本編3

 タンタン。
 ワン・ツーのリズムで、由佳は高く飛び上がる。
 そのままボールをバスケットの上に置くような感じで放つ。
 無駄のない動きのレイアップショット。
 しかし、ボールはわずかにそれて、リングをくるくる回る。まさしく、のるか反るかの状態。

 「お願いッ、入ってーーー」

 叫ぶ由佳。

 「入る」

 オレイアスの言葉。ボールはその言葉に導かれるように、リングに入った。

 「やたーーーーッ!!」

 由佳は飛び上がった。

 「見た!? 私のハラハラドキドキショット! …ってキミは運命が分かるから、全然ハラドキしないかー」

 あー残念、と言わんばかりの顔つきで、由佳はボールを箱に直して、ベンチに座った。
 由佳の仕事―――バスケ部のマネージャー。
 この学校には、女子バスケ部がないのだ。
 男子がクラブ活動に励んでいる間、由佳はせっせと雑用をこなす。
 オレイアスは、その様子をただじっと見つめていた。

 「キミってさ、バスケ上手いんでしょ? 一緒にやってきたら?
  上手い人とプレイしたら、部のためにもなるし」

 由佳には、オレイアスが手持ちぶさたに見えたのかもしれない。

 「あ、そだ。ダンクできる? できるんでしょ?
  一度生で見てみたかったんだー、ダンクショット!」

 「ダンクはできない」

 できるものだと決めつけていた由佳は、一瞬間の抜けた顔をした。

 「え…? 死神なのに?」

 きょとんとした面もちの由佳に対し、オレイアスは箱からバスケットボールを取り出して、

 「魔力を解放すれば簡単だ。
  しかし、そうすればアスガルドの連中に気付かれる危険性がある。
  不死者の波動を感じるとる能力を持った奴がいるからな。
  もっとも、アンタが指輪さえしてくれれば、神族が来ても問題ないんだが」

 そのボールを人差し指の上で、くるくる回した。

◆◆◆

 「お疲れーーー」

 6時を回って、クラブは終わる。部員達は次々と帰っていく。
 由佳は最後から二番目の仕事として、ボールの後片付けをしていた。
 (最後の仕事は体育館の消灯、施錠、そして鍵を職員室に置くことである)

 すると、一人の男が由佳に近づいてきた。

 「由佳ちゃん、ちょっといいかい?」

 「あ、霧嶋先輩…」

 由佳は心なしか困った顔をした。
 霧嶋タケル。
 由佳より一つ上の三年生で、バスケ部の元キャプテン。
 スポーツ特待が既に決まっているので、受験勉強とは無縁という良いご身分にあった。

 「この間のこと、考えておいてくれた?」

 疑問形ではあるものの、完全に答えを決めつけている質問。
 言葉は丁寧だが、軽薄で無礼で傲慢。
 スポーツやってる人の爽やかさも皆無。
 由佳は、この霧嶋タケルの気質を生理的に受け入れられなかった。

 「え…とね…。そのことなんだけど…、ほら、やっぱり受験とかあって忙しいしさ。うー、つまり…」

 由佳が答えに窮していると、

 「照れなくてもいいんだよ」

 なんと霧嶋タケルは由佳の唇に急接近。

 「わっ!ちょ…」

 由佳は反射的に顔を背けたが、肩をがっしりと押さえ込まれていたため、奴はどんどん迫ってくる。
 まさに悪夢のベーゼが相成ろうとしたその時
―――

 「由佳から離れな」

 オレイアスだった。
 霧嶋の手を払い、由佳との間に割ってはいる。

 「何だい、君は!?」

 目的を成就できなかった霧嶋タケルは、その恨み辛みをオレイアスにぶつけた。

 「彼はオレイアス君。ほら、留学生の」

 代わって由佳が説明する。九死に一生を得た面もちで。

 「へー。君が噂の留学生か。
  いいかい、君。今は僕と由佳ちゃんが大事な話をしているんだ。
  そして君は無関係なんだよ。
  分かったら、さっさと出ていってくれないかい?」

 五月蠅い蠅でも追い払うかのように、霧嶋は手を振った。
 しかし、オレイアスはその命令に従わなかった。それどころか
―――

 「由佳は俺の物だ」

 え―――
 由佳は思わず赤面した。
 ―――確かにそういう契約は交わしたが…。
 …微妙にニュアンスが変わっていたからだ。

◆◆◆

 霧嶋タケルは怒りに震えていた。
 自分の物を他人に盗られたときに覚える怒りだった。
 その怒りはやがて憎悪と変わった。

 「そ…そこまで言うんだったら、バスケで勝負しようじゃないか!
  由佳ちゃんを賭けて!」

 理性の欠片すら感じさせない、感情だけの叫び。

 「もし、君が負けたら、僕の下僕になりたまえ。どうだ!?」

 そんな挑発を受けて、オレイアスはスッと目を細めた。
 親指を自らの喉元に当て、クイっと首を掻き切る仕草をした。
 
―――その勝負乗ったという意味だった。

 由佳は気が気でなかった。
 オレイアスの実力は、噂には聞いているが、実際見たワケではない。
 それに、魔力を抑えた状態では、人間とそんなに身体能力は変わらないらしい。
 それに引き替え、霧嶋タケルはバスケだけは本当に凄かった。

 「ああっ、戦車のカード様〜。オレイアスに正の力を、霧嶋君に逆の力を〜」

 神頼み、否、タロット頼みの由佳だった。

   戦車(THE CHARIOT)
     正位置;意志 挑戦 情熱 競争 勝利
     逆位置;暴走 乱暴 無法 ライバルに負ける

 しかし、そんな心配はオレイアスに必要なかった。
 霧嶋タケルはドリブルで抜くと見せかけ、ジャンプショット。
 しかし、オレイアスも同時に飛んでいた。
 ブロック、そして攻守交代。
 オレイアスは、霧嶋の逆をあっさり抜き去り、レイアップ。
 一方的な展開だった。

 霧嶋タケルは同様が隠せなかった。
 明らかに、自分の方が動きのキレがいい。
 ジャンプ力も、スピードも断然自分の方が上だ。
 それなのに
―――

 「ちッ!」

 霧嶋タケルは、強引に右からドリブルで抜き去ろうとした。
 しかし、その時にはオレイアスが目の前に塞がっているのだ。

 「一体何なんだよ…。僕の動きを先読みしてると言うのか…?」

 小さく呟く。
 その呟きを受けて、オレイアスの目が冷たく光った。

 「俺は運命が見えるのさ」

 試合は一方的なまま終わった……。
 プライドを打ち砕かれ、由佳も手に入れ損ねた霧嶋タケルは、コートに呆然自失で立ちすくんでいた。
 オレイアスは由佳を連れて、体育館を去る。その去り際、オレイアスは振り返って、

 「アンタ、いい死に方できないぜ」

 予言を受けて、霧嶋タケルは、あたかも生気が抜けたかのようにその場に崩れ落ちた。

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