患者名 上野美樹(17歳)
 病名
   ウラメ
 症状
   ある行為に込められた【意図】に対して、その行為によって引き起こされる【結果】が逆になる。
 治療法 現在のところ、まだ見つかっていない。
 



 朝起きて。
 顔を洗って。
 制服に着替えて。
 朝御飯を食べる。

 「おはようございます」も言わない。
 「いただきます」も言わない。
 「この卵焼き、ちょっと焦げすぎじゃないの?」も言わない。

 何かを【意図】するのが嫌だから。

 お母さんが何か言っても。
 お父さんが何か言っても。
 妹が何か言っても。
 全て無視。
 私は何も言わないまま家を出た。

 「いってきます」も言わない。



 人は私のことをどう思っているのだろうか。

 無愛想で冷たい女。

 きっとこう思っているだろうな。
 うん、それでいい。
 だって、その通りなのだから。

 私は、迷える子羊を見れば、その喉元に噛みつき、喰らい尽くすだろう。
 血塗れの肉塊の海で、冷ややかな笑みを浮かべているだろう。
 そう、それが私…上野美樹なのだから。

 「オーーッス!」

 突然の挨拶で、私の思考はストップさせられた。
 顔を上げれば、一人の男がニコニコしている。

 同級生…だったか?

 いや、そんなことはどうでもいい。
 私はいつものように無視するだけ。

 「おいおい、無視することねーだろ?」

 走って私の前に回りこんでくる男。
 相変わらずのニコニコフェイスだ。
 私はこうゆうタイプが苦手だった。

 笑顔…しないで…。

 私はうつむいて、そいつの横を走り抜けようとして
―――

 「ちょーーっと待ったぁ〜!」

 
―――そいつに腕をガシッと捕まれた。

 私は状況が把握できなかった。
 私の目の前に、おそらく同級生だったと記憶している男。
 今までに会話したことなどない。
 それが今日になって、何故か私に執拗に干渉してくる。
 よく分からん。
 腕まで掴んでくる始末だ。
 こいつは一体、何を望んでいる?
 私と親しくなりたいのか?
 いや、そうだろう。それしか考えられん。
 馬鹿な男だ。
 私に近づけば、不幸になるとも知らずに。

 「上野さん…だったよな?」

 私が歩みを止めると、男は手を離した。
 ニコニコ満面フルフェイスで彼は話し続ける。

 「一緒に学校、行かない?」

 ふふふ、やっぱりね。
 そこで私は少し考えた。
 そうね…面白いかもしれない。
 不幸になればいいわ。
 私が疫病を運ぶ黒い死神だと知ればいいわ。
 そしたら、もう私には近づけない。
 誰も近づけない。
 望むところだわ。

 「いいわよ。さあ行きましょ?」

 「おお、やっと喋ってくれた」

 何故かガッツポーズを取る男。
 何に対して?
 私があなたの提案を受け入れたこと?
 それとも、私が言葉を発したこと?

 「俺の言葉、届いてないんちゃうかー?思うて、危なくキリフダ使ってしまうところだったぞ」

 「キリフダ?」

 「そう、キリフダ」

 さっきからこの男の言動は理解不能だ。
 私が馬鹿だからか? いや、ありえない。
 馬鹿はこいつだ。
 全く。
 本当に馬鹿な男だ。


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