そして、彼はその場に座り込んだ。
 彼は人差し指で、私の足下を指差す。
 おそらく「お前も座れ」という意味のジェスチャーだろう。
 私は大人しくそれに従い、彼の横に座った。



 川の流れる音が聞こえる。
 春の小川はサラサラ行くらしいけど。
 冬の小川はどう行くのだろうか。
 いや、この川は小川じゃないわね。
 水深5mくらいあるらしいし。
 夏祭りの時とか、橋の上から飛び込んでる輩もいたな。

 たわいもない物思いに耽っている私の隣で。
 彼は座ったまま、川に石を投げた。
 石は2回跳ねて、3つの波紋を残した。

 「ぶっちゃけてみろってさ」

 突然彼は口を開いた。

 「何か込み入った事情があるんだろ?」

 彼の言葉に、何故か私はたじろいでしまった。
 それは彼の発言が唐突だったからか。
 それとも…私は私のことを話せる相手をずっと、ずっと渇望していたからか。
 いや、話したところで、私に重くのし掛かる呪いが軽くなるはずもない。
 ましてや、こんな得体の知れぬ男に話せるものか。
 私が完全無視態勢を取っていると。

 「まーた、だんまりですか」

 男は肩をすくめた。

 「これはキリフダを使うっきゃねーなぁ」

 そう言えば、朝もこんなことを言っていたな。
 しかし、そのキリフダがなんであったとしても、話をするつもりなどない。
 今朝この男に会ったとき、「私に近づき不幸になれば離れていくだろう」と思っていた。
 しかし、「不幸になれ」と【意図】してつき合っても、彼は不幸にならなかった。
 理由は簡単だ。

 私がウラメだから。

 【結果】は私の【意図】と正反対に動く。
 だから私は、【意図】を働きかけてはいけないのだ。
 つまり私は…無視するしかないのだ…。
 私は全てに対して無関心に生きよう。
 それがウラメのサダメ。

 私は立ち上がった。
 男を無視して、この場から立ち去ろう。
 キリフダが例えなんであっても、話すつもりはない。
 立ち去ろうとしたその時。

 「俺は上野さんのことが好きだ」

 ……………。
 …………。
 …え?

 「えええええッ!?」

 思考回路がショートした。
 何故だ?
 何故私は、今朝会ったばかりの男子に告白されているのだ?
 最近、若者の性が乱れているというが、それはこういうことなのか?
 い、いや、動じるな。
 落ち着け、私。
 奴はキリフダと言っていた。
 これは私の沈黙を破るための作戦に違いない。
 そう、計略だ。謀略だ。いわゆる嘘だ。

 「ちなみに、冗談じゃねーかんな」

 私の考えは瞬殺された。
 彼は恥ずかしそうに髪をかき上げながら続けた。

 「昨日な、帰りに上野さんを見かけたんだ。
  転がってきたボールを子供に返してあげてた」

 昨日の…ああ、アレのことか。
 そうか、見られてたのか…。

 「ボールは坂の下に転がっていっちまったけどな?
  それでも、上野さんは全然無表情だった」

 そうね。
 だっていつものことだから。
 ボールを蹴り返したのも、別に優しさから出た行動ではないわ。
 きっと、私は試してみたかっただけ。
 ある日突然、私の呪いが解けてるんじゃないかって。
 優しさなんて、これっぽっちもない。
 血も涙もない女なのよ。

 「でも上野さん、目が泣いてた。涙は出ていなかったが…でも泣いてた」


前に戻る 次に進む 小説コーナ目次へ戻る ホームへ戻る