本編2

 「―――って事は…昨日の出来事は全部本当だった…って事?」

 結局、オレイアスは屋上へと続く階段まで引きずられた。
 外は雨だから、誰も屋上へ行こうとはしない。
 だから、その階段は全く人気が無かった。

 「ああ。そして俺はアンタの願いを叶えた。カードを探し出すって願いをな。
  だから今度はアンタが約束を守るもんだ。
  契約違反はいい死に方できないぜ」

 「契約って何よ!?
  それになんで突然指輪でプロポ−ズなのよ!
  キミが運命の輪だから?
  そもそもキミは死神でしょ!?
  どうしてオレイアスなのよ!?」

 なんなんだ、この女は。
 一気に畳みかける由佳に、オレイアスは気迫負けし、たじろいだ。

 「ちょっと待て、順に追って説明する…」

 オレイアスの説明をまとめると、こうだ。

 アスガルドのヴァルハラを支配する主神オーディンと、
 冥界のニヴルヘイムを支配する女王ヘルとは、
 長年戦争状態にある。
 ヴァルハラが天国で、ニヴルヘイムが地獄だと解釈して差し障りない。
 戦争状態にある二つの国は、互いに戦力を欲している。
 そして、人間の魂は戦力になる。

 ヴァルハラ軍は、戦乙女ヴァルキリーを筆頭にどんどん魂を集めていく。
 ヴァルキリーは元々運命の三女神の一人であるがゆえ、実に効率よく採魂していった。
 人間が何時、何処で死ぬのかが分かるのだから。

 それに引き替え、ニヴルヘイム軍の戦力集めは難航した。

 そんなニヴルヘイムに一人の男が生まれた。
 彼は、運命に司ることはできないが、
 原因と結果の対応関係、つまり因果律の流れを知ることによって、
 帰納的に運命を知ることができるのだ。

 女王ヘルは彼に『運命を知る者』の意を込めて『オレイアス』と名付けた。

 オレイアスの任務はただ一つ。
 死に瀕した人間の魂をニヴルヘイムに連れて行くこと。
 契約を交わした人間に指輪をつけるのは、その人間の魂を神族に横取りされないため。
 この指輪は、ヴァルハラに連れていこうとする神族を退ける力があるのだ。

 「う〜ん、なんとなく分かった…ような気がする。
  要はキミ、ラプラスの言う悪魔なんだね」

 由佳は自信無さげに呟いた。

 「基本的にはそうだ。
  しかし、原因と結果は必ずしも1対1関係にないし、因果律に従うのは人間だけだ。
  だから、俺はミッドガルドの人間の未来を知ることはできるが、過去を知ることはできない。
  また、神や悪魔などの因果律に縛られない者達が関与すれば、未来が変わることもある。」

 「でも、死神なのに、オレイアスで悪魔だなんて…。なんか、おっかしー」

   悪魔(THE TROLL)
     正位置;誘惑 不倫 浮気 嫉妬
     逆位置;自由解放 病気が治る

 涙を浮かべるほどに屈託なく笑う由佳。
 でも、その笑い声はだんだん小さくなって、やがて沈黙となった。
 それでも涙はうっすらと残っていた。

 「私って、死ぬんだ…?」

 問われて、オレイアスはまた奇妙な違和感に襲われた。
 死の宣告を受けた時の人間の絶望。それが、今までのオレイアスにとって最高の快感であった。
 それなのに、今回は違った。
 胸がキリキリ痛んだ。

 「アンタは2日後に死ぬ」

 オレイアスは無理に平静を装って、端的に述べた。

 「ふーん。明後日かぁ…」

 由佳はそれ以上何も聞かなかった。
 今までの人間とは違って。

 今までの奴等は、何処で死ぬのかとか、何が原因で死ぬのかとか、しつこく聞いてきたものだ。
 無論教えれば、それは『因果律に縛られない者の関与』となり未来は変わってしまう。
 だからオレイアスは無視してきたのだが。

 「とにかくだ。
  契約の証として、この指輪はしてもらう。
  心変わりされてヴァルハラに行かれると困るんでな」

 オレイアスは、由佳に指輪を手渡そうと差し出した。

 「う〜ん、指輪をするのは明後日でもいいでしょ? 渡すのはその時にしてくれないかな」

 由佳は、はにかんだように笑った。

 「今指輪したら、クラスメートに誤解されそうだから」

 「好きにしろ」

 言ってしまってから、オレイアスは自分の行動に驚いた。
 いつもなら無理矢理でもハメさせただろう。
 奇妙な違和感…一体何なんだこれは。
 何故か行動が狂う…。

 「ちっ」

 オレイアスは小さく舌打ちし、指輪を再びポケットにしまい込んだ。
 少女の質問には全て答えた。教室に戻ってもいいだろう。
 戻ろうとして、ふっと思い直して、

 「アンタ、名は何だ?」

 一つだけ質問することにした。
 もちろん知っている。
 しかし彼女の口から聞いてみたくなったのだ。

 「私? 私は由佳。『ゆかし』の『ゆか』。見たい知りたい聞きたい…って思わない?」

 「どうだろう」

 オレイアスは素っ気なく答えた。
 少女は相変わらず屈託のない笑みであったが、オレイアスの違和感は消えるどころか、一層強くなっていった。

 俺は…この違和感の正体を知るために、わざわざこんな面倒臭いことをしてるんだろうな。
 由佳の学校にまでついていくなどという挙動不審ぶりをオレイアスは自分の中でこう説明付けた。

◆◆◆

 オレイアスはとにかく何でもできた。
 数学も化学も国語さえもできた。
 体育のバスケも大活躍だった。
 その勇姿を由佳は見ることができなかったが。
 体育は男女別であり、その頃由佳は卓球場でピンポン玉を追いかけていたのである。
 あらゆる授業が、彼の非凡ぶりを明らかにして消化された。
 
―――そして今は放課後。

 「キミって本当凄いんだね〜」

 文字通り人間離れしたオレイアスを由佳は帰り支度しながら称えた。

 「こんな事で喜んでいては、満足した豚だ」

 そっぽ向いて答えるオレイアス。しかし、悪い気はしなかった。
 オレイアスは今まで、人間とは無知で最低な生き物だと思っていた。
 でも、この学校という場所で一日過ごしてみて、物事の変わった捉え方をする者など、
 時々、はっとさせられる人間がいることを知った。

 由佳もそんな人間の部類に入る。
 数学の問題で、突然独断と偏見による数学的演繹法を駆使しだしたり、
 化学の実験で、皆と同じ手順を踏んでいるのに、一人だけ爆発したり……正直どうだろう。

 「豚はないでしょ、豚は。
  確かに知識とか身体能力は、人間の方が劣るかもしんないけど、ハートは大差ないはずよ。
  少なくとも、北欧神話を読んだ限りでは」

 「そうだな」

 言ってしまってから、オレイアスは戸惑った。自分が少しずつ素直になっていることに気付いて。

 「私は今からバスケ部に行くけど。キミも来る?」

 「生憎、俺は暇じゃない」

 オレイアスは今までの自分を取り戻そうとした。
 しかし
―――

 「その上、天の邪鬼なんだからー。
  キミってアイデンティティー持ちすぎだよ? ちょっと私にも分けなさい」

 由佳に手を引っ張られ、強制連行。
 気がつけばいつも由佳のペース。昨日の出会いからずっと。
 しかし、悪くないな
―――そう思えてしまうのが不思議だった。

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