本編1

 目に映ったのは、見慣れた天井だった。

 「―――え!?」

 由佳は飛び起きた。
 そこは自分の部屋だった。

 ザーーー。
 雨の音が聞こえる。
 由佳は窓のカーテンを開けた。
 灰色の空。
 傘をさした会社員が駅の方へ歩いていく。
 雨ガッパを着込んだおばさんが犬と散歩している。

 「さっきまで公園にいたのに―――

 少女の脳裏に一抹の不安がよぎった。

 「まさか…夢オチってことはないでしょうね」

 由佳は昨日の出来事が夢なのか現実なのか確かめるために、カバンからタロットカードのケースを取り出した。

 「……19、20、21、22。全部揃ってる…」

 昨日失くしたはずの死神のカードもそこにあった。

 「う〜、何が何だかワケ分かんないよぉ〜」

 由佳は頭を抱えて、そのままベッドに倒れ込んだ。

◆◆◆

 しとしとしと。
 雨が降る。
 今晩中には止むと天気予報は言っていたが。
 とぼとぼとぼ。
 少女は歩く。
 駅まで15分、そこから電車に乗って、また歩いて学校へ…。

 ふと立ち止まる。
 昨日の公園だ。朝だし、雨だし、誰もいない。

 「あの子確か…オレイアスとか言ったっけ。死神のくせに」

   運命の輪(THE OREAD;山精オレイアス)
     正位置;運命 変化 好機 決断 プロポーズ
     逆位置;不幸 悪化 失恋 行き違い 今は辛いが先の見通しはある

 「死神がオレイアスなんて変な話ー。きっと夢ね」

 由佳は公園を後にした。

 途中、登校班を組んだ小学生達とすれ違う。
 赤とか黄色とか、そんな単色系の傘に長靴。
 雨だと運動場使えねぇから嫌だよなーとか、今日の体育何やるん?とか、そんな話が聞こえた。

「私って、いつから長靴を履かなくなったんだろ…」

 小学校の中学年ぐらいまでは履いていたと思うけど―――そんなことを考えたりした。

◆◆◆

 「今日から海外留学生と勉強することになった」

 朝礼にて。
 担任のウッキーが突然こんなことを言い出した。
 ウッキーというのはもちろんあだ名であって、ゴリラみたいな顔をしているのだが、
 本名が猿渡(さるわたり)なので、ウッキーまたはウッキーくんと呼ばれていた。
 もちろん陰で。

 留学生が来るということで、クラスは歓声に包まれる。
 特に男子が盛り上がっていた。金髪の女の子だぜとか言って。

 「じゃあ入ってきなさい」

 ウッキーは廊下に向かって声を掛ける。
 扉が開く。留学生が入ってくる。

 「あ〜〜〜ッ!! オレイアス〜〜!?」

 由佳は叫んだ。
 騒然としていたクラスが一気に静まり返る。

 「…知り合いなのかね、オレイアス君」

 おずおずとウッキー。

 「来世を誓い合った仲です」

 「え〜〜〜ッ!!!」

 クラスは再び大騒然。
 ちなみに由佳は混乱していた。

◆◆◆

 1時間目、英語。

 「夢だけど夢じゃなかった。夢だけど夢じゃなかった…」

  頭のぴよってる由佳は、隣のトトロモードになっていた。

 「ねぇ由佳。オレイアス君と来世を誓い合った仲って本当?」

 ひそひそと友人の加奈子。
 加奈子の席は由佳の隣である。『かなし(愛し)』の『かな』。
 その名の通り、可愛らしくて男子にももてた。

 「そんなわけ、あるわけないわけ、ないわけあるわけ…」

 由佳は完全に錯乱していた。
 一体何処まで現実で、何処から夢なのか分からないのだから、当然といえば当然だろう。

 「第三パラグラフを…そうだねぇ。オレイアス君、読んでみて」

 「はい。He is Kananohikaru.And he has a friend.Of cource,his name is Kananohikaru too.
  One day,they changed into Kananohikaru because of wonderful vegetable Kananohikaru wave.………」

 オレイアスは流暢に読み上げる。流れるようにスラスラと。
 やがて、彼は読むのを止め、静かに着席した。

 「先生、読み終わりました」

 「えっ!? あ…そ、そうか。あれ、全文読んじゃったみたいだね…」

 そこで、チャイムが鳴った。

◆◆◆

 オレイアスの机の周りは、人だかりで凄かった。
 何処から来たの?とか、日本語も上手いけどどうして?とか、いろいろ質問されていた。
 その人だかりから少し離れた場所に、由佳と加奈子はいた。

 「オレイアス君って凄い人気だねー。
  ねぇ、由佳? ちょっと聞いてる?」

 「アハハ、ピーターパーーン、私をネバーランドへ連れてって〜〜」

 「ダメだ。宇宙と交信してる…。
  あれ?…ちょ、ちょっと由佳! オレイアス君がこっち来るよ!」

 人だかりをかき分け、オレイアスは由佳の机の前に立つ。
 クラスメート達は、今から何が起こるのかを固唾を呑んで見守っている。
 オレイアスはポケットから何かを取り出し、それを机の上に置いた。

 「指輪だ。俺との契りの証として受け取って欲しい」

 一瞬、周りの時が止まった。

 「契りって…由佳…まさか……」

 加奈子は由佳を見た。
 由佳はワナワナ震えていた。

 「キ…キミねぇ…、ちょっと…ついて来ーーーーいッ!!!」

 ブチ切れて完全復活を遂げた由佳は、オレイアスの首根っこを掴んで教室から退場。

 「契りって何だ?」

 馬鹿な男子が呟いた。

前に戻る 次に進む 小説コーナ目次へ戻る ホームへ戻る