『死神の指環』
―――これはちょっと変わった女の子と死神とのお話―――

    

 秋の放課後、公園にて。
 由佳は一人でベンチに腰掛け、めくっていた。
 と言っても、
 参考書をめくっていたわけでも、
 スカートをめくっていたわけでも、
 飛び込み強キックでめくっていたわけでもなくて。

 「―――で、今日の運勢は…げ、なんで死神クンが出てきちゃうのよぉ〜」

 カードをめくっていたのだ。正確にはタロットカードを。

   死神(DEATH)
     正位置;破滅 失敗 事故 白紙 突然の死

 「あ〜あ、嫌なカード引いちゃったなぁ、もぉ〜」

 由佳はぼやいた。

 「せめて逆位置だったらさ、再生とかカルマとか復活とか逆転とか…あ、医学っていうのもいいよねー」

 ぼぉ〜っと自分が白衣の天使になった姿を想像する。
 高校二年生、アイデンティティーの確立に大忙しの時期なのだ。

 妄想が宇宙的に展開した頃―――
 ざわざわざわ―――木々のざわめき。

 「―――ん? 風?」

 思ったときには遅かった。
 ベンチの上に広げたカード達は、風さんと一緒に空中遊泳の旅にご招待。

 「ふえ〜ん、早速不幸だよ〜」

 あわてて由佳はカードを追いかけた。

◆◆◆

 既に日は暮れてしまった。
 公園中を探し回って、集まったカードは21枚。
 一枚足りないのだ
―――よりにもよって、死神のカードが。

 「お小遣い半年分なのに…。死に物狂いでパフェ…我慢したのに…」

 ぽろぽろと落ちる涙を拭いつつ、なおも探し続ける。
 少女の頑張りは、8月31日に宿題する小学生のラストガッツを遙かに凌駕していた。

 それでも見つからなくて。
 由佳はベンチにへたりこんだ。
 もう公園には誰もいなくなってしまっている。
 やはり今日はとりあえず家に帰って、また明日にするべきか?
 由佳は無造作に一枚足りないタロットカードを引いた。

 「世界の逆位置…かぁ…」

   世界(THE GLOBE)
     正位置;目標達成
     逆位置;未完 不完全 遅すぎた成功

 「不完全って言ったら、このタロットカードのことよね…。
  でも、遅すぎた成功って…?」

 由佳はなんだか不安になって、もう一枚カードを引いた。
 それは星の逆位置だった。

   星(THE NAIAD;水精ナイアス)
     正位置;順調 希望 素直 母性 才能 友情が愛情に
     逆位置;大雨 洪水 失望

 そういえば―――由佳は明日の天気予報が雨だったことを思い出した。

 「やっぱり今日中に探さないと!」

 由佳は勢い良く立ち上がった。
 雨が降ってから見つかる…。それが『遅すぎた成功』の意味するところだろう。
 ならば、なおさら早く見つけださなければならない。
 タロット占いは「このままではそうなるだろう運命」を示す。
 努力によって結果を変えることは可能なのだ。

 しかし、確実に肉体の限界は近いらしく、足下のふらつきを抑えることはできなかった。

 「やみくもに探し回る力はもう残されていない…。
  ここは落ち着いて、理論的に考えないと。
  死神のカードはこのベンチから飛んでいって、あのブランコの方へ…そうだ!
  きっとあのブランコの振り子運動を利用して、エネルギーを保存したまま運動量を変化させたんだわッ!
  カードは運動ベクトルの先…つまりすべり台の方へ…。
  でもすべり台の周りはよく探したけど、なかったし…。
  待って! もしすべり台の斜面に落ちたとしたら…そうよ!
  位置エネルギーは運動エネルギーに変換され、勢いよく砂場につっこむはず!!
  謎は全て解けた! カードは砂場の中にいる! じっちゃんの名に賭けて〜〜!!」

 とんでもない推理を原動力に、由佳は砂場へと駆けだした。

◆◆◆

 見かけは子供、頭脳も子供の迷探偵は、必死に砂場を掘り返す。
 タイムリーにも、子供が忘れていったスコップがあったので、それでザックザックと
―――ガツッ。

 「な、なんか…今、すっごい鈍い音がしたよ…?」

 由佳はおそるおそる異物を掘り出してみた。
 それは―――人の頭だった。

 「し…し…し……死体〜〜〜ッ!?」

 「痛ぅッ…よりにもよって、俺を…死者呼ばわりするとは…」

 「死体がしゃべった〜ッ!!」

 「…俺は死人ではない」

 そう言うと、男はズズズ〜っと砂場からはい上がってくるではないか。
 長い黒髪の美少年。
 頭の下には首もあるし、胴体もある。
 ただ、奇妙な衣服と、頭のたんこぶが気になるところだけど。

 「死体…じゃないの?」

 由佳はおずおずと近づき、うわずった声で話しかける。

 「俺は死んでいないし、死にもしない」

 男は低く、淡々と答えた。
 その目は氷のように冷たく、鋭く、由佳を見つめていた。

 「…そして生きてもいない」

 「でも、でも、よかったよぉ〜。
  私が死神のカードを引いちゃったせいで、誰かが死んじゃったのかと思ったんだよ…。
  そうだ! 私の死神クン!」

 少女は再びスコップで砂場を掘り始める。
 生きてはいないという少年に驚いた様子はない。
 男は、そんな少女に肩すかしを食らったような、違和感を覚えた。

 「ねぇ、キミはここに埋まってたんだよね? 私のタロットカード見なかった?」

 「ぶ、無礼な! 決して埋まっていたわけではないぞ。
  冥界ニヴルヘイムより、この地ミッドガルドへ浮上する途中だったんだ!」

 そして、あと少しでミッドガルドというところで、スコップの一撃を脳天に喰らったのだが。
 
―――プライドの高い男はそれを省略した。

 「私、北欧神話は大好きなんだけど…今はそれどころじゃないから」

 カード掘りをやめようとしない少女。全然会話が成り立たない。
 仕方がない、エサで釣ってみよう―――男は考えた。

 「俺が探し出してやろうか」

 「え!? 手伝ってくれるの?」

 少女の顔がぱっと明るくなる。
 男はニィと笑う。

 「交換条件として、アンタがニヴルヘイムに来てくれるなら、探してやってもいい」

 「はへ?」

 「ニヴルヘイム女王ヘルの戦力になるなら、その願い叶えてやろうと言っているんだ」

 由佳にその言葉の意味が分かるはずがなかった。
 普通の女の子なのだから。
 こんなに真剣に探しているのに、それにチャチャを入れられているような気がして、
 由佳はなんとなく腹が立った。

 「もぉ! なんでもいいから手伝ってよ!」

 「契約成立だ」

 男の口元がつり上がる。

 「ニヴルヘイムに来ることを忘れるな」

 「はあ? ニヴルヘイムって死者の国でしょ?
  私、まだ生きてるよ?
  それに願いを叶えるってキミ……」

 その時、生暖かい風が少女の肩をなでた。
 男の長い髪は風になびき、月の光に煌めいた。

 「俺は死神オレイアス。そしてアンタは三日後に死ぬ」

 最近暑い日が続いたからなぁ〜―――由佳は思った。

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