私は今、ラウプホルツからヴェスティアに向かっている。
兄の復讐を果たすために。
ウィル・ナイツを殺すために。 ウィル・ナイツを捜すことは、兄ウィリアムを捜していたときと勝手が違った。
「ウィル・ナイツ?
ああ、タイクーン・ウィルのことだな。タイクーンはヴェスティアを拠点に活動しているらしいぜ。
アンタもタイクーンに何か依頼でもあるのかい?」
ウィル・ナイツの噂は、ラウプホルツでも聞くことが出来たからだ。
タイクーン・ウィル。
私は、この言葉に激しい憤りを感じた。
なぜメガリスは、兄の願いを聞き入れなかったのだ。
あのディガーはよくても、私の兄ではダメなのか?
どうして差別をする?
何も変わらないじゃないッ!
「…どうして、私を仲間外れにするの?」
「どうして、って言われてもよ〜」
「答えてよ。私が…何したって言うの…?」
「だってママが、ミシェーラと遊んじゃダメって言うんだもん」
そうよ…。
あの頃と今とは変わらない。
あのディガーと私の兄とも変わらない。
なのに何故ッ!?
何故この世には、意味無き差別が存在するのか?
何故私達だけが、このような運命の差別を受けなければ…。
怒りで肩が激しく震えた。
血が激しく逆流し、心臓がバクバクと胸を打った。
思い知らせてやるのだ。
私はグラン・タイユを越えるべく、グラン・ヴァレへと足を踏み入れた。
サンダイル歴は1248年のことだった。
◆◆◆
「あの後ね、運良くラウプホルツ公御用達の商人さんが通りかかったの。親切な人で、一緒に通らせてくれたの」
グラン・ヴァレを渡りながら、以前にウィル・ナイツと交わした会話を思い出す。
今回も同じ方法…。
特別、女が得だと感じたことはない。
有利な面も不利な面もあるから。
でも男から見れば、女の方が得に見えるらしい。
確かに私は、その有利な面を使いこなすことには長けているな…と自分でも思う。
「そうかー、やっぱり女の子は得だよな」
からっとした口調で答えるウィル・ナイツが、フッと脳裏をよぎる。
一種の恐怖感を覚えた。
それはウィル・ナイツと戦うことから来るのではない。
死は全く怖くない。
一番恐れるのは、この憎しみを忘れる、ということだ。
奴への憎しみこそ兄への想い。
早くウィル・ナイツを見つけないと…。
グラン・タイユを越えれば、そこはもうロードレスランド。ヴェスティアまではもう少しだ。
◆◆◆
雲の流れが速い。
雨が降るのかも知れないな。
私は、特に根拠のない予感を感じながら、ヴェスティアの酒場の戸口を開けた。
「いらっしゃいませー」
快活なウェイトレスの声が、私に向けられる。
いや、正確には向けられたような気がする。
その声は、私に届いていなかった。
私の視線は、この酒場に入った瞬間から、あのディガーとそのヴィジランツ達を捕らえていた。
向こうも私に気付いている。
「おお、ラベールじゃないか。久しぶりだな」
奇抜な髪型の厳つい(いかつい)ヴィジランツが声をかけてくる。
私はそれを無視した。
私が一番恐れるのは――私は奥歯をぐっと噛み締めた。
――奴への憎しみこそ兄への想い…。
「タイクーン・ウィル。あなたに依頼があって来ました」
私は、椅子に座っているウィル・ナイツを見下すように言った。
彼は、私を見上げている。
じっと私の目を見つめている。
その瞳は、私の全てを見透かしてしまいそうで…。
私は、あわてて目をそらした。
「ついて来い」
ウィル・ナイツは立ち上がる。
「ここでは話しにくいだろう?」
彼は、そのまま戸口を出た。
一体彼は、何を企んでいる…?
理解できない。
でも、異存は無かった。
私は、彼の後に続いて酒場を出た。
この方が、好都合なのだから。
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